第二十ニ話 次なる要請
鋼糸使いが姿を消した後、紅の黎明第一部隊部隊長のミエルさんとヴェンダー君達が、車で私達を迎えに来てくれた。
どうやら、アリアの通信機に現在地が分かる機能があり、ミエルさんはそれを辿ってきたらしい。
「お疲れ様です。顧問。それに、リノちゃんもお疲れ様。
とりあえずは状況終了……って感じですかね?」
ミエルさんは車から降りると、肩口程で揃えたふわふわとした青い髪を揺らしながら、私達に声を掛けてきた。
「ミエル、久しぶりですね。
そこの首無し死体達が、一応敵軍の将です。……まぁ、殺したのは私達ではありませんが」
「あ〜バッサリ首やられちゃってますねぇ。ん〜、でもコイツら私の車に乗せるのやだな。血とかばっちぃですしね。
おっ、勲章だけ剥がして持っていきましょうか!」
ミエルさんは、准将と名乗った人物の死体から勲章を剥ぎ取りにいく。
頭と身体の離れた遺体は、それまでの武功の証をなんの抵抗も無く剥がされた。
もう少し、私が気を張っていれば、彼等を生け捕りに出来たのだろうか。
終わった事、過ぎ去った事。気にしても仕方のない事なのは、自分でも分かってはいる。
だが、分かっているからこそ、自分の力の無さを実感してしまうのだ。
「まーた辛気臭えツラしてやがんな。どうせまた、クソみてえな事気にしてやがんだろ」
「ガレオン……はは、君は私のそういう所に目敏く気付いてくるね」
この男は、他人の心の動きに敏感なのだろう。顔に似合わずお節介な所も含めて、最初に抱いていた彼への印象とは、今はだいぶ変わったものになってしまった。
「別に、構ってほしかった訳じゃないよ。修行もして、実際私が強くなっているのも分かっているし、強さという点においては自信もあると思う。
でもね、もっと上手くやれたんじゃないかっていう気持ちは尽きないんだよ」
そう、私は強いとは思う。
アリアや母様には及ばないだろうが、それでも普通の人間が千にも届くほどの軍勢に打ち勝てるだろうかと言われれば、そんな奴はそうそういないだろう。
でもこれが力への過信なのか、慢心なのか。
私はきっと、もっと上手くやれた筈だ。そうした思いは、戦いを重ねる度強くなってきている。
「ハン、テメーの腕ってのはそんなに
「それは……手の届く範囲っていうこと?」
「ちげぇな。テメーが影響を及ぼせる範囲って事だ。
前にも言ったが、オメーはすげぇよ。だがな、すげぇからって何でもできるわけじゃねえ。他人より優れていたって、テメーだって所詮は一個人だ。腕は立つがまだチンクシャだしな。
背伸びしてねぇで、ガキはガキらしく笑ってりゃいいんじゃねーのか。
俺はな、今のオメーみてえな顔して、自分の無力さに打ちひしがれながら、死んでったヤツを何人も知ってる。だからそのツラはヤメろ。
だから、まぁなんつーか無理すんな。俺はテメーには死んでほしかねぇ」
なんでも……か。確かになんでもは無理だな。
求めれば、それは際限の無いものなのかもしれない。
ガレオンは、いや大人というものは、救いたいものが指の間からこぼれ落ちて行くような、この気持ちを私よりも味わってきたのだろう。
「そうか、そうだね。ありがと」
「オメーも女だ。戦いだけが人生じゃねえ。もっと色々楽しんでみろよ。心の視野が広がると思うぜ」
本当に、顔に似合わない言葉を掛けてくれるな。
「あ、そうだ。ヴェンダー君は?」
「あぁヴェンダーか、あいつな……」
急激にガレオンの顔付きが曇り、語気も弱まっていく。
まさか、先の戦闘で死んでしまったのだろうか? いや、それなら何よりも先に教えてくれているだろう。
──駄目だ。状況が読めない。
「死んだりした訳じゃねえよ? ただよ、あのミエルってネーチャンの部隊を敵の伏兵だと勘違いしてな。
あのネーチャンに、盛大に返り討ちにあったって訳だ」
「失礼ですね。貴方達が味方なのは、彼の装備を観測した時点で気づいていたんだけど、あのお兄さんがすごい遠距離から、私のココに直撃するコースで狙撃してきたんですよ!? ちょっと本気で焦っちゃったんで、しょうがないから無力化する為に、弾丸掠らせてちょっと眠ってもらっただけです」
ガレオンの説明にミエルさんが飛び出てきて、豊満な胸の間を手を銃の形にして指し示しながら訂正していた。
