第二十話 アルカセト独立戦争 4 執念の糸

 

 案の定アリアの繰り出した技は、相当なものだった。

 私の背後を振り返れば、四本の巨大な氷の大剣が地に突き刺さり、辺り一面吹き飛ばされるかと思いきや、大規模破壊になりすぎないよう途中で破壊の余波なども含め全てが凍りついていた。


「やっぱり、すごいなアリアは。……まだ私の腕では勝てないかもしれないけど、母様達も含めて、壁は高いほうがいいもんね」


 アリアが氷原と化した大地に降り立つ様は、まるで氷の女神の様にも見える。

 ふと、目があったので私は笑いかけると、山道を更に駆け出した。


 山道はそれなりに急峻ではあるが、道路の整備も良く、軍幕の張られた本陣まで辿り着くのに時間はさほど掛からなかった。

 途中で守備部隊の様な連中も居なかったし、敵のお偉いさん方は既にここを放棄して、立ち去ったのだろうか。

 山の木々が切り拓かれ、舗装こそされていないものの、充分に整地されており、数千の人数が軍幕を張り、一時的に駐留するにも充分な広さだ。

 やはり、こうした準備がされている以上、この内戦はある程度以前から計画されていたものだったのだろう。


 軍幕の中を覗けば、物資が散乱しており、いかにも慌てて出ていったといった様子がうかがえる。私はテーブルに置いてあった、珈琲の注がれたカップに手を当てる。


「まだ、温かいな」


 ──追撃するなら、アリアを待たずに追うべきだな。

 私は念の為に感覚の眼を広げ、集中し気配を探る。


「皇国方面に向けて車両が二台走ってる……多分、コレが逃亡した指揮官等かな」


 距離にして三キロン程先の様だ。全力で走れば数分で追いつけるな。


「よし、行くか。……そろそろ日も落ちるし、もたもたしてはいられないしね」


 私は脚に強く命気を纏うと、逃走した車両を追い走り出す。

 お腹が減っていたので、野営地から拝借した麦のパテの様なレーションをかじり、水を飲みながら追いかける。


「これマッズ! まぁ、無いよりは良いけど」


 戦闘中だから! と心の中で謝りながら食べ終わったレーションと水のゴミを、路上にポイ捨てする。


「戻ってくる時必ず拾いますから!」


 誰に言ったのかは自分でも分からないが、ポイ捨ては犯罪だ。あとで必ず始末する。


「おっと、敵さん発見!」


 視線の先には、やはり皇国の軍用車両が二台走っていた。

 荷台に乗っていた兵がこちらに気付き、私に向け機関銃を撃とうと立ち上がった。


 ──歩法、瞬・連歩。またたき・れんほ


 瞬の術理を連続して行うこの歩法は、命気で脚力を強化した私にしかできない。

 他の者が行えば、強力な踏み込みの連続に脚が耐えられず、盛大に転ぶ事だろう。


 道路の舗装を次々に踏み込みで砕きながら、機関銃が放たれる前に車両の荷台に飛び移る。


「ッ……! 噂通りのばけブッ!」


「だーかーら、その手の罵倒は聞き飽きたってば」


 最後まで言われる前に、兵士を肩口から斜めに叩き斬る。

 私は車の天井に上がると、運転席の天井から太刀を突き込み、運転手の脳天を串刺しにすると、そのまま前を走る車両に跳び移り、車両を真ん中のところで切り裂いた。

 制御を失った車両達はお互いにぶつかり合い、その動きを止める。

 這いつくばりながら、車から軍人達が出てくると、生きている者は七人おり、その全員が投降した。


