第三十一話 皇都血戦 7 Side Rinon
姿を隠したリヴァルは、見える鋼糸と見えない鋼糸を織り交ぜながら、次々と攻撃を繰り出してくる。
時折、短剣が付いているであろう鋼糸が、フレイルの様に質量を活かし振るわれてくるのが、中々に鬱陶しい。
不可視化された鋼糸も銀光套衣を纏った今なら、感覚が鋭敏になっているので見えずとも感じる事ができる。
――問題は、やはり例の何も感じ取る事すら出来なかった鋼糸だ。
可視、不可視、両方の鋼糸を高速で捌き、流しながら、現状のリヴァルとウェディングドレスの姿を探る。
絶えず移動を繰り返しているのか、全方位から振るわれる鋼糸、そして時折振るわれてくる完全に知覚出来ない鋼糸が、徐々に私の身体を切り裂いていく。
リヴァルも音を出せば、位置を見破られると知ってか、辺りからは声どころか衣擦れの音すら碌に聞こえない。
防御の隙を見て、鋼糸の斬撃の延長線上を薙いでみるが手応えも無く、太刀は空を薙ぐばかりだ。
「防戦一方だね。致命傷こそ受けないものの、このままでは……」
このままでは命気がガス欠を起こすのも時間の問題だ。
かつての行雲流水のような強いデメリットは無くなったとはいえ、通常纏う様に使うよりも命気の消耗は断然激しい。
私の内から湧き上がる様に発生する命気よりも、使用している命気の方が多いのだから、枯渇するのは当然だが、銀光套衣を維持できなくなれば、切り刻まれて負けるのは私だ。
そうなる前に、決着をつけなければいけない。……ならば、多少のリスクは負うべきだな。
私は目を閉じ、知覚のみを更に鋭敏化させ、迫る鋼糸を弾きつづける。
――やがてその鋭敏化した知覚の外からの不可知の攻撃が私を切り裂き……、
「なっ……!」
虚空からリヴァルの驚愕の声がこだました。
――私は例の全く知覚出来ない糸が、自分の頬に食い込んだ瞬間、それを素手で掴み取った。
銀光套衣によって切断こそされないものの、掌の半ばほどまで食い込んだソレを太刀に巻きつけ、思い切り引き寄せる。
何かが風を切る様に動くのを察知した私は、その何かを連続して斬りつけた。
細切れになって舞う純白の布地は、ウェディングドレスであった物だ。
その胸元の部分を切り裂いた時に、硬い手応えと共に血のような物が噴出した。
「ガッ……!!」
突如姿を現して吐血するリヴァル。状況が理解できないものの、私は姿を現したリヴァルを肩口から脇腹にかけて斜めに斬りつけた。
「オオオオッ!!」
痛みに絶叫をあげるリヴァルは、荒く息を吐き仰向けになって倒れる。
斬撃は深く確実に致命傷だ。もはや息絶えるまで時間の問題だろう。
「はぁ、はぁ……。何故いきなりこうなったか、分からないといった感じだな……」
「私はいつだってキミの事はわからないよ」
私がそう言えば、リヴァルは目の輝きを強くし、血を吐きながらも言葉を紡いだ。
「死を目前にして、正気を取り戻す等……な。辱めを受けている気分だが、まぁ自分で選んだ事だから仕方が……ないな……」
「やはり何か薬物でも?」
「いや……お前を足止めする為に襲撃……し、命からがら敗走した後、俺は……ゴホッ、もう一度鋼糸を振るうため、お前に勝つ為に、ロプト博士の実験体となった。その際、異能の根源とやらを改造され……正気を失った。
お前が断ち切った糸は、俺の心臓とリンクした
確かに、あの糸は脅威ではあったが、断ち切られれば致命傷を負う武器など、とても正気の沙汰ではない。
「キミは、そんな風にならなくても、全然強敵だったよ。
それに私の事を愛しているとか、おかしげな事も言っていたけど、最後に正気に戻れて良かったね」
私がそう言えば、リヴァルは目を閉じ口元に笑みを浮かべた。
「少し……朧……気な所もあるが……覚えているよ……。死ぬから、言え、る事だと思うが……あの気持ちは本当だ。……俺は……お前を、愛……して……」
言い掛けた所でリヴァルは息を引き取った。
「……好意は、受け取っておくよ。さようなら、リヴァル」
私はこれまで異性から愛など向けられた事は無かったし、リヴァルがいつ私を好きになったのかも分からない。ただ、最後のリヴァルの表情は、なんというか……温かいものだった。
先程までの狂気はどこに行ったのかと思う程、優しさと慈しみにあふれた表情のまま逝ったリヴァルに対してだけは、その気持ちを受け取って置く事にしよう。
「博士とやら、やはり戯神の事なんだろうけど……」
人の意識を狂わせる程の、何かを平然と他人に施すなんて……赦し難いな。
リヴァルの他にも、そういう事をされた者が居るかもしれない。……なら、そういった者達にも、いずれ引導を渡してやるべきだろう。
「だが、まずは戯神本人を叩き斬るのが先かな」
他人をこんな風にする様な奴を、リヴァルの武人の矜持を踏みにじる様な奴を、許す事はできない。
リヴァルと戦ってできた傷を命気で塞ぐと、流石に命気を消耗しすぎたのか腹の虫が鳴った。
――我ながら、緊張感の無い事だ。
「アリア……何処に行ったんだ」
私はポーチから、レーションを取り出し頬張るとそれを強引に水で流し込む。
命気が使えなくなれば、危ういのは私だ。少しばかり胃を満たす時間も、私には必要な事だ。
腹が満たされたのを感じると、私は目を閉じ、感覚の眼を開き探知範囲をどんどん広げていく。
「居た……!」
此処からは、三キロン程離れた所にアリアの気配を感じるが……少し、弱々しい感じだ。もしかすると、負傷しているのかもしれない。
私は命気を纏い、アリアの居る方に一直線に駆け出す。
「待っててアリア。無事で居て……!」
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