第二十一話 リヴァル・ゼルヴァ


「カハッ! ……ゴホッゴホッ」


 器官に入り込んだ水を吐き出し、俺は盛大に咳き込んだ。


「いやぁ、危ない所だったねぇ。リヴァル君」


 血と水で、びしゃびしゃとなった髪をかき上げ見上げると、気の抜ける様な声が俺に掛けられる。


「……ロプト博士? ここは」


 俺は『銀嶺』を殺そうと戦場に赴いたが『流麗』の異能によって、水流に飲まれた筈だったが……。


「あ〜、君の身体を弄った時にね。ちょっと君の眼を通して状況が見える様にしておいたんだよ。いや〜、間に合って良かった良かった」


「では博士が助けてくれたのですか」


「うん。転移の異能を仕掛けていたんだ」


 どうやら博士のおかげで、命を拾ったようだ。


「ありがとうございます」


 俺は立ち上がり、この部屋から出ていこうとすると、博士が俺の背に声を掛ける。


「また、銀嶺ちゃんを殺しに行くのかい?」


「ええ。……今の俺には、銀嶺への殺意しかない。俺はあの女を殺したい。殺さなければいけない。殺さなければ……」


「ふふ……いい壊れっぷりだね」


 経緯はどうあれ、博士は恩人だ。

 両腕を失い、もう代々受け継いだゼルヴァ家の鋼糸操作技術を使う術を失った俺に、もう一度鋼糸を使える様にしてくれたのは彼だ。

 身体から飛び出る鋼糸は、以前の様に細かな指先や関節を使った操作は必要なく、頭で考えた通りに身体から直接飛び出し、思った様に蠢くうごく

 『銀嶺』は確かに恐るべき達人だが、まだ若く、力や思考も成熟していない。今の俺なら一対一であれば倒せる筈だ。

 それに、俺から鋼糸という伝来の秘技を奪った事が憎い。喉から憎悪というものが吐き出せるのなら、吐き出してしまいたい程に、憎悪が湧き出して来る。

 あぁ、殺したい、殺したい、殺したい、殺したい、殺したい、殺したい、殺したい、殺したい。


「でもね。わざわざ出向かなくても、銀嶺ちゃん達はすぐにこの皇都に向かって来るよ」


「……皇都に?」


「うん。僕もここでの研究成果を試したくってねぇ〜。紅の黎明ちょうどいいあいてと僕の成果達を戦わせてみたいんだよねぇ」


 博士の『成果達』には、俺も含まれているのだろうか。

 まぁ、俺は銀嶺を殺せればそれでいい。


「では、銀嶺の為にとっておきの舞台を作って置かなければいけないな」


 俺は、漏れでる笑みを抑えきれなかった。口の端が上がり、涎が垂れているのは分かるが、それを止められない。


「ひゃ〜、恐い顔だね。……では、そうだねえ。僕の実験体になってくれた御礼に、キミと銀嶺ちゃんを二人っきりにしてあげるよ。

 ま、僕も気になる相手が居るんだけどね」


 何か企んで居るようだが、その思惑を汲む事に意味など無い。俺はただ、銀嶺が殺せればそれでいいのだ。


「あ、でもやりたい事があるから、君が銀嶺ちゃんを殺したら、死体は僕が貰ってもいいかな? いいよね?」


 死体か。うーむ……。まぁ、構わんか。


「構いませんが……そうだ。

 あの美しい銀髪だけは私にいただけますか? あの髪を鋼糸を使うように、弄んでみたい」


 あぁ……考えただけで、ゾクゾクする。

 ……なんなら、銀嶺の髪も博士に頼んで、俺の身体に埋め込んでもらおう! そうすれば、あの女は俺のモノだ! クハハハ! あの女は死に、あの女の髪だけが俺の中で生き続けるのだ! そう! 俺と共に!


「あの〜、なんか興奮しきっちゃってるけど……髪の件はイイよ。僕はキミと違ってそんな変態みたいな事、考えた事無いしね。それに、なんていうかちょっと、流石に今の思考は引いたよ」


「変態とは失礼な……だが、博士との話をしている内に、今しがた気が付きましたよ。

 俺は銀嶺に、恋をしているのだと」


 俺が言えば、博士は目を丸くした。


「っは? 恋ィィ? だって、キミさっきまで殺したい殺したいって、言ってたじゃないか」


 殺意と憎悪は、今も暴風の様に俺の中を掻き回している。

 だが、それと同時に俺は銀嶺を愛し、恋焦がれているのだ。

 