「さて、随分と手間を掛けさせてくれたけど、敵前逃亡は重罪……とかは皇国では無いのかな?」


 私が連中を拘束しながら投げかけた問いに、恐らくこの中で一番階級の高いのか、軍服に勲章を沢山つけた男が口を開いた。


「参謀本部の話では、紅の黎明の連中はアルカセトに入るのは間に合わないと聞いていた。……しかし、何故お前達が居るのだあああっ!?」


 ――答える気がないというより、ちょっと錯乱しているようだ。


「偶々、私達がライエに居たんだよね……っていうか、そちらの隠密部隊みたいな連中を倒したの、私達なんだけど報告とかいっていの?」


「隠密部隊だと……? あぁ、蜘蛛の連中の事か。港と駅を破壊した報告しか受けていない! 全く忌々しい……あの者達は軍属ではない。ゼルヴァ家の配下だ」


 蜘蛛? ゼルヴァ家? またよく分からん名前が出てきたな。


 ――――私が彼等を拘束し終えると、アリアがバイクに乗って追いついてきた。さっきの陣地から拝借したのだろうが、ああいうものまで乗れるとは流石アリアだね。

 ちなみに私は全く乗れないが、走った方が速いから気にしていない。


「リノン、彼等は?」


「うーん、一応逃亡兵になるのかな? 気配を探ったら車で逃走したのが分かったから、追い掛けて捕まえたんだけど」


「そうですか……。それで指揮官は?」


 アリアは彼らの方を見ながら問いかける。


「私だ。テトラーク皇国軍准将、ハインツ・ビルピリスである」


 お、さっきの勲章の男だ。


「私は傭兵団、紅の黎明で戦術顧問を拝命している者でアリア・アウローラと申します。

 単刀直入に説明しますが、この後我が方の第一部隊が到着し次第、貴方方の身柄を拘束しますので宜しくお願い致します」


 准将と名乗った男に、淡々と告げるとアリアは私の方に向き直った。


「聞いての通りですが、コレにミエルから連絡が入りました。どうやら船が入港できないと聞いた彼等は、沖から救命ボートを出し、無理矢理ボートを漕いでライエに上陸し、少人数ではありますが、アルカセト入りしたとのことです」


 アリアはジェイから貰った通信機を取り出し、状況を説明してくれた。


「ボートを漕いで……やるねぇ」


「ガレオンとヴェンダーの二人も、ミエルと行動を共にしているようです。じきにこの場に現れるでしょう」


 戦後処理なんかは、ミエルさんに任せて良さそうだね。今後の展開としても本隊にお任せしよう。


「じゃ、ちょっとまと……」


「リノン? どうしました?」


 待とうか。と言いかけたところで、すごく薄い……というか、薄められた殺意を感じた。


「なにか、居る」


 私が警戒をあらわにした途端、捕らえていた捕虜達の首がいきなりぼとりと落ちた。


「アリア! 警戒を! なにかわからないけど、見えない武器を使ってる!」


「了解」 


 ん? 見えない武器……? まさか。


「まさか、鋼糸使いか?」


 見えない武器から連想されるのは、やはり『不可視化』の異能を持った、あの鋼糸使いだ。

 だが以前の戦闘で、腕を両方とも失ったはずだ。

 爆弾を使った時も、斬り飛ばした腕は爆発に巻き込まれた筈だし、仮に腕を持ち帰り、接続手術をしたとしても、この短期間に実戦復帰できるレベルに動く筈はない……。とすると、一体なんだ?


