第二十四話 潜入
皇国領内に入ると交通量が増え、道路の往来も多くなり、反対車線では皇都から辺境へ向けて脱出した民間人が渋滞の列を作っていた。
「民間人が退避しているのであれば、多少は安心できますね」
民間人が退避しきれれば、それにこしたことはない。だが、皇国はそれ程面積が広い訳ではないが、人口も多く、皇都には六百万もの人間が住んでいる。
交易についてはあまり積極性こそ無いが、それは自国で凡そ全ての物を賄えているという裏返しでもある。
豊穣な土地に人の手が入れば、自然と国も豊かになっていくし、何よりも皇国は技術革新に積極的で、常に他国より先鋭的だ。
故に、オリジンドールという兵器を創り出していたりと、国力……特に軍事力については他国に比べて何世代も先を行っている。
「この車列はある意味、国の力の現れなのかもしれませんね」
「ま、実際住めば、これ程住みやすい国もねぇからな。優秀な人材を流出させない為に若ェ者にもアレコレ手厚いしな。
そんかわり、ある程度の要人クラスの人間が技術流出なんかをやらかすと、一族諸共、即死刑とか法も変わってるけどな……って、ヴェンダー。オメェ、機甲師団の部隊長じゃなかったか? 家族とか大丈夫なのかよ」
「私は戦死という事になっている筈ですので、大丈夫かと思います。
まさか、このような形で祖国に弓を引く事になるとは思いませんでしたが」
少し俯いて話すヴェンダー君は、やはり葛藤が無い訳ではないようだ。
「辛いなら、ヴェンダー君はアルカセトに残っても良かったんだよ?」
「決して何も感じない訳ではありません。――ただ、皇国に歪みがあるのも事実でしょう。
皇帝も私が幼い頃とはまるで、人が変わったようになっているとも聞いてましたし。……皇国に歪みがあるのなら、私もそれを見極めたい」
強い決意を感じる眼差しだ。
「気概は買いますが、迷いは貴方を殺しますからね? やると決めたなら、親にでも引鉄を引く覚悟は持つべきですよ」
「……分かっております」
後ろでミエルさんが、ヴェンダー君の背を押す様に語る。
だがそれは、実際やる場面になればまた違う話だ。
ミエルさんも親を殺せとは言っていない。ただ、それでもやらなければいけないのであれば、やる。それが傭兵の在り方ではあるんだよね。
「ミエル、また検問です。よろしくお願いします」
アリアが言えば、「はいはい」と返事をし、後部座席の窓を開ける。
先に窓が開けば、係員は初めにそちらに向かうのは道理だ。
「どうも。皇都は只今、戦時厳戒態勢ですが、皇都の方へは何用で向かっておられるのですか?」
「こんにちは。私達はアルカセト平原での戦闘の生存兵なんですよ。……駐留地に戻ったら准将も居なくなって居たので、一般の車両を調達して帰還してきたところなんです。身分証は……ハイ、コレです」
ミエルさんは、胸元から紅の黎明のドッグタグを見せた。
「…………! そうでしたか。我々は全滅と聞いていましたが、それは良かった……! 急ぎ皇都へ戻り報告等されて、ゆっくり休んで下さい。次は我々が戦いますので。では!」
「ありがとうございます。ではでは〜」
ミエルさんはひらひらと手を振り、車は再度発進する。
ガレオンは、今までも何回かあった検問を、全て今のやり取りで躱してきたミエルさんに畏怖の視線を向ける。
「何度見てもエゲツねぇ異能だなソレ。
……『精神干渉』ったか? あん時ヴェンダーを眠らせたのもソレだろ?」
「アハハ。あの時は弾丸に付与したので、ちょっと調節ミスりましたけどね」
お気楽に話すミエルさんだが、隣のヴェンダー君もガレオンも顔色は悪い。
特にヴェンダー君に関しては、強制的に意識を刈り取られ、暫く悪夢を見せられていた訳だからか、尚の事顔を青くしていた。
「それでも以前よりは、調節が効くようになったじゃないですか。ミエル。
……前は感情的になると制御が効かなくなって、周囲の意識を諸共刈り取っていたというのに」
「あ、今でも怒っちゃうとそんな感じですよ。冷静なら今くらいは大丈夫です」
「そうでしたか。では、あまり成長は無さそうですね」
「そんなぁ」
アリアとミエルさんのやりとりの後ろで、ガレオンとヴェンダー君が、「あのネーチャンだけはキレさせらんねぇな」「ハイ……」とぼそぼそと話している。
実際、ミエルさんは敵にするとしたら最悪の部類だろう。
短いブレードの付いた二丁のハンドガンが得物だが、恐ろしいのはミエルさんに攻撃を当てられた相手は、意識を刈り取られたり錯乱したりと精神に干渉される。
流石に、深い記憶までの干渉は難しいらしいが、戦闘中に意識を刈り取られた時点で、普通は即死亡だ。
その上、体術にも秀でていて体捌きや身体能力に関しては、私とほぼ同じかそれ以上のレベルだ。
先程の洗脳じみた力も異能の応用であったりと、応用力も高い。
「もうすぐ皇都に着きそうですね」
外を見れば、確かに周囲の景色も変わってきている。
