第三十三話 皇都血戦 9 Side Miel 


 日が完全に落ちると、ヴェンダーとガレオンを待機させ、私は一人外に出た。

 潜伏していた邸宅を出る前に、


「もし、私が作戦時間までに戻らなければ、お二人は独自の判断で行動してください」


 とは、言っておいたが。

 目的は検問所の兵士から、情報を吐き出させる為と……もう一つ。


「そろそろいいですかね? 探知に秀でた異能でしょうか? それなりに警戒して居たつもりだったんですけどね」


「……俺に気づいていて、わざと一人になったのか? 随分と腕に自信があるようだな」


 私は潜伏していた家屋から少し離れ、工業区と住宅街の間の運河――その河川敷にこちらを監視していた者を誘い出した。

 もっとも、私達が家屋に潜入した頃からこちらを捕捉していたのではなく、日が落ち始める頃に、ねばつくような視線を感じるようになったので、この男がこちらを監視しだしたのは、つい先程からだ。


 ――暗闇の中で声がするが、姿を表す様子は無い。


「コソコソしてるアンタらを見つけた時、ウチの団長に聞いたら、殺れそうなら殺ってもいいって言われてたんだが、まさかあの『荒獅子』が、そこに居るなんて思ってなかったからな。

 ……だが、今はアンタ一人だ。あんたみてーな女が、あのガレオン・デイドと一緒に居るって事は、大方アイツの夜伽かなんかだろ? 俺に気付くって事はアンタもそれなりの腕なんだろうが、運が無かったな」


 なるほど。言わんとしている事は分かった。


 だが、私があの男の性処理役扱いされているのは気に食わない。

 まぁ、皇都においてガレオンは、やはりそれなりに有名なのだろう。 


「んー。そちらの姿は見せて下さらないのでしょうか? どこの誰かくらいは、教えて貰いたいものですけど」


「……俺は傭兵団『幻狼』が一人、アレン・デデニクス。女、一応お前の名も聞いておくか」


 アレン・デデニクスと名乗った男は、夜の闇からぬるりとその姿を現した。

 黒髪の長髪に切れ長の目、整った鼻筋は品があり、中々に顔面偏差値は高い。

 全身黒ずくめでストールにポンチョ、革のパンツという姿は、多少なり拗らせている様にも思えるが。


「そうですねぇ。ガレオンの夜伽役等と不名誉な印象を持たれているのも癪ですし、折角ですから名乗らせて貰いましょうか」


 私は、腰のベルトに装備していた二対の得物を抜く。

 正式名称はショートブレードガンというが、私の物は専用にカスタマイズされたもので、銃口下部に取り付けられたブレードが肉厚になっていて、大剣等とも打ち合えるようになっている。

 装弾数は、三十五発ずつ。予備弾倉も持ってはいるが、あまり無駄撃ちはしたくない。 


 因みに私はショートブレードガンという名は、量産品のようであまり好きではないので、『ナイトメア』という愛称を付けている。


「私は、傭兵団『紅の黎明』第一部隊部隊長、ミエル・クーヴェル。

 ……こうなってしまったからには、貴方は倒させてもらいますね。

 あっ、そうだ。団の尊厳の為に言わせてもらうと、これは防衛行動の一環で、私から仕掛けた訳では無いので宜しくです」


 一応、作戦時間前に動いてしまった事の言い訳を、アレンになすりつける。


「なっ!? ミエル・クーヴェル……あの『鮮血の魔女』だと?」


 私が片方のナイトメアを突き出す様に構えながら名乗れば、アレンは明らかに動揺していた。


 もう片方の手で端末を操作し、団の脅威度評価に照会をかける。


「ふむ、傭兵団『幻狼』のアレン・デデニクス。えーと、二つ名は『地獄耳』……ぷぷっ」


「笑うな! 俺だって気に入ってはねえんだよ!」


「あ、でも脅威度スレットランクA⧿ですから、中々ご立派ですよ」


 脅威度A⧿であれば、そこらの傭兵団を率いるのに不足の無いランクだ。

 紅の黎明であれば、副部隊長クラスで大凡A評価以上な為、それに比較すれば低いけれど。


 地獄耳という二つ名から連想されるのは、やはり索敵や音の捕捉の様な異能を持っているのだろう。


「チッ……俺もツキがねぇな」


 アレンは、その端正な顔立ちを歪めながら両腰から拳銃を二丁引き抜く。


「へぇ、貴方も二丁拳銃ですかぁ。私達、気が合いそうですねぇ」


 私が笑顔のまま言えば、何か気に障ったのか、返答の代わりに弾丸を放ってくる。

 火薬の弾ける盛大な音は、なんの消音器サプレッサーも付けていない、銃本来の暴力性を具現化したような音だ。


 私は飛来する銃弾に向けて、自らも発砲する。

 私の撃った弾丸は、アレンの放った弾丸に衝突し、互いの弾丸は関係の無い方向に弾かれていった。


「は……? アンタ……今、何をした?」


 アレンが続け様に行動するのも忘れ、私に問い掛けてきた。

 銃弾を弾かれたくらいで、驚愕する様ではまだまだですね。


「貴方の撃った弾を狙って、私も撃ってそれに当たった。それだけですよ」


「……ッ。やはり、紅の黎明の『鮮血の魔女』というのは本当か……」


 名乗って、弾をはじいたくらいで、戦意が揺らぐ様では脅威度B+に下方修正かな? 


 ――と思っていた所で、アレンの心の中が変化した。


「ふふ。逃げる気は無いという事ですね。なら少し、貴方の時間稼ぎに付き合ってあげましょうか」


「――心を……読んだ!?」


 アレンは異能を使い仲間を呼び、そのために時間を稼ぐ。という思考をしていたようだった。

 おそらく彼の異能は、思念伝達か思念探査等といったものだろう。

 さっきのアレンが異能を使ったは、自らが作った回線の様なものを通って、アレンの思念が誰かに伝わったようだった。


 と言う事は、『幻狼』のもう二人のうち、一人か二人がここに現れるはず。


「わざわざ出向いてくれるというならば、ありがたいですからね」


 私は手間が省ける事に、思わず頬が弛んだ。



 

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