第三十ニ話 皇都血戦 8 Side Miel

 

リノちゃんと顧問を車から降ろした後、私は『荒獅子』ガレオン・デイドと、入団希望の協力者ヴェンダー・ジーンは、都市郊外に広がる皇国軍基地『アロゲート』を遠目に見据えられる民家に入り込み、夜を待っている。

 アロゲートは、かなりの警戒態勢が敷かれており、万を超える軍人達が、戦闘車両や戦車を集結させている。

 他にも各主要施設への配備に向け準備をしているようだった。

 

「ある程度、何日も前の段階から皇都中に兵士を散らばすのかとおもったが、そうでもねぇんだな」 


 ガレオンがスコープでアロゲートを監視しながら、口を開いた。


「その辺のセコい傭兵と違って、紅の黎明わたしたちは、明日攻めると宣告していますから、それ迄は絶対に攻撃して来ないというのを分かっているんだと思いますよ〜」


「まぁ、潜伏はしていますがね……」


「ムッ、そこ! 余計なチャチャを入れない様に!」


 私はヴェンダーの首筋に軽くチョップを入れる。


 確かに市中潜伏はしているけど、紅の黎明がそう宣告している以上、世界最高の傭兵団の矜持に賭けて、その宣告を違えるような事はしない。

 勿論、我々も日付の変更と同時に行動は開始するけれど、それは宣言を違えた行動では無い。


 これまで介入した戦闘行動も、敵が攻めてくる時間を指定していない限りは、こちらが取り決めを為し、相手に完璧に準備をさせた上で、それらを総て打ち倒してきたのだ。

 それは、他人に言わせれば強者の驕りとも言えるのだろうが、私達にとっては、それら総てを蹂躙し、敢えて圧倒的な力を見せつける事で、紅の黎明という存在そのものが畏怖の象徴として、侵略や紛争といったものへの抑止力とする為に必要な行為でもあった。

 事実、紅の黎明を敵対勢力に介入させる事を国家は恐れ、この世界で大きな戦争は減少している。


 私もそんな団の在り方に、そして団長に感銘を受け入団したクチだ。


「ミエル殿。あの万を超える軍勢に我々三人で挑むのですか? 流石に多勢に無勢なのではないかと思いますが……」


 眉尻をさげ、ヴェンダーが弱音を口にする。


「それはそうでしょうね〜。私もあの物量相手にするのは流石にイヤです」


「ま、俺等の仕事は陽動だろ。アレ全部倒す必要はねぇし、本隊が到着したとしても、全滅させたりはしねぇんじゃねぇか?」


 ガレオンが尤もな事を言う。どうやらこの男はこれまでの話しぶりから見ても、俯瞰的に物事を冷静に捉えられる人間なようだ。


「そのとーり。まぁ、アロゲートはそれなりに破壊するとは思いますけど。

 ずばり私達の今回の狙いは、傭兵団と機甲師団です」


「傭兵団と機甲師団……?」


 ヴェンダーの方は、あまり勘が働かない……いや、迷いがある様な感じか。

 祖国と敵対する事というよりは、見知った者の生命を奪うことへの怖れを感じる。


「取り敢えず、手近な兵士……そうですね。検問をしていた者を捕らえて、私が洗脳しますから傭兵団の情報を聞き出しましょう。

 その後、傭兵団の方は私が引き受けます。機甲師団のオリジンドール破壊の方を貴方達にお任せします」


「ミエル殿はお一人で行動されるのですか? 流石に危険なのでは……」


「私の戦闘スタイルの場合、あまり近くに人がいない方が都合がいいんですよ。貴方なら分かるでしょう?」


 私の言葉に、ヴェンダーは冷や汗を垂らし首肯した。

 まぁ、いざとなったら、あまり見られたくないモノもあるし。


「俺とヴェンダー二人だけで、オリジンドール八十機を破壊するってのも中々骨だけどな。基地に潜入して、敵を掻い潜りながら八十ものデカブツを破壊なんて、フツーに考えりゃ難しいが……」


「それは貴方の『脆弱』の使い方次第でしょうね。異能の展開範囲はどの位ですか?」


「俺は物体に付与した場合は、遠くなる程効果が薄れる。まぁオリジンドールの装甲を破るなら十メテル以内ってとこだろうな」


 んーむ、思ったより狭いな。修行が足りてないかな。


「ヴェンダーさん、貴方は?」


「いえ、自分は異能は持ち合わせておりません」


 ヴェンダーは申し訳無さそうに言うが、それはおかしい。あの異常な射撃能力は確実に何らかの異能が関連している筈だ。

 ――自覚できないほどにしか、異能が目覚めていないと言う事かもしれないけど。


「――そうですか。

 ……では、オリジンドールの方ではなく、搭乗者自体を狙った方がいいかもしれませんね」


 私が言った言葉に、ヴェンダーは鋭く息を呑んだ。

 まぁ、それもそうだろう。私も分かっていて、敢えて言っているのだから。


「貴方の狙撃能力は、それだけで言えば紅の黎明においても、同等の狙撃ができる者はおそらく一人だけです。それ程の腕なら、ガレオンさんがオリジンドールを何機か破壊して 撤退すれば、搭乗者である機甲師団員が慌てて乗り込もうとする筈です。