「ミエル、貴方まさかヴェンダーに異能を使ったんですか?」
アリアが冷や汗をこめかみから流しながら問う。
ミエルさんの異能は少し特殊で、使われた相手は凡そ無事では済まない。
それ故、私は心臓が高鳴るのを感じた。
「だって、しょうがないじゃないですか。
普通の人なら死んでますよ。あんなレベルの狙撃を連射してくるとか、あり得ないですって! しかも
一応威力調整してるから、明日には目を醒ますと思いますけどね」
「ま、ついでに言えば俺もヴェンダーがやられて、頭に血が上って斬りかかったんだがよ。
俺の場合は普通に近接戦で制圧されてから事情を聞いて、納得したって訳だ」
アレコレとジェスチャーを交えて話すミエルさんと、頭を掻きながら溜息混じりに話すガレオンを余所に、アリアと私は胸を撫で下ろす。
「無事なら、良いのですがね。──おっと」
アリアとミエルさんの通信機が音を立て始めた。
誰かから通信だろうか? ミエルさんの方が取り出す速度が早く、その相手を知らせてくれた。
「おぉ、団長からみたいですね! 顧問の方もそうですか?」
「此方もサフィリアからのようです」
二人とも通信をスピーカーモードに切り替え、周りに聞こえる様にして通信を繋いだ。
「やあアリア、ミエル、それにリノン。此度の作戦それぞれご苦労だったな。
目立った被害も無いようだと連絡員から聞いている。
怪我なども無いようだし、無事でなによりだ」
顔こそ見えないが、耳に響くこの凛とした声。間違いなく母様のものだ。
「久しぶりですね。サフィリア」
「お祖母様と呼べと言っているだろう。
……声を聞くのも二年ぶりか。まぁ、お前とリノンの噂は聞いていたよ……と、済まない。
積もる話もしたいところだが、多少なり事態は切迫していてな。
先程、皇国が声明を出してね。皇国は此の度の敗戦の報を受け、全軍をもってアルカセトを焦土と化す。なんて事を言い出した。
……まぁ、つまりは
「全面戦争。ですか」
「ああ。団創設以来、戦争介入は幾度かあったが、どちらかが滅びるまで、というのは初めてだな。
……故に、本部に第五部隊を防衛戦力として配置し、それ以外の戦闘部隊は全員出撃とする。無論、私も出る」
母様まで出るのか。皇国は、紅の黎明の力を分かっていないのだろうか。
それとも勝てる見込みがあるから、退かないつもりなのかもしれないが。
「リノン、フリーのお前にも
「それは勿論受けるよ。フリーと言っても、紅の黎明の施設とかは普通に使わせてもらってるし、身内だからね。
それに、母様と肩を並べて戦える機会なんてそうそうないでしょ?」
私がそう言えば、通信機越しでも母様の緩んだような雰囲気が伝わってくる。
「そうか……では、アテにさせてもらうよ。
あぁ、今回の介入にあたり、協力者も二名いると聞いているが、済まないがそちらの二人も引き続き協力してくれると助かる」
「かの伝説殿に言われちまったら、引き下がれねぇな。分かったよ。
もう一人も居るにゃあ居るが、おたくのふわふわネーチャンにやられちまってて、今は返事できねぇが、
「済まない。礼は弾むから期待してくれていて構わない」
ガレオンも、母様に言われれば満更でも無いような様子だ。
「それで、今そこに居る者達に先触れを頼みたい。
ミエル以外の第一部隊は、半数がアルカセト防衛につき、残りは私が他の部隊と共に率いて行く。
我々本隊は明後日、日の出と共に皇城や主要施設へ空挺降下し、敵戦力及び皇帝を確保、状況により撃滅する。
その為、君達は日付の変更と同時に撹乱し、敵戦力の分散を頼みたい。派手に立ち回る必要はないが、傭兵団『幻狼』等、複数の傭兵団を雇い入れたとの情報もある。皇城からそれ等を引き離せるなら、頼みたい」
つまりは、敵戦力の分散と陽動が私達の主な役割で、余裕があれば敵を殲滅しても構わないって所か。まぁ、会敵したら全部斬れば良いって事だね。
「了解しました。では、一度州都に戻り装備を整えた後、議長に顔を出したら皇都に向かいます」
「あぁ、では戦場で会おう。……リノン、アリア」
「なに? 母様」
「期待しているぞ」
柔らかな声で、私達に向けられた言葉は、私の胸を鼓舞させるには十分だった。
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