第十八話 アルカセト独立戦争 2 Side Vendor and Galeon


 アリア殿達が、前へ悠々と歩く様を後ろから眺めて居ると、後方から機械の起動音が聞こえ、なんぞ? とそちらへ目を向ける。


「なっ……!?」


「よう、ヴェンダー。遅くなっちまったな。でも、スゲェだろコイツは?」


 そこにいたのは、通常の起源兵オリジンドール――大きさにして五メテル程の機体なのだが、それに比べ一回り小さな機械の装甲を纏った『荒獅子』ガレオン・デイドの姿であった。


 一見、プロテクターや甲冑の様にも見えるが、それよりも重装甲だし、露出しているのも顔だけだ。

 その顔も頭部に上げられているバイザーの様な物を下げればほぼ隠れるだろう。


 まるで、小型のオリジンドールの様な姿だ。


「凄いというのはなんとなくわかりますが、それは一体、何なのですか?」


 何なのかは、わかるようでわからないが、言葉にならない。というのがしっくりくるだろうか。


「俺もよくは分からねぇんだが、ノウハ? ってのを読み込んで、勝手に動くらしいぜ。

 実際、自分の身体を動かしてる感覚で、この機械の身体もそのまま動くから、あんまし違和感もねェ」


 確かに、仕草等は普段のガレオン殿そのままの様に感じる。例え全身が隠れても、仕草や歩き方でその人と分かるような自然な動きだ。


「あの教授じーさん曰く、オリジンドールの機銃だったら、百発位なら耐えられるとか言ってたぜ。ホントかはわかんねぇけどな」


「まさか……。アルナイルの様な高密度フォーリア鋼製なんでしょうか? いや、あれは皇国のロプト博士しか製造方法を知らないはず」


 アルナイルに使われていた、あの金属は皇国で兵器研究をしているロプト博士という人物しか製法を知らない特殊な素材だ。

 素材は違うものだろうが、高密度フォーリア鋼に近い強度をこのサイズで実現するというのは、紅の黎明の教授プロフェッサーも、とんでもない御仁だ。


「まぁ、何か長々説明してたけどよ、俺に分かるわけねぇし、マトモに使えりゃ能書きは要らねぇ。

 まだ試作段階らしいがスゲェよ。コイツは。

 あぁ、でもコイツの名前だきゃ覚えてきたぜ。なんでも、『エインヘリヤル』とかいう名前だとよ」


「エインヘリヤルですか……自分にはわからぬ名ですが、かなりの防御性能はありそうですし、これが量産されれば戦争の形式に変化が及ぶでしょうね」


 皇国も、起源兵オリジンドールの量産が出来てから一気に軍事力が増した。

 未だ他国は起源兵の製造は不可能な様だし、飛空艇も製造コストの面と、飛行ユニットを製作していた会社が消えた為、世界でまだ、五機程しか存在していない。

 結局の所は、未だ歩兵戦術が基本となる為、一歩兵にこのエインヘリヤルが与えられる様な環境になれば、戦争の形式は激変するだろう。


 我々が話し込んで居ると、前方でアリア殿が槍を構えるのが見える。


 何をしているのだろうかと思えば、我々の背後の州都を取り囲む様に、硝子か氷の様な物が街全体を包み込んだ。


「なんと……あれは、アリア殿の異能ですか」


 傍らでそれを見ていたガレオン殿も、口を開けて驚愕している。


「あ、ありゃ異能なんてレベルじゃねえだろ! 展開規模からしても、あんなレベルのモン見たこともねぇぞ……何とかするたぁ言ってたが、まさかこれ程たぁな……!」


 確かに、自分の知る異能力者達の力の規模を大きく超えているし、あんな事が出来るのは、もはや、神かとすら思ってしまうが……。


「おっ、どうやらおっぱじまるみてぇだな」


 ガレオン殿の言葉に戦場の方へと目を移すと、勇猛な鬨の声が何百メテルも離れたこちらまで轟いてくる。

 軍もアリア殿の異能に畏怖し、いきなり突撃しているのかもしれない。だとすれば、既に最前線の指揮系統はごたついていることだろう。


 遠目に……といっても、自分は昔から眼だけは良く、はっきりと向こうの様子が見えるのだが、リノン殿は皇国軍が突撃してくるのを見るや、太刀を抜き一直線に軍勢に突っ込んで行ったが、対象的にアリア殿は、相手の突撃を待ち……? あれは水による膜だろうか? それによって敵の銃撃を防御している。

 開戦の動きから見ても、自分の知る戦争や戦闘行動とはかけ離れすぎていて、今までの経験が全く参考にならない。


 リノン殿の方は、太刀が銀色に輝くと、太刀の間合い以上の範囲で敵兵を切り裂いている。体捌きや移動速度も異常で、純白のコートと銀色の髪も相まって、まるで銀色の嵐の様だ。