これまでは山間部をかなりの間走行していたが、山の切れ間から見える景色にチラチラと街が映りだしていた。
「おさらいだけど、私達は二手に別れて皇城と、軍の施設を襲撃する。
皇城の方は私とアリア、軍施設の方はミエルさんとガレオン、ヴェンダー君の三人で行くよ。
主な目的は敵の戦力分散と、可能ならその撃破。私達が掻き回している間に、紅の黎明本隊が空挺降下して主要施設を抑える。因みにかあさ……、団長は単騎で皇城を破壊するとの事だから、巻き込まれない様に注意して」
私が作戦を話せば各自頷き、了解の意を示す。
「それと、皇国に雇い入れられた傭兵団は、どこで現れるか分からないから注意して欲しい。
本隊が降下したら私達は各自撤収。ミエルさんは引き続き第一部隊の指揮。私達は各自近場の援護をしながら移動して、一旦何処かに集まろうか」
「それなら、皇城の後ろにザルカヴァー王国側へ通じる広い道路があり、その道路沿いに自然公園があります。そちらの方には主要施設もありませんし、皇帝が確保されれば、そこなら安全でしょう」
「分かった。では、各自地理は完全に頭に入れといてね」
「了解」
全員が、決意や闘志を溢れさせる中、私だけは少しばかりの緊張と、畏れと焦りが入り混じったようなものが胸の中によぎっていた。
――私が総括を終える頃には、巨大な円周状の都市が目の前に広がっていた。
郊外には区画分けされた幾つもの資源プラントや軍事施設が作られ、それを取り囲む様に住宅地、商業エリア、貴族街、皇城と円環状に都が作られており、中心に近づくにつれ、緩やかな山の様になっている。
陸路での歩兵戦では精強を誇る紅の黎明ですら、この地形は攻め辛さがどうしてもあり、皇都の広さや敵軍の物量から考えれば、簡単に挟撃もできれば包囲もされることが伺えた。
それゆえ本部が、空挺降下による主要施設占拠、もしくは破壊という電撃作戦を選んだのも頷ける地形だ。
皇都に入った所で、またしても検問が行われており、またミエルさんに対応してもらい、私達の車は皇都に入る。
住宅地と商用地を区切る様に水路が引かれているので、今回はそこまで車で侵入する手筈だ。
「こう見ると、私達みたいに少数で攻めるほうが敵さんも的を絞り辛いかもね」
「多勢程度なら問題はありませんからね。爆撃作戦等を取られなければ、遅れは取らないでしょう。
ヴェンダー、皇国軍の総数は分かりますか?」
「はい。先の戦争での損失を考えれば、皇国軍。……これはまぁ歩兵部隊ですが、これが二万三千程、機甲師団に関しては、
ですが、アルナイルの様なものが、他に製造されていないとも限りませんので、それは私には分かりかねます」
「二万三千ですか。流石に骨が折れそうですね〜」
「っても市街戦だからな、一度にそいつ等全員が襲ってくるわけじゃねぇ」
「それと、皆さんご存知でしょうが、皇国にも恐るべき実力の持ち主がおります。
おそらくは皇帝の側に控えているでしょうが……」
「皇国軍総司令、グレナディア・ブラドー。……『鉄血のグレン』ですか」
『鉄血のグレン』……鉄を自在に操ると言われている皇国最強の軍人か。
「それに、傭兵団『幻狼』含む複数の傭兵団も潜んでいるようですから、各々油断の無いようお願いします」
「『幻狼』って、確か三人しか居ない団だけど、個々の戦闘能力だと、脅威度Aクラスでしたっけ。Aクラスっていうと……確かだいたい貴方と同じですね」
ミエルさんが、ガレオンを指差すとヴェンダー君は少し怯んだ様子になる。
「ガレオン殿クラスが三人もですか」
「何言ってんだ。オメェだって相性もあるが、十分ソレ位はヤベーからな? 遠距離戦に撤すれば、そんな奴等倒せると思うぜ」
「またまた御冗談を……」
謙遜しているが、ヴェンダー君も脅威度評価に掛ければ、狙撃能力から近接戦闘能力を差し引いてもAは行くだろう。
それ程までに、あの狙撃精度は特筆すべきものだ。
「さて、楽しいおしゃべりはここまでです。
私とリノンはここで降りましょう。車は其方で使って下さい」
車を水路の近くに停車させると、私とアリアは車を降りる。
今度はミエルさんが運転するようだ。
「では顧問、リノちゃん! お互いに生き残りましょう! ばいばーい」
窓から手を振りながら、車はもう一度郊外の方へ向かっていった。
「ミエルさん、戦争だっていうのにゆるゆるだね。慣れたものなのかもしれないけど」
「……アレはアレなりに、気を張っているんですよ。周りの緊張を肌で感じているのでしょうからね」
……そうか。私も、気を遣わせてしまっていたのかもしれないな。
「とりあえず、日が落ちるまで商業エリアの方に移動しましょうか。ミエル達も日付が替わるまでは動かないでしょう」
「……だね」
私とアリアは、警戒しながら商業エリアの方に向かった。
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