第三十六話 皇都血戦 12 Side Miel 

 

(やはりアレンさんが居なくなったのは痛いな……。アレンさんのパスによる情報共有が、僕達をここまでの傭兵団にした一因だっただろうし……だけど! 今アレンさんを悼んでいる暇ではない。とにかく、この女が格上だろうと対抗しなければ)


 アレンは実力でこそ彼等に劣るが、どうやら彼等の重心的な立ち位置であったようだ。

 確かにこの二人の実力は、個々としては高いものだし、私と相性が悪かっただけでアレン自身も決して弱くは無かった。

 リアルタイムで、情報共有と更新が出来ると言うのは、戦闘においては相当なメリットになる。しかも、それを相手に気取られる事も無いというのは確かにアレンの力は強力な異能だ。


 ――なら、そこに揺さぶりを掛けてみるとしよう。


「貴方達は、随分とお強いですねぇ。これでは、さっき死んでしまった『地獄耳』のアレンさんは、きっと足手まといだったのでは? なんでしたら、貴方達二人で今後活動された方がこれまでより『幻狼』の名も高まるかと……」


「黙れ女!」


 激昂したのは、ヴィランのほうだった。


 (飛燕斬で、叩き斬る!)


「ハアアアアッ!!」


「団長!」


 キールが冷静に宥めようとするも、ヴィランは両の刀を狂ったように振り回し、斬撃を幾多も飛ばす。


 私は刀の軌跡とヴィランの無意識レベルの思考を察知すると、斬撃の軌道を見切る。


 足下、切り下ろし、切り上げ、切り下ろし、横薙ぎ、中段から下への袈裟斬り、上方への交差、下方への交差、中段交差、上段から下段への袈裟斬り、下方から上段への切り上げ、中段交差……。


 次から次へと腕を振るい、やたらめったらと斬撃を飛ばしてくるが、私に当たるものはそれ程多くは無い。

 そもそも狙いが雑になったのもあり、私は真横に周るように疾走するだけで、その全てを躱すことが出来た。


 無数の斬撃が放たれ終わると、ヴィランは刀を地面に突き刺し、それに持たれるように荒く息を吐く。


 私はその隙に、太腿のベルトに取り付けられた予備弾倉を、ナイトメアの空になった弾倉と入れ替える。


「団長! 僕が行くので息を整えて下さい。さっきのは、奴の挑発です。

 落ち着いて下さい。団長が怒るのも分かりますが、アレンさんは生き返りません」


「ハァ、ハァ……。あぁ、分かっている」


 (まずい。主導権をあの女に握られたな)


 やはりキールは、冷静に物事を見れる人間のようだ。まぁ、ヴィランは弟を喪ったわけだから、精神への影響度は彼とは差異があるのだろうけど。

 

 掛け声も無くキールが強烈に踏み込み、正面から一直線に突撃して来る。

 その速度はまるで獲物を狩る四足獣の様に疾い。


 キールに向け単射で牽制をすると、キールは前に跳び回避すると、その勢いを保ちながら錐揉みするように回転しシミターを振るう。

 それは、触れれば身を削られる死の暴風だ。


 ――だが、私が反応出来ない程の速度でもない。


 竜巻のように回転しながら、私を狙うシミターに対し、私は腕を同調させる様に回し、シミターにナイトメアを這わせると、全身のバネを使い、キールの回転を減速させ、動きを止める。


「こんにちは」


「なっ……!?」


 そのままシミターを、大きく後ろに流し弾くと、キールは両腕を開いた様な態勢になる。


「――キール!」


「クッ……」


 ヴィランがキールの名を叫び、キールは体勢を取り直そうとするが、もう遅い。


 私はキールの両腕の付け根──関節を外すように、ナイトメアのブレードを突き刺す。

 そしてそこに付与した精神干渉は、私の武器と同じ名前、『悪夢ナイトメア』だ。


 異能が働き、キールは脱力し強力な眠りにつく。

 加減はできるだけしたし、零距離での干渉だから制御もうまく行っている。……十五分程度で目覚めるだろう。


 突然、全身の力が抜けるように崩れたキールを見て、ヴィランは歯を食いしばり両手の刀を持ち上げた。


「『幻狼』は、これでもう終わりだ。

 紅の黎明……触れてはならないものアンタッチャブルだというのは、真実だった……が、俺は刺し違えてでも、アンタを斬る。散った二人の為にもな」 


 ――ヴィランが覚悟を決めた様に言う。

 まぁ、キールは死んではいないのだが、敢えて言う必要も無いだろう。


 キールが倒れた事により、冷静さを取り戻したヴィランは、遠間で飛燕斬を縦に二筋飛ばしてくると、その間に飛び込む様に私との距離を詰めてくる。


 私はナイトメアに『悪夢』を付与し、ヴィランに向けて銃弾を連続して放つ。

 ヴィランはそれを回避するべく、左に回り込む様に迂回しながら更に斬撃を飛ばしてきた。


 こちらに飛来する先の二筋の斬撃を半身になって躱し、次いで飛んできた斬撃を姿勢を低くしてやり過ごす。


 更に覆い被さるように上段から、ヴィランが両方の刀を振り下ろして来たのに合わせて、私もナイトメアのブレードを打ち合わせる。


「ぬぅぅぅぅんんん!!」


 ヴィランは気合の声と共に、全力で刀を押し込んでくる。

 単純な膂力なら、彼は私よりもかなり強い。

 

 ――私は一瞬力を緩め、ヴィランの力を利用し一気に押し込まれ、滑る様にしゃがむ態勢になると、そのまま縮めた身体を真上に伸ばすように金的を狙い、ヴィランの股間を思い切り蹴り上げる。


「がぁッ……!!」


 苦悶の悲鳴を上げながら、ヴィランは堪らずたたらを踏む。


「それでは」


 私は、態勢の崩れたヴィランの胴体をナイトメアのブレードで、縦に浅く切り上げる。


「あ――」


 それでヴィランの意識も深い悪夢に落ちていった。


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