 偶に繰り出す格闘術も、以前手合わせしたアリア殿の体術と差異のないレベルだが、身体能力から見ればリノン殿の方が脅威だろう。あの速度の踏込みからの掌打など、受けた者は車に轢かれるよりも悲惨な事になっているのだから。


 アリア殿に関しては、制圧力でリノン殿に優るだろう。

 アリア殿の異能は対応力、規模、威力、どれをとっても高く、明らかに異常だ。

 それこそ、もはや伝説と化しているリノン殿のご両親の一騎打ちである『灰氷大戦』に出てくる、スティルナ・ウェスティン殿の氷の異能の様である。

 実際、目の当たりにすれば神の権能か、はたまた天災の類かと思う様な攻撃である。


「……どっちもバケモンだなありゃ。もうオッサンにゃついて行けねーよ」


 ガレオン殿は望遠鏡を外すと、辟易といった感じで両手を広げるジェスチャーを取った。


「確かに、徒人ただびとの領域を大きく逸脱している様には見えますな。

 ――ッ!」


 アリア殿が水の壁で身を守っている内側に向けて迫撃砲が放たれた。


(自分の援護など、不要かもしれないが……)


 アルグレアを構え、照準器を覗くと砲弾に向けて飛翔する弾道線が見える。


 それに従い、素早く引鉄を引き、それを繰り返す事五回。


 一拍置いて、自分の放った弾丸は砲弾全てに命中し、空中で爆発が起こった。


「ヒュウ、テメェも中々ブッ飛んでやがるな」


「まぁ、アリア殿にはお節介だったかもしれませんが……!」


「おん? どうしたぁ?」


 アリア殿が、笑顔で拳を突き出してくれていたのが、自分には見えた。


「美しい……」


「あぁ? なんのこっちゃ」


 アリア殿の笑顔が見れただけでも、サポートしたかいがあったというものだ。


「……! ガレオン殿、リノン殿の側から大きく迂回するルートで、此方に起源兵オリジンドールが五機、向かってきます!」


「遂に来やがったか! ヴェンダー! サポート頼むぜぇ。アイツ等がオメェを狙わねぇ様、俺は先行する!」


 ガレオン殿は、奇妙な大剣を担ぐ様に構えると、オリジンドール部隊に向かい前進した。


「了解しました! 御武運を!」


 ガレオン殿に「おう」と短く返事を貰った後、アンチマテリアルライフルを構え、射撃態勢に入った。


△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△



「……ったく。なんだかんだ、ヴェンダーの野郎もバケモンに片足突っ込んでやがったじゃねえか」


 俺は、エインヘリヤルを稼働させ、ブツブツと小言をボヤいていた。

 ヴェンダーの野郎の事は、正直言えば心のどっかで見下していたとは思う。だが、あの射撃能力は相当ヤベえ。

 例えば、アイツの撃つ弾丸に何らかの異能を付与できたりしてみろ。モノによっちゃとんでもねぇ事になる。


「アレで接近戦はロクにできねえらしいし、異能も持ってねえから、まだいいものの……。もしどっちかを兼ね備えたら、高位傭兵どころじゃ済まねえかもしれねえな」


 ──だが、俺にも意地プライドは有る。アイツには、まだ負けたくねぇ。負けらんねぇよな。


 俺は『荒獅子』ガレオン・デイドだ。タイマンなら、大概のヤツには勝てる自信はある。だが世の中、上には上が居るってのもわかってる。

 そして、きっと俺はその領域にはたどり着けねぇってのも分かってる。


 ──でも、俺は……。


 いつの間にか、相手の起源兵が近くまで接敵していた。


「なんだ? その起源兵の出来損ないの様なものは?」


 ──俺を、嘲る声が聞こえる。


「お前一人で我々のオリジンドールと戦うつもりか? そんな妙な物を装備している位だ。前線にいる化け物二人とは比べるべくも無いだろう」



 ──俺が、見下されている。



「俺は……」


「あぁ? なんだ聞こえないな! もういい、死ね!」



 起源兵の一体が、俺に向けてハルバードを振るってくる。


 ――俺はそれを、手で受け止めた。


「何っ!?」


「俺は! 『荒獅子』ガレオン・デイドだ!」



 『脆弱』の異能を解放し、ハルバードの刃を握り潰す。


 支えを失い、オリジンドールがぐらりと態勢を崩した所に俺は跳び上がり、愛剣である奇剣グリオンを振り下ろす。

 脆弱の異能を乗せた一閃は、起源兵を豆腐みたいに頭から股ぐらまで、一気に両断する。


「『荒獅子』だと? 貴様、裏切ったのか!?」


「アァ? オレぁねぐらが皇国ってだけで、別にテメェらの仲間って訳じゃねえんだよ! ボケが!」


 腰を落とし、低い態勢になり愛剣を担ぐ様に構えると、手近に居た起源兵に向けて横殴りに剣を叩き付ける。


「ッッッシャアアアッ!」