 とにかく私はここ最近、慢心から出る油断によって、無様を晒し過ぎだ。

 ここはアリアも居るし、出し惜しみせずに行こうか。


「行雲流水・命気収斂」


 頭部に強く、上半身に極薄く白銀の命気を纏う。


「リノン、それは」


「新技! 来るよ!」


 私はアリアの前方に立つと、飛来する殺意の線を見切り、敵の攻撃を弾き返す。


「この手応え、やはり鋼糸か」


「では、あの者が近くにいると?」


 私は警戒を怠らずアリアに首肯する。


「アリア、少し私を守ってくれるかな? 感覚の眼を広げて居場所を探りたい」


 あの技術は便利ではあるのだが、視覚を閉じたりと隙が大きい。とても戦闘中に使う事は今の私にはできない。


「わかりました」


 アリアは私と自分を取り囲む様に、氷の壁を張る。

 張った側から氷壁に何かが当たるような音がするが、アリアの氷なら大丈夫だろう。


 感覚の眼を広げていくと、やがて巨大な殺意に触れる。……それは上空にいた。

 木々の間に鋼糸を張り、その上に不可視化されたリヴァル本人が乗っていたのだ。


「アリア、私の合図で氷壁を解いて」


「敵が居たのですか? ……了解しました」


 アリアの問いに私は不敵に笑い応える。

 八相に構え、蛍火嵐雪に白銀の命気を纏わせる。


「行雲流水・命斬一刀。アリア!」


 氷の壁が一瞬にして砕け、塵に変わると同時に、捉えた殺意に向けて太刀を振るう。


 ――我流、風花かざはな


 空を衝く様に高速で飛んだ白銀の斬撃は、見えない敵を確かに切り裂き、風に散る花の如く霧消する。


「クッ……」


 漏れ出た呻きをあげ、それは地に落ち姿を現した。


「君……」


 風花による攻撃は、かろうじて身を躱したか肩口を浅く裂く程度だった様だ。

 しかし、以前私に斬られた両腕は斬られたままだが、切断面から先は鋼の糸が大量に蠢いている。

 どういう原理で操っているのかは分からないが、もはや、人の為せる技では無い。


「あの時に、言ったはずだ。いつか、必ず、お前を殺すと。あの時から、ずっと、考えていた……お前を、殺すには、俺は、何をしたら、いいのかと」


「その……答えがそれだと?」


 リヴァルは凄絶な笑みを浮かべると、腕だけではなく、背中からも肉を突き破り鋼糸を繰り出してくる。

 一体何本の鋼の糸を操っているのかは分からないが、千では効かないだろう。


「死ね! 銀嶺!」


 道路の舗装ごと面で空間を切り刻み、私とアリアを鋼糸が襲う。


「リノン、後ろへ」


 アリアの呼びかけに従い、背後に回ると、アリアは掌を目標に突き出す。


蒼き深淵ブラウ・アップグルント


 刹那、アリアの前面から、視界を埋め尽くす程の蒼い水流が発生する。

 大河の激流の如き水流は、もはや不可視化されていようが、大量の鋼糸だろうが関係無い。

 ただ全てを押し流すのみだった。


大氷結グロース・ゲフリーレン


 次いでアリアが唱えれば、大量の水が一気に巨大な氷塊と化す。


 ――やはりアリアは強い。異能とか、起源とか力の根源はそれぞれ様々だろうが、制圧力に関して言えば、今の私からは遠く離れた存在だ。

 力への近道など無いのは知っている。……ある日突然、神様が最強にしてくれたりするなんてことは物語の中でしかないのだ。

 だからこそ、私は力を渇望し、力に恋焦がれる。


 (必ず、この領域に手を届かせてみせる)


 アリアの戦いを見て、そう誓いアリアの横に並ぶと、アリアは秀麗な顔を歪めていた。


「どうやら、逃したようです。私の氷の中にはあの者は感じられません」


 そう言い、アリアは槍の石突で地面を打つと巨大な氷が塵となって砕けた。


「アリアのあの攻撃から、逃れたっていうこと? 仮に私並みのスピードがあっても、逃げられなかったと思うけど……」


「いや、逃げたというより、突然消えた様な感じがしました。一応、周辺の気配を探ってもらえますか?」


「わかった」


 アリアに促され、感覚の眼を広げる。


 (背後から、車両が一台……これは、おそらくミエルさん達だろう。あとは……私の探知できる範囲には人間は居ないな)


「リヴァルの姿は、周囲五キロン程には居ないみたいだね。後方から近づいて来る車両以外、何も居ないようだね」


「そうですか。……リノン、以前貴方と戦った時の鋼糸使いはあのような様子でしたか?」


 私が感じ取ったものを伝えると、アリアからは意外な問いを投げかけられた。


「え? いやそう言われれば、以前戦った時とは様子が違うような……」


 なんというか……狂気的というか、あそこまで殺意を剥き出しにするタイプでは無かったと思う。


「私がライエで戦った時は、無駄に非戦闘員を殺す様な人間ではありませんでした。あの時、駅には民間人も居ましたが、そちらに被害者は居なかったですし」


 そう言われるまで忘れていたが、捕虜を最初に殺されてしまったのだった。


「私の時は、立ち位置の関係でスカートの中を覗かれた時も、なんだか照れて「降りてこい」とか言うくらいには、人間味があったね」


 それに比べ、さっきのリヴァルは私を殺す事のみに執着している様な感じだった。以前の戦いで腕を斬った恨みからだとは思うけど……。


「ふむ……それに、体内から鋼糸を繰り出していた事を考えると、もしかするとですが、戯神が絡んでいる可能性もあります。

 通常、あのように鋼糸を操作する事は不可能でしょう」


 確かに、まるで生き物の様に鋼糸を操っていたのは、普通では無いと思う。

 しかし、また戯神……か。そこまで話に出てくるなら、一度会ってみたいものだ。


戯神ソイツが、リヴァルの身体に何かしらして、さっきのアリアの攻撃から逃したってこと?」


「そうですね……。戯神であれば、その程度の事は可能だと思います」

 

「……なんとなく、また襲ってきそうな気がするんだよね。随分私を殺したがっていたし」


 嫌な言い方をすれば、私の生命への執着と言えるだろうけど、仮に、もしもそれが達成された時、リヴァルあのひとはどうなるのだろうか?

 この疑問は答えが出るものではないが……。


「また会ったら、今度こそ私が葬ってあげるよ」


 私の手で、彼の執念の糸を断ち斬ってみせよう。

 








 



 





 



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