第三十話 皇都血戦 6 Side Rinon


 ――少し落ち着け。


 傷を負ったことで少し冷静になり、ちらりと後ろを一瞥し、状況を再確認する。


 背面には傀儡と化したラバースーツの者達……。ライエを襲撃した連中と同じような奴等だと思うけれど、傀儡達はどうやら既に生きては居ないようだ。

 その数、十二体。ライフルを持ち背後から雨霰と銃弾を撒き散らしてくるが、弾も無限ではないだろう。そろそろ尽きる筈だ。

 そうなった場合、ベルトに装備している短剣で攻撃してくるとすれば、銃弾を防御する必要もないし、斬撃なら十分見切れる。

 それなら銀光套衣を解いて、攻撃に命気を使えるか……?


 ――いや、銀光套衣を解けば、先程の全く見えない鋼糸に対する防御が出来なくなる。

 あの鋼糸は他の糸よりも圧倒的に切断力が高い。私のコートが防弾防刃でも、銀光套衣の上からコートごと斬られた事を考えれば、コートのみの防御力に頼るのは愚かな事だ。


 現状の私の優位な所は、速度と一撃の破壊力……だが、先程のリヴァルの言を考えれば、命気を使った強力な攻撃をしても、もう一度は確実に防いでくると見ていい。

 強力な技を使えば、その隙に全く見えない鋼糸を振るってくるだろう。……リヴァルの狙いはおそらくそこだ。


 ならば、何か意表を突く様な事をしなければダメか。


「作戦は、決まったか?」


「待っててくれたの? そういう所は紳士なんだね」


「妻になる者が、必死に悩んでいるのだ。それに寄り添うのが夫の努めだろう?」


「前言撤回だね。二度と喋れないよう、その喉斬り裂いてあげるよ」


 一貫したイカれぶりだ。なるべくならもう話したくは無いな。ペースを乱される。


 ――私はリヴァルに向け、その場で地を揺らすほどの震脚で踏み込むと、に向けて一気に間合いを詰めた。


 ――歩法、またたき海嘯かいしょう


 リヴァルは私が高速で飛び込んで来ると感じたようで、私が居た所からリヴァルまでの動線の間に鋼糸を振るうが、それらは当然空を切り、私が踏み砕いた床の破片を切り裂く。


 背後の傀儡達を間合いの内に入れると、私は入り口の扉を固めていた傀儡の一人に、勢いそのまま前蹴りを放つ。

 砲弾の様な勢いの蹴りを食らった傀儡は、上半身を盛大に爆ぜさせ、臓物と脳漿をぶち撒けた。


 手応えで分かったが、死体の中に神経のように張り巡らせた鋼糸があった。おそらくその鋼糸を操作して、死体を操っているのだろう。


 私はそのまま屋敷から飛び出す様に、外へ抜け出ると、銀光套衣を解き、太刀に命気を集中させる。


「行雲流水・命斬一刀めいざんいっとう


 上段に太刀を構え、全力で命気を放出しながら袈裟懸けに振り下ろす。


 ――我流、波濤。はとう


 うねる大波となった白銀の命気は、振り下ろした斬撃の筋に沿ってゼルヴァ邸を破壊していき、更に私が返す刀で横薙ぎに振り払うと、命気の波は更にうねりをあげる。


 ――我流、波濤はとう白波。しらなみ


 リヴァル達が出て来る間も無く、屋敷は倒壊し、周囲一帯を瓦礫の山と化した。


 これで、おそらく例の結界は使い切った筈だ。

 私は油断なく太刀を霞に構え、舞い上がった粉塵の先――リヴァルの気配が有る方を向き、もう一度銀光套衣を纏う。


「……やってくれたな。ゼルヴァ家の屋敷が木っ端微塵だ。これでは新居を建て直さなくてはなぁ」


 粉塵が風に舞い流れ、視界が晴れた先には、ウェディングドレスを身体の前に置き、結界を張ったリヴァルが現れた。

 傀儡達はその殆どが原形を留めないほど爆散し、一部の四肢が散乱している様な様子だ。

 リヴァルは無傷だろうとは思っていたが、あの状況でウェディングドレスなんかを庇ったからか、左腕の肘から先が無くなっていた。


「そんなもの守らずに、自分の身体を守ったら良かったんじゃない?」


 予想外にダメージを与えていた事と、私が予測していた仮説が結び付き、思わず笑みが浮かぶ。


「……このドレスはお前自身だからな。夫として護らなければいけない」


 やはり……あの全く見えない鋼糸は、リヴァルの庇ったウェディングドレスから放たれていた。

 理屈は分からないが、リヴァルが身を挺して護ったのもそれが理由だろう。

 ということは、あのドレスもリヴァルの武器と思った方がいいな。


「なら、一度私に見せてくれないかな? 本当にサイズが合っているかも怪しいし」


「……だめだ! これはお前の死装束だ! お前を殺して愛する為のドレスなのだ! それにサイズは完璧に合っている。脳裏に焼き付いたお前の身体の寸法を俺が忘れる訳はない」


 ――――やはり、コイツは完全に変態だな。


「麗しの乙女は今、育ち盛りなんだ。胸囲とかも、日々成長している筈なんだけどね」


「……フッ」


 アイツ今、鼻で嘲笑ったな!? 必ずぶった斬る。


 ともあれ、あの男が腹立たしいことはこの上ないが、狙うならやはりあのウェディングドレスを先に狙うべきだろう。


戯糸操死劇団グランギニヨル


 リヴァルは右手で、例の『鋼糸で傀儡を操る技』を使うと、爆散した傀儡の左手を自分の欠損した左腕に添え、あろう事か鋼糸で接合した。

 死体の手を繋げただけの様に思えるが、指を閉じたり開いたりしている様子を見れば、神経の様に指先まで鋼糸を通し、それを操作する事で擬似的に腕を使える様にしているようだ。


「流石にそれは引くね……」


「お前を殺したら、お前の身体を俺と繋げるさ。腐敗に関しては、博士がなんとかしてくれると言っていたから心配ないぞ」


 これは私が死んだら、あいつが私の身体で何をするかわかったものじゃないな。……気持ち悪。


 リヴァルは両腕を指揮者のように振るうと、そこら中に四散した傀儡達の持っていた短剣が腕や手首毎、宙に浮かんだ。

 不可視化された鋼糸に触れた短剣は、次々にその姿を消していった。


「さぁ、そろそろ誓いのキスの時間だぞ。銀嶺」


 そう言うとリヴァル本人も、夜月に朧がさすように、その姿を消していった。


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