 だから……殺して、愛して、壊して、アイスルのだ。


「殺意と憎悪と愛情が強烈に湧き上がってくるのです。

 愛していたからこそ、殺したいのです。俺の鋼糸を奪ったからこそ、憎いのです。であれば、殺して、愛せばいいのです」


「あ〜……そ〜お? 僕には分かんないね。そういう面倒くさい感情は」


 博士は、ボソボソと内蔵術式の影響がどうのとか、よく分からんことを言っているが、俺は俺の目的を果たす。それだけだ。


「博士、紅の黎明は皇国とアルカセトの戦争にどこまでの介入を? 皇都まで攻めてくるのなら……全面戦争という事でしょうか?」


 皇国軍全軍と、博士の大型オリジンドールや、俺のように、、更に傭兵団等も雇う様な事になれば、流石に紅の黎明といえども、銀嶺達だけでは圧倒的に不利だろう。

 それこそ、紅の黎明全軍で出張って来るような事が無ければ、双方手痛い目に遭う事になる筈だ。


 紅の黎明の部隊長クラスは死ぬ事は滅多にないだろうが、皇国軍においては違う。

 軍がガタついた時に、他国の侵略を受ければ国の存続も危ういだろう。


「ん〜、実はアルカセトの地にはね、ちょっとした秘密があるんだ。 

 今回の戦争における焦点ってのは、別に大使が殺されたからとかじゃなくて、その秘密を誰にも渡す訳には行かないってトコから来てるんだよね〜。

 だから、皇帝も引けないのさ……まぁ、相手が相手だから、傭兵達なんかは雇おうとしても腰が引けてるみたいだけどねぇ」

 

 博士はその双眸を細めながら、いかにも悪い人間の様な笑みを浮かべる。


「あ! 今の話は、僕と皇帝しか知らないから、誰にも言っちゃだめだよ〜?」


 一気にどうでもいい話の様なトーンになり、人差し指を口の前に立て、「しぃ〜」等とやっているので、この人のペースは全く読めないが、つまりは皇国が休戦協定を結び、アルカセトの占領を諦めるか、それとも徹底抗戦をして、紅の黎明を滅ぼすか、皇国が滅びるか。

 そこまで、その秘密とやらが重要なモノなのかは、俺には分からないしどうでもいい事なのだが、今の所皇帝は、あの紅の黎明と戦争をするつもりなのだ、という事は理解した。

 世界中のどこの国も争いを避けるあの紅の黎明と戦うなど、相当な決意があってこそだろう。


「あ、そ〜だ。リヴァル君、キミの『不可視化』の異能、さっき、銀嶺ちゃんに見破られてたよね〜?」


「はい。俺の異能が通じない相手は初めてです。何故か俺の場所を分かるようでしたが……ッ! ……まさか……そうか、そういう事か」


 俺はついに、天啓というものを知る。


「ん〜? なんか分かったのお?」


「ハイ! なぜこんな簡単な事に、俺は気が付かなかったのでしょう……! 見えない俺の居場所を、分かる……つまり、これはもう、銀嶺も俺の事を愛していると言う事でしょう! ッハハ……灯台下暗しとは正にこの事か」


「……君って、女性経験ないでしょ?」


 博士の言葉は無視するとして、そうだ、それしかない。あぁ、運命の赤い糸という奴が、見えずとも俺という存在を感じさせていた訳だ。

 そういえば、以前戦った時も、スカートの中を見せ付けて挑発して来た事もあった! そうか、あれもあの女なりの愛情表現だったのだ! クックク、俺は今にも昇天してしまいそうだ……あぁ、早く切り刻みたいなぁ……!


「ま、まぁ君の推論も一理あるかもしれないケド、まだ、時間はあると思うから、君の異能、もう少し強力にしてみない?」


 おぉ! 銀嶺の愛に、試練を与えるという事か! 博士も粋な計らいをしてくれる……。この赤い糸がもっと見えなくなっても、銀嶺が俺の事を見つけられるのなら、今よりもっと愛が濃くなるという事だな!

 流石だ、流石としか言いようが無い!


「わ、わかったよぉ、そんなに叫ばなくても良いから……」


 おっと、心の声がついぞ漏れ出ていたようだ。


「じゃ、ちょっと隣の部屋に来てくれないか。……あ、あと涎と涙は拭いてから来てね。ばっちぃから」


「了解です。愛の師匠マイスター


「っは? マイスター? 本格的に思考系統に支障がでてきているなぁ。コレはそう長く持たな……」


 俺はシャツで顔を拭い、ブツブツとなにか呟く博士の後ろで歩みを進める。

 あぁ、本当に楽しみだ。銀嶺、お前を愛して、切り裂いて、抱き締めて、締め付けて、舐め回して、突き刺して、そして一つになろう。


 本当に、本当にお前を愛してる。ころしたい

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