第ニ章 皇都血戦

第二十五話 皇都血戦 1 Side Rinon


 ミエルさん達と別れた後、私とアリアは商業地区にあった酒屋の店舗に不法侵入し、住人が居ない事を確認すると軽い食事を摂りながら、作戦開始の頃合いを見計らっている。


 因みに皇都にあるウェスティン商会の店舗は、開戦前――。私達が大陸横断鉄道に乗っていた頃には既に、戦争になる事を予測し店舗を閉めていたようで、皇都にあった店舗は撤退し、無くなっていた。

 仮にあったとしても、監視対象になっていたであろうから、店に入る事はしなかったと思うけれど。


 私は感覚の目を広げ周囲を探ったが、周囲五百メテル圏内には、敵意を持った者は居ないようだった。

 避難していない民間人も多少なりいるようだったが、まぁ、これらは問題は無いだろう。

 誰であれ自国が戦争に巻き込まれ、一時的にでも生活の場を追われるというのは苦痛な筈だ。中には僻地に疎開する費用すら無い者も居たかもしれない。そう思うとなんともやるせない気持ちになる。


 ――感覚の目を閉じ、アリアを見やれば店内の酒を手に取り眺めていた。……まさか飲む気だろうか。

 やがて私の視線に気づいたアリアは苦笑した。


「今飲んだりはしませんよ。ただ、争いが終われば、また皇国の酒も飲んでみたいものだなと」


「ならいいけど。……周囲に敵はいないみたいだね。ただ、民間人はちょこちょこ残ってるみたい」


 私は腰のポーチから、干し肉とチーズ、小型のスキットルに入った水を取り出し、それら一式をアリアにも渡す。


「ありがとうございます。皇都は住みやすいとガレオンも言っていましたし、土地に愛着があるのでしょうね。皇都の者達を戦火に巻き込んでしまっている事が申し訳なく思います」


「そうだね……。前に、皇国で活動した時もそれなりに楽しかったからね」


 私の二つ名『銀嶺』も、皇国で付き広まった名だ。もう一年程前になるけれど、近隣で山賊行為をしている者達の殲滅や、殺害予告の出された貴族の護衛等、細かい物も含めればそれなりに要請をこなしたものだ。

 商業エリアの屋台でよく食べていた、小麦の粉をペーストにしたものを鉄板で焼き、木の棒に巻きつけソースをかけた食べ物、確か……ドンドン焼とかいったか。あのチープだが癖になる味が懐かしい。


「早く終わらせて、日常を取り戻させてあげたいものです」


 アリアは干し肉を齧り、水で流し込むと、立ち上がり鏡の前に移動し、素早く髪をシニヨンに結い上げていった。


「へぇ、雰囲気変わるねぇ。似合ってるよ」


「サフィリアも来る事ですし、あまり傷めたくは無いので……リノンも結いますか?」


「え? んー、私は良いかな」


 私は差し出された髪紐を断った。特に理由はないけどなんとなく面倒くさかった。


 アリアの言う、母様が来るから髪を傷めたく無いというのは、おめかしして母様と会いたいという意味ではなく、母様の異能『焔』の影響範囲を危惧しての事だろう。

 尤も、母様が全力を出した場合の影響範囲内にいる事があれば、髪が灼ける程度では済まないだろうけど。


「……前にも言いましたがリノンも、戯神には気を付けて下さい。おそらくはこの皇国に潜伏しているでしょうから」


 おそらく、アリアが落ち着かない理由はその戯神とやらについてだろう。


「気は付けるけれど、私にはどんな容姿の奴か分からないし……。そもそもそいつって強いの?」


「容姿はそうですね……。私が幾度か見た時も、時折姿を変えていたのでなんとも言えませんが、黒髪に白髪が混じっていて、白衣を羽織っているのは何時も同じでしたね。

 戦闘能力に関して言えば、異能頼りの面がありますが、低くもありません。……少なくとも、現状の私では仕留めきれないと思います」


「アリアで勝ちきれないレベルか……」


 今の私で、勝てるのだろうか。

 いや、そんな奴相手に一人でかかる必要は無いし、アリアと連携して臨めば勝機は必ずあるはずだ。


「戯神は産まれ持って強力な異能を持っていたとの事です。異能の強力さだけで見れば、我々起源者に近いものがあるとも言われています」


「……ん? そういえば、異能持ちと起源者って何が違うの? アリアのも水の異能で周りには、一応通してるし」


 展開速度や、応用性、影響範囲、力を使える総量、その全てにおいて異能持ちとは次元が違うものだとは思うけれど。


「起源者の使う力は『異能』ではなく『起源術』と、我々は呼んでいます。

 異能については生まれた時に授かる物ですが、私達起源者は元々、造られた存在です。

 その際、通常の異能とは比較できない程の力を持って我々は生まれたのです」


「要は力の大小が、異能と起源術との差と言う事なのかな?」


「能力だけに関すればそうですが、我々起源者は力を分けた、眷属というものを創る事もできます。……因みに、今の私は意識こそ自らの物ですが身体は眷属体の物です」 


「ちょっと難しくなってきたけど、前に言っていた、戦闘能力が十分の一っていう話はそこに関係しているんだね?」


「そうです。……因みに私の本体は今も、この星ではなくテラリスに有ります。訳あって、封印されていますが」


 それを語るアリアの表情は堅いものだ。


「封印か……じゃあさ、いつかアリアの本体に会いに行こうか。

 アーレスを飛び出して、どうやって他の星に行くのかなんて想像もつかないけど、アリアが向こうから来たのなら、きっとこちらからも行ける筈だしね。

 この店で一番美味しいお酒をお土産にしてさ、その封印ってのも解いて、皆で一緒にお酒飲もうよ」


「――!」


 アリアの双眸が大きく開かれると、次第にその瞳は潤んでいき、やがて煌めく雫が次々と落ち始めた。


「えっ……!? あ、いや、なんか気に障ること言った!? その……ごめんね!?」


「いえ、嬉しいのです。ありがとう……リノン」


 泣きながら私の腕に抱き着いてきたアリアは、まるで子供のような危なっかしさと、愛らしさを感じさせた。


「すいません……もう大丈夫です」


 アリアは、落ち着いたのか目を擦ると、普段の美人顔に戻っていた。


「いつか話そうと思っていましたが、このアーレスには私の他にもう三人の起源者がいます。

 彼等と共に私は、このアーレスに探しモノを探しに来たのです。少々事情が変わり、今は皆別々にこのアーレスで生活をしていますが」


「そうなんだ……アリアの知り合いか、私もいつか会ってみたいな」


「変わり者ばかりですが、近いうちに会えると思いますよ」


 うん……? 会いに来てくれるってことだろうか。


「だいぶ話し込んでしまいましたね。

 ……間もなく作戦開始の時刻ですし、リノン、もう一度周囲を探ってもらえますか」


「おっと、もうそんなに時間が経ったのか」


 私は目を閉じ、再度感覚の目を広げる。

 探知範囲を先程よりも広くし、周辺の状況を把握する。


「……ここから、十二時の方角に八百メテル程行った所に、異能持ちが一人居る……多分傭兵団。

 近くに三十人程居るから間違いないと思う」


「距離からすると貴族街のようですね。邸宅を傭兵団に待機場所として貸与しているのかもしれません」


「とりあえず、そこから潰してみようか」


 アリアは頷くと、私は不敵に笑い頷き返した。


「じゃあ、陽動作戦を開始するとしようか!」



 


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