 そこを狙い、狙撃すればおそらくは二十人は撃てるはずです。ガレオンさんが破壊するオリジンドールと合わせれば、都合三十体は行動不能にできるでしょう」


「おい、ちょっと待て。機甲師団員達ゃヴェンダーの元同僚達だぞ。見知った顔をバンバン撃てってのは、コイツには流石に酷なんじゃねえのか?」


「自分は……」


 煮え切らないヴェンダーを見て取ったのか、ガレオンがフォローを入れる。

 ――だが、彼に今必要なのは馴れ合いでは無いし、それは彼自身も分かっている。


「奪う覚悟も無いなら、戦場に立つな」


 私は真顔でヴェンダーを見据えると、ヴェンダーはビクリと肩を震わせた。


「傭兵の世界は、今日の友は明日の敵なんて事はザラです。見知った顔だろうが、親族だろうが敵に回れば殺さなければいけないんです。

 でなければ、自分がやられる。……自分だけならまだいい。貴方の中途半端な覚悟が、自分を、友を、そして仲間を殺すんだ」


 ガレオンは、私の言いたい事が分かっている。そして傭兵の世界とはそういう世界だという事も。だから、私の言葉を黙って聞いている。

 ヴェンダーは今にも泣き出しそうになり、唇を震わせている。葛藤もあるのだろうが、こうした戦術において、優しさは己を殺す最大の毒だ。

 今後紅の黎明ウチに入る気があるなら、甘さは早いうちに捨てた方がいい。


「……貴方が出来ないなら、私がそちらに行きましょう。ですが、私は容赦しない。機甲師団全員を殺す事になるでしょう。

 この際、はっきり言います。貴方がやるか、私が皆殺すか。その違いでしかないんです」


 淡々と告げる私を見上げ、なんとか口を開こうとするが、パクパクと言葉を紡げず、彼の胸が厳寒の冷たさと、灼熱の鼓動に苛まれているのを感じる。

 ――辛い……気持ちだ。


「……ヴェンダー。このネーチャンの言う事は確かに正しい……が、ネーチャンの言いてぇ事をちゃんと読み取れ」


 本当に勘がいい男だ。


 項垂れ、涙を溢すヴェンダーの肩を叩きガレオンは口を開いた。


「このネーチャンはな。オメーに『殺せ』なんて一度も言っちゃいねぇ。……なんでかわかるか?」


「え? いえ、どういう事でしょうか……?」


 ヴェンダーは顔を上げ、私とガレオンの顔を交互に見る。


「オメーの銃の腕を、信頼してんだよ。

 多分だが、アルカセトで実際オメーに銃口を向けられているから分かるんだろう。オメーなら殺さなくても、行動不能にでも出来んだろってな。

 ……このネーチャンなりの慈悲みてぇなもんだろ」


「いやぁ、みなまで言われると恥ずかしいですね」


 少し恥ずかしさを感じ、おどけて話すが、まぁそんな所だ。

 私が殺すか、精神を破壊するよりは、彼が自分の手で方が、彼の為でもあるだろう。


「……はい!」


 ヴェンダーは目に涙の代わりに、強い意志の光を灯し、強く返事をした。

 今の彼なら、大丈夫だろう。


「まぁ、今回は多めに見ますが、さっきの傭兵の心得は心に刻んでおいて下さい。

 敵は、生きている限り生命をねらってくるものですから」


 私は指を立て、軽い感じで話す。が、本当は敵は殺した方が良いのだ。

 そうすれば、不意をつかれて大切な者を殺されたりもしないし、消えない傷を負うような目にも遭わない。

 ……自分の無力さと、世界の残酷さに心を壊される事も無い。


 だが、今回は、今回だけは、彼に友を、かつての仲間を討たなくとも目標を達せる力が在るのなら、甘えを捨てずに居ても良いのではないかと思う。


 その甘えや敵対者への慈悲等、私はとうに捨て去ったモノだけど。

 それに悩む彼が眩しく見えたから。

 彼に突き付けた言葉とは裏腹に、それをどうか失わないでと、心のどこかで願う自分が、少し滑稽に思えた。

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