第ニ十三話 束の間の休息

 

 母様からの通信を終え、私達は州都に帰還すると、議長達、評議会の議員達から賛辞を受けた。

 更に、いつの間にか紅の黎明の連絡員が州都に入っており、皇国の戦争継続宣言によって、私達は皇都へと赴く事になった為、面倒な戦後処理や議会への報酬精算、各所への報告事項等は連絡員がやってくれる事となり、簡単な報告を行うだけで私達は面倒な処理からは解放され、宿で休息を取った。


 日が昇った後、ウェスティン商会へ装備を整えに行くと、私専用に耐久力と柔軟性が強化されたブーツを作っていてくれたらしく、それを受領した。

 多少重みが増したものの、デザインや履き心地が、以前と変わらずしっくりくる物だったのは幸いだった。

 私のブーツ消耗率は多少なり補給部隊内で問題視されていたらしく、彼等のプライドをかけて作られたブーツだそうだ。

 ガレオンも教授から貸与されていた強化スーツの様なものを返したようだが、その代わりに見たことの無いプロテクターを受け取っていた。


 その後、出発までの間の二時間程、自由行動となり一時解散となった。

 ちなみにヴェンダー君はまだ目が覚めておらず、ミエルさんはアリアからじっとりとした眼で見られていた。


「さて、束の間の休息とはいえ……何をしようかな」


 こういう時、戦うしか能がない自分に多少の虚しさを感じる。


「なにか、面白い事でもあればいいんだけどね」


 街の歩道を歩きながら、通り沿いの店を眺める。

 友人同士でお茶を楽しむ者達や、恋人達が腕を組みながら楽しげに会話をしている姿が目に入る。


「なんだか、私には眩しい光景だねぇ」


 傭兵の子として生まれ、傭兵として生きる道を選んでから、私は己を高める事のみを考え、それに従事してきた。

 別に、彼等を羨む気持ちがある訳では無い。

 彼等の過ごす平和を守れたという実感と、今日まで高めた己の力のおかげで、彼等に昨日と変わらない今を送らせてやれている一助になれているという事が、ただ誇らしいと思った。


「だれかの笑顔って、やっぱり良いものだよね」


 仕事柄とはいえ、私は人殺しだ。守る笑顔の分、奪った笑顔も多い。

 私はきっと、善人ではない。それを分かっているからこそ、ブレない芯を持たなければとは思うのだが、現実はなかなか上手くはいかない。


「散歩は、色々な気付きをもたらせてくれるけれど、さすがに散歩するだけってのもね……ん?」


 散歩に多少飽きが来ていた所で、気になる店舗が私の目と脚を止めた。

 アルカセト名物『美人の湯』と書かれた看板は、街中に似合わない温泉施設のようだ。


「温泉か……。いいね」


 建物に入ると、なかなか雰囲気が作られており、植物が内装にふんだんに使われた室内は、外の都会的な建物から考えれば、異界の様にすら感じた。

 入湯料は、600ベリル。高いのか安いのかよく分からないけど、まぁいいか。

 私はお金を払い、タオルを借り脱衣場に行くと、見知った顔と鉢合わせた。


「おや、リノちゃん。奇遇だね」


「ミエルさん? 変なトコで会いますね」


「私は温泉好きだからね。折角だから一緒に入ろうか」


「じ、じゃあご一緒します」


 私達は服を脱ぎ、タオル一枚を身体に巻くと、何がとは言わないが私とミエルさんではサイズが全く違った。

 例えるならば、メダカと鮪。ラディッシュと大根。水溜りと海。


「やだなぁ、男じゃないんだからそんなに見ないでよ」


「あはは……すいません。つい」


 恥ずかしげに胸の上に腕を置くミエルさんだが、生憎私には置くという概念が無い。

 生まれて初めての完全な敗北だ。だが、悲しみも虚しさも全く無い。あるのはある種の諦め……。


「ほら、行くよ〜」


 ミエルさんの後ろを、「ぐぬぬ」と言いながらついて行き浴場に入れば、街中にあるとは思えないほど、本格的な造りに驚かされた。


 竹で作られた壁に覆われているが、天井は無い。

 総露天風呂の浴場は、洗い場が端に作られており、その他は広い石造りの風呂だ。 

 風呂は広く、お湯も乳白色でいかにも気持ち良さそうだ。


 先客の、おばあちゃん達は丁度上がるようで、中は私とミエルさんの二人だけになった。

 私達はサッと身体を洗うと、並んで湯に浸かる。

 

「ふぅ〜。控えめに言って、最高だね」


「ですねぇ。こりゃたまらん」


 私とミエルさんは、揃って頬を緩ませた。

 湯の温度も丁度良く、じんわりと身体の中から暖まっていくような錯覚を覚える。温泉は好きだったが、街中にある様な温泉も馬鹿にできないものだ。


「いやぁ、リノちゃんもだいぶ大人びたね。本部に居たときは、まだまだ子供って感じだったけど」


「む、ミエルさんに言われると嫌味にしか聞こえないですね」


 主に、乳的な意味で。

 すると、私の視線から気づいたのか、ミエルさんは笑いながら否定した。


「あはは、そういう意味じゃないよ。なんていうか、戦士らしくなってきたというのかな? 前よりも、色々な事を考えて戦ってそうだなって」


「まぁ、戦術思考は鍛えてますけど……。でも、詰めが甘いのを最近痛感してるんで、まだまだです。

 技量や、命気の扱いは上達しているとは思いますけどね」


「詰めの甘さかぁ。……まぁ、リノちゃんはなまじ強い分、欲が出るんだろうね」


「欲……ですか?」


 私が訝しげに聞けば、ミエルさんは肩にお湯を掛けながらこちらに向き直った。


「そうだよ。戦闘っていうのはね。誰かの命を奪うという事の前に、自分の命もかかってるんだよ。当たり前の事だけどね。

 ある程度自分が強くなると、分が悪い相手でも撤退位はできるし、リノちゃんの場合、命気で少しの傷なら治っちゃうでしょ?

