第十九話 アルカセト独立戦争 3 Side Rinon


 押し寄せる波のような軍勢へ向けて、一直線に駆けて征く。

 太刀を抜き放ち、全身に軽く命気を纏うと、速度を緩めずにサイドステップし、駆ける軌道を直角に曲げる。

 眼前に迫っていた敵兵達の視界から消える様に一歩ずつ速度を上げていくと、私の動きに翻弄され、敵兵達は銃撃の開始を戸惑いながら隊列を乱した。


「ハハッ、楽しくなってきたねっ!」


 私は高揚し思わず笑みが溢れだした。

 これまで鍛え、蓄えた力を全力で振るう。これには、少し不謹慎かもしれないが高揚せずにはいられない。

 無論、命のやりとりという事は忘れてはいないが、それはお互いに覚悟を持って、殺死合ころしあいに臨んでいるという前提の話だ。


「さて……走りながらで悪いけど、名乗らせて貰うよ。フリーの傭兵、リノン・フォルネージュ」


 隊列を乱した敵部隊を大きく迂回し、横っぱらに飛び込むと、脚を止めないまま太刀を振るう。


「往くよっ!!」


 手近な歩兵へ向けて逆胴に太刀を一閃すると、太刀を振り抜いた慣性を使い、軸足の膝を抜く。抜力による力を使い真横に移動し回るように脚を捌き、独楽のように回転しながら密集していた敵兵達へ全周囲に斬撃を放つ。


 やがて、血風舞う方向に私が居ると捉えたのか、味方諸共といった形であちらこちらから、銃剣の尖端が突き出されてきた。

 それを後ろに大きく跳び回避すると、宙に舞った私を、遂に捉えたと言わんばかりに銃弾が雨霰と飛んで来る。


 ──さて、ぶっつけ本番だけど、『新技』試させてもらうよ。


行雲流水・命気収斂こううんりゅうすい・めいきしゅうれん!!」


 私は頭と脚にのみ、強力に練成した命気を纏った。

 これは、リヴァルとの戦いで使った行雲流水の改良型で、以前は閉じていた蛇口を蹴り飛ばして破壊し、水を噴き出させる様なイメージだったが、命気収斂は部分的に蛇口の先を押さえる様なイメージで、展開した部位に強力な命気を纏わせる技術だ。

 以前の様に枯渇するまで命気を垂れ流す訳でもないので、命気が使えなくなるデメリットもない。

 デメリットは強いて言えば、普段は無色の命気が練成される事で銀色のオーラの様に視覚化されてしまう事位か。


 脳の処理速度と五感全てが研ぎ澄まされ、世界がまるでスローモーションの様にゆっくりになる。銃弾の速度もまるで人が歩く程度に感じる。

 その世界の中で、私だけが普段通り……いや、脚に纏った命気によって普段より高速で動き回れる。


 私は銃弾の雨の中をすり抜ける様に避け、剣林弾雨の中へと踏み込んだ。


 ――歩法、瞬。


 一瞬にして敵の眼前に間合いを詰めると、歩法の勢いそのままに掌打を放つ。

 まるで車にはねられたように、くの字になって飛ぶ兵士は肉の砲弾と化した。

 そのまま何人か巻き込んで吹き飛ばすと、正面からサーベルを突き込んで来る兵士の鋒を屈んで躱し、両腕を切り飛ばすと、そのまま前蹴りを放ち吹き飛ばす。


「一人一人、相手をしたいところだけど、流石に効率は悪いか」


 私は自らに殺到してくる兵士達の銃撃を太刀で弾き飛ばし、間合いを詰めると両手で太刀を持ち、身体の関節をしならせ一斉に振りぬく。


 ――攻の太刀一の型、時雨。


 鋒の速度が軽く音速を超えた一閃は、纏めて六人程を胴から真っ二つにすると、一拍遅れて衝撃波が発生した。

 その衝撃波に重ねて真横一閃、違わぬ刃筋で太刀を返す。


 ――水覇一刀流、攻の太刀一の型二式、時雨・扇覇。しぐれ・せんぱ


 衝撃波に更に衝撃波を重ね、扇状に拡散する巨大な衝撃波を発生させる。

 範囲、威力共に倍化された衝撃波によって、前方三十メテル程までの人間が、玩具の様に吹き飛んでいき、手足が玩具のように引き千切れ、臓腑を撒き散らす。

 一瞬で発生した凄惨な光景に、衝撃波に巻き込まれなかった者達の顔が恐怖と悲痛に歪んだ。


 私は脚の命気を、蛍火嵐雪に移し纏わせると、太刀を身体に巻きつける様に構え、横に一閃する。


 ――我流、命気刃。めいきじん


 斬撃の刹那、練成した命気を弾けさせる様なイメージで前方に解き放てば、あたかも剣の間合いが伸びたかのように敵兵は千切れ飛ぶ。


 ――そのまま、思考加速された世界の中で敵の攻撃を躱しながら、命気刃にて敵を薙ぎ払い続けていると、流石に突っ込み過ぎたのか、前後から挟撃される様な形になってしまった。