 脚の付け根の部分から両断された起源兵が真っ二つになって転がった所で、俺はコクピットのある胸部を思いきり殴りつける。

 鐘を点いたような音立て、起源兵の胸部が盛大にひしゃげると、中の兵士が圧死し、完全に動きを止めた。


「何だコイツ……起源兵の装甲をものともしないなんて!」


「うっせぇ! ちったぁ、俺にも良いカッコさせろやオラァァッッッ!」


 俺は更にもう一体の機体を、下からの斬り上げで真っ二つに両断する。

 だが、剣を振り上げた体勢で、生まれた隙を狙って背後から剣を突きこんでくる機体が見えた。


「チッ!」


 俺は舌打ちしつつ、振り上げた態勢から反転しそのまま斬り下ろそうとするが、僅かに相手の剣が届くのが速そうだ。


「うおおおおおっ!」


 俺が裂帛の気合いを入れれば、鐘をついた様な音を立て、相手の剣が突然弾けとんだ。

 その好機を逃さず、一息に起源兵を切り裂く。


「ったく、ナイスアシストだぜ。ヴェンダー」


 あとで一杯奢ってやんねぇとな。


「後一体だな。オラァァッッッ!」


 俺は顔の横から剣を前に突き出す様に構えると、最後の起源兵へ目掛けて突撃する。

 相手は機銃をぶっ放してくるが、そんなモン無視だ。

 エインヘリヤルの装甲は見事に銃弾を跳ね返している。


「死ねコラアァッッ!」


 起源兵の股ぐら目掛けて、思いきり愛剣を突きこむと、熟れた桃にナイフを入れるかのような手応えで、抵抗も無く突き刺さる。

 そのまま剣を抉り、跳び上がる様に縦に一閃、斬り上げると起源兵は二つに引き裂かれ崩れ落ちる。


「見たかコラ。あの世で誇れや、テメェはあの荒獅子に殺されたんだってな」


 取り敢えず、こっちに来ていた連中は片付いた。後は追加で敵サンが来ねぇ限り、後方の警戒って所か。


 俺はヴェンダーの所に戻ろうと、アイツの方を見れば、街に向けてライフルを構えているアイツの姿が目に入った。


「チッ! やっぱり懸念通りってやつかよ!」


 俺は全力で、ヴェンダーの元へ走り出した。



△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△



 ガレオン殿が流石の戦いぶりで、機甲師団のオリジンドール部隊を倒したのも束の間、後方のアルカセト駐留軍が、州都に展開しているアリア殿の結界に向けて、攻撃を仕掛け始めた。


「やはり、獅子身中の虫と言うやつでしたか……。リノン殿の読みは正解でしたな」


 銃撃や砲撃を行い、結界を破壊しようとしているが、アリア殿の結界にはヒビ一つ入る様子は無い。

 更に部隊のおよそ半数がこちらに向けて、発砲し始めてきた。


 飛んで来る弾丸にこちらに当たりそうなものは無いが、今より接近されれば集弾率も上がってくるだろう。


 私は牽制射撃を行いながら、ガレオン殿の方へ後退し合流する。


「銀嶺の懸念が当たったか? ……つっても、この銃撃が答えか」


「自分もそう思います。アリア殿の結界が破壊される様には見えませんが、何が起こるか分かりませんし、駐留軍も敵とみなし対応した方が良さそうですね」


「だな。お前はもう少し後退しろ。また俺が突っ込んで注意を引く」


「了解しました」


 こくりと頷くと、ガレオン殿は敵陣目掛けて突撃していく。


「勇猛な方だ」


 あの様な勇気を持てたら、自分も変われるのだろうか?

 答えの無い自問を振り払い、少し後退しアルグレアを構える


 既にガレオン殿は、前進して来た兵達と交戦している。……交戦というか蹂躙の様だが。


 自分は照準器を覗き狙いを定めると、引鉄を引いていく。


「一人、二人、……三人、四人、五人……六人、七人、八人……。

 ……ふぅ。何気にガレオン殿とのコンビは相性がいいかもしれないな」


 三十二人目の頭部を撃ち抜いたところで、駐留軍は全滅したようだ。


 前線を見れば、展開した部隊は既に壊滅状態にある。

 ……なにやら、巨大で透き通った剣の様な物がいくつか大地に突き刺さっているが……あれはアリア殿の技だろうか?


「なんだありゃ、天変地異か? ともあれ、こっちはあらかた片付いたかね」


「……そうですね。ガレオン殿もお疲れ様でした。まだ気は抜けませんが」


「応。ま、取り敢えず一服としようや」


 私達はコツンと拳をぶつけると、ガレオン殿がタバコを渡してきた。

 タバコは普段吸わないが、こんな時位はいいだろう。


「お、オメェ案外、タバコも様になるじゃねえか。ハハハ」


 苦笑いしつつも煙で肺を満たし、紫煙を吐き出す。


「……こんなに美味いタバコは始めてですよ」


「ハハ、だなァ」


 我々は前線を眺めながら、二人の健闘を祈った。

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