 でもホントは、もっと怖いものなんだよ。戦って、自分が生き残っているっていうだけで、ホントは途轍もない恐怖を乗り越えて、あぁ、今もなんとか生きてるって思うはずなんだよ。

 だから、リノちゃんは欲張りなのかもしれないね」


「恐怖……」


 そう言われれば、私は自分が戦って死ぬとかは、あまり考えた事が無かった。

 言われた様に、逃げに徹せばアリアや母様相手でも逃げ切れる自信はあるし、傷に命気を集中させれば治療もできる。


「だから、戦って、自分が生きてて、仲間も生きてる。それだけで良いんじゃないかなって、私はいつもそう思ってるよ」


 ――思わず、俯いてしまう。


 ガレオンが言っていたのも、そういう事なのだろうか。

 私の、最善を諦めたくないという気持ちは驕りなのだろうか。


「でも、リノちゃんが、リノちゃんの目指す勝利の為に悩んで頑張るっていうのは良いんじゃないかな? ただ、私達の仕事は人の命を護りもすれば、奪いもする。

 だから、奪う覚悟の前に自分を失わない覚悟だけは忘れないでね」


「やっぱり、ミエルさんにはなんでもお見通しですね」


「伊達に、『千里眼』なんて呼ばれてないからね」


 ふふん、とミエルさんはこれみよがしに大きな胸を張る。


 この人はエンパスという特性を持っていて、他人の感情の機微に敏い。どの程度かは分からないけど、他人の心を読み取れるという。


 だが、他人の心なんて触れるだけで相当に自らを消耗するだろう。

 ……だって人は自分の心だけですら、持て余していて制御できないのだから。


「……『千里眼』は自称でしょ」


「だって『鮮血の魔女ブラッディ・ウィッチ』なんて二つ名、自分じゃあ恥ずかしくて名乗れないよ。もし名付けたやつを見つけたら、無事では済まさないけどね!」


 笑いながら、パンチを打つ真似をするミエルさんは、年齢の割になんとも可愛らしく見える。


「そういえばさ、団長ってば、相変わらずリノちゃんと顧問には優しいよね。

 二人には「期待している」なんてさ〜。私だってあの場所にいたのに」


 頬を膨らませ、ミエルさんは言った。

 私は、ミエルさんが母様のモノマネをしたところで、少し顔をキリッとさせたのに噴き出してしまう。


「ハハ……まぁ、私達は二年ぶりでしたからね。それに、ミエルさんは期待なんて掛けなくても、期待以上に戦果を上げるでしょうから」


「そおかな? なんか団長、顧問にもリノちゃんに向けるような優しげな眼差しで見ていた事もあったからね〜。……案外、顧問も団長の隠し子とかだったりして!」


「まさか〜」


「何を言っているんですか、ミエル。あまりおかしな事を言っていると、その頭を氷漬けにしますよ」


「あはは。すいません〜。って顧問!? 来たなら来たって言ってくださいよ」


 アリアは、いつの間にか私達の隣でしれっと温泉に浸かっていた。

 私もミエルさんにも、全然気づかせないとは……恐るべしアリア。


「貴方も、もう三十にもなったのですから、子供みたいな事は言わない事です」


「うっ……年の話はナシですよ! あれ? そう言えば顧問って何歳なんでしたっけ?」


「まぁ、六千歳程ですね」


 私はギョッとしてアリアを見やる。

 起源者がどうのの話は、あまり他人にする話ではないと思っていたのに、大丈夫なのかとミエルさんを見やれば、凍りついたようにアリアを見つめていた。


「顧問……」


「なんですか」


「顧問って冗談のセンス酷いですよね〜。普通に見た目からすれば私と同じくらいでしょ。ダダ滑りですね〜。やれやれ」


 どうやら、つまらない冗談だと思ったようだ。

 アリアも「まぁ、そんな所ですね」等と返しているので、問題ないだろう。

 その後も、ガールズトークにしては物騒な話で盛り上がり、温泉から上がると三人で宿に戻った。


 宿ではすでに、以前にジェイが手配してくれた車のエンジンが掛けられており、私達の荷物と装備も積み込まれているようだった。


「お、ヴェンダー君もついに目覚めたみたいだね」


 まだ調子が悪いのか、顔を青くしているが、ガレオンと会話したりしているので、まぁ大丈夫そうだ。


「その節は、大変申し訳ありませんでした……」


「いえいえ、コチラこそ、意識落としちゃってごめんなさい」


 ガレオンから、自分の意識が落ちている間の事を聞いたのか、ミエルさんが味方であることは理解した様だ。


「アイツ、起きたらスゲー震えてたぜ。

 よっぽどあのふわふわネーチャンに、トラウマ植え付けられたんだな」


 ガレオンがどんよりとした顔で私に話しかけてくる。

 まぁ、ミエルさんの異能はそういう力だから、仕方無いのかもしれないが。


「貴方達も支度が済んでいるのなら、早速出発しましょうか」


 アリアが運転席に乗り込み、ガレオン達に向けて言った。


「はいよ。いつも運転ワリィな」


「了解です。……運転、疲れたら仰って下さい。いつでも替わりますので」


「私にも言ってくれて大丈夫ですよ〜」


 各々アリアに気を遣い、車に乗り込んでいく。助手席は私、後部座席にミエルさん、ガレオン、ヴェンダー君と並んで座った。


「では、行きましょうか」


 私達の車は、皇都へ向けて走り出した。



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