「あっちゃあ、我ながらアホの極みだね……」


 調子に乗りすぎてしまったようだ。

 もう、五百は敵を斬ったと思うが、未だ私の前後には敵さん達が視界を埋め尽くすように私を取り囲もうとしている。


「しかし、窮地こそ好機……って誰かが言ってた様な気もするよね!」


 誰が言ったかは覚えていないが……まぁ、誰も言っていないかもしれない。 


 太刀を霞に構え、収斂した命気の流れを変える。


行雲流水・命斬一刀こううんりゅうすい・めいざんいっとう!」


 練成した命気を、蛍火嵐雪のみに強く送り込むと、命気の強度が高い為か太刀そのものまで白銀に輝く。


 私が動きを止めたと思ったか、全周囲から銃剣の尖端が突き出されてきた。

 あわや、串刺しというところで、私は態勢を低くし刺突を回避しながら、上半身を限界まで捻る。


 我流――白激浪。はくげきろう


 白銀の命気を白浪の様に放出し、回転しながら刃を閃かせると、片膝をつき太刀を振り抜いた姿勢で残心する。


 私に殺到していた数百の兵は全員腰の部分で両断され、臓腑をぶちまけ崩れ落ちる。


 低い態勢をとっていた私にも、真上から鮮血が飛び散ってくるが、全身に命気をぼんやりと纏い、返り血を弾いた。


「うん……消耗も想定内だし、中々かな」


 行雲流水も、出力と纏う範囲を限定しすれば、継戦でも充分使えそうである。

 私は行雲流水を解くと、前方を向き直ろうとして、少し離れたアリアの方を、見る……というか、見上げる。


「うひゃー、何だあれ」


 流石に私も、アリアの力の展開規模に驚愕する。


 高く跳んだアリアは、槍に何百メテルもあるような氷の大剣を錬成してるのが目に入った。


「あんなの、食らう側の気持ちになんて絶対になりたくないなぁ……」


 良くて即死。悪くて即死だろう。


 等と考えていると、前方から起源兵オリジンドールが矢印の様な陣形で接近してくるのが見える。


「ふぅ。最後じゃなくて、最初にこういう兵器を展開すれば歩兵達への盾にもなるだろうし、良いと思うんだけど……采配ミスじゃないかな?」


 意味も無く、強いカードを後半になるにつれ徐々に出すなど、意味などない。

 温存、といえばそれも良いのだろうが、今回に限っては物量も足りなかっただろう。


「ま、普通の起源兵なんか、最初に出てきても関係ないけれど」


 私は納刀し、起源兵の先頭を走っている機体に向け一瞬で間合いを詰める。


 ――歩法、瞬。


 強力な踏み込みで、即座に間合いに入り起源兵の胸元まで跳ぶと、私は全身に薄く命気を纏うと、左手の親指による指弾で鍔元を弾き抜刀速度を加速させる。


 ――攻の太刀二の型、驟雨。しゅうう


 撃ち放たれた神速の一閃は、一切の抵抗無く振り抜かれ、胸から真っ二つになった起源兵は、動きを止め崩れ落ちた。


「お、やっぱり例の硬い装甲じゃないな」


 であれば、こいつらはただのでかい木偶だ。


 面倒なのは、機体が家屋程の高さを持つ為、跳び上がって縦に切り裂きたい衝動に駆られるが、空中で左右から銃撃されれば面倒だし、攻撃を止めなければならなくなる。


 であれば、下から脳天まで斬り上げればいい。


 ――我流、命気刃。めいきじん


 太刀に銀色に輝く命気を纏う。


 両側から、機銃が交差するように弾丸を放ってくる。それを右手の機体の足元に入る事で回避しながら、股ぐら目掛けて太刀を振るい、命気を弾けさせる。


 縦に真っ二つになった機体を確認もせずに、振り上げた太刀筋のまま、身体を回し脇構えになると、その後ろにいた機体も、同じ様に機体を切り裂く。


 片方側を片付けたと振り返れば、逆側に居た起源兵が、縦に割れた機体を私に叩き付ける様に体当たりをしてきた。


 (うお、これはちょい、予想外の攻撃……)


 壊れた機体が凶器にも盾にもなった、攻防一体の、土壇場にしては良い戦術だ。


「クソッ!」


 思わず下品な言葉が口から漏れ出し、その攻撃を回避するべく、両脚に命気を纏い高く跳び上がる。

 咄嗟に上に跳んだ私を、待ってましたと言わんばかりに、背後に居た起源兵が私に向け機銃を掃射してくる。


 コレは――少しぬかった。ナメすぎたか。

 私は己の慢心を反省すると集中し直し、本気で敵を斬る覚悟を決める。


「行雲流水・命気収斂」


 私は頭と脚に銀色の命気を纏うと、視界がスローになる。

 飛来する弾丸を斬りつけ反動を得ると、前に宙返りし、次いで飛んで来る弾丸を足場にし、蹴りつけるようにして銃撃してくる起源兵に向けて跳ぶと、胸部に向けて太刀を思いきり突き込む。


 ——攻の太刀四の型、雪月。ゆきつき


 鍔元まで突き刺さった太刀を引き抜くと、私が消えた様に感じたのか動きを止めた残りの一機に向け跳躍すると、命気を太刀に纏わせ脳天から真下へ真っ二つにかち割る。


 これで、こちら側に展開していた連中は片付いたようだ。

 私は太刀を払い納刀すると、山道に軍幕が張られた拠点を視界に収める。


「文官等であれば、捕虜にして戦後処理に使うようにして、と。でも取り敢えず、大将首は獲っておこうか。

 それに……ここにいると、アレに巻き込まれるかもしれないし……」


 少し離れたアリアを見れば、空中で四本の巨大な氷の剣を創り出していた。

 おそらくアレを撃ち込み、残存戦力を纏めて殲滅するつもりだろうが、地形が変わる様な一撃なのは見るも明らかだ。


「さっきは油断して痛い目を見るところだったし、本気で行こう」


 私は銀色の命気を脚に纏い、敵の本陣のある山道に向けて全力で走り出した。








 


 

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