第十七話 アルカセト独立戦争 1 Side Aria


 天へと轟かすかのような鬨の声を上げ、対峙した軍勢が此方に向かってくる。

 兵士に車両、オリジンドールと多種多様だが、その中でも戦闘車両の足が速く、荷台に取り付けられた機関銃が轟音を上げ、私に向けて無数の弾丸が横殴りの雨の様に放たれた。


「私が人と言えるかは分かりませんが、それは人一人対して向ける火力なんでしょうかね」


 あんなものを全弾食らえば、肉片にしかなるまい。……まぁ、彼等に討たれるつもりも毛頭無いのだが。


 私は自らの前面に半球状の水膜を錬成し、高速で流動させる。

 その水膜に次々に突き刺さった弾丸は、流動する水に勢いを殺され、力無く地に落ちていく。

 それを目の当たりにした戦闘車両部隊は、私の周囲を取り囲む様に包囲し始め、車両の中から歩兵達がライフルを携え、車両から下りてくると、私の周囲を取り囲み銃を構えた。


「『流麗』アリア・アウローラだな! 投降しろ! 貴様は包囲されている! 武装を放棄し両手を地面に付け!」


 ――さっきは、思いきり殺意高めの機銃掃射だったと思ったが、今度は優しくも投降勧告をしてくれるのか。

 殺したいのか生かすつもりがあるのか、全く意味が分からない。

 戦争という独特の空気が平常な感覚を鈍らせているのか、それとも彼等が場当たり的で愚鈍なのかは、私が知る術もないが。


「……ふふ」


「何が可笑しい!」


 私はなんとなく可笑しくなり、笑みを洩らしてしまったが、軍人さんはそれが気に食わなかったようだ。

 私の笑顔は、割と評判は良いと思っていたのだが。


「失礼しました。貴方方が恐ろしいのか、優しいのか、よくわからなくなってしまったので。あぁそれと……」


 私は槍を一見、投棄する様に目の前に突き刺すと、目を細め敵を睨みつける。


「投降など、私を相手に本気で求めているのか?」


 足元から円周状に起源力を拡げて行く。


氷柱の処刑人アイスツァプフェン・シャルフリヒター


 私を包囲していた戦闘車両や、軍人達の足元から、巨大な氷柱の槍が無数に飛び出し、連中を足元から脳天に向けて串刺しにする。

 脳漿や肉片が飛び散り、突き刺さった者達は尽くその身を冷気に軋らせ、氷柱と共に粉々に砕け散った。


 鮮血のダイヤモンドダストが辺りに立ち込め、続いて殺到して来ていた歩兵達は、恐れをなしたのか次々と私に迫る足を止めていた。


「仲間が死んだ程度で足を止める等、貴様等は本当に兵士なのか? 戦場に立つのなら、せめて自生を刈り取られる覚悟を持ってここに立つべきだな」


 血霞を槍で振り払い槍を構えると、集団に向けて突貫する。

 先頭の男はおそらく私の動きを認識できていなかっただろう。私の踏込みに気づいた頃には私の槍はその男を貫通し、その背後に居た者の腹部にも風穴を開けていた。


 槍を突き出した体勢のまま、槍の尖端から激流を生み出すイメージを励起し、起源力を槍に送り込む。


激流槍マール・シュトローム


 穂先より前方に三角錐状に拡がる激流を生み出し、抗うものを激流で押し流す。


 それだけで私の前方、五十メテル程の敵はずぶ濡れになりがら吹き飛び、地に伏した。


氷華アイス・ブルーム


 石突で地面を軽く穿ってやれば、そこから冷気が一斉に拡がり、音を立て氷の華が咲いていく。

 地に伏した者達を、次々と氷の華が包み込み、やがてそこは氷の花畑の様な幻想的な風景を生み出した。


「……手向けの花にしては、些か冷たいかもしれませんが」


 全力を行使できないこの眷属体の身体でも、この程度の殲滅戦であれば問題は無い。

 所詮は、異能持ちも居ない雑兵の群れだ。


 氷原を避けて左右から進軍した兵士達が、私めがけて銃撃を行ってくる。

 私は槍で地面を削りながら素早く一回転すると、その円を中心に外側に広がっていく水の壁が生まれ、銃弾は水壁に突き刺さり力を失う。


「前進やめーっ! ロケットランチャーを使え! むやみに接近するな!」


 指示が丸聞こえなのはいただけないが……確かに、ただ私に接近するのも悪手だろう。


 私は威嚇する様に槍を回転させ、腰溜めに槍を構えると、私に向けて飛来する五つの砲弾を目掛けて、細い高圧水流を撃ちだそうとして……それを止める。


「やりますね」


 後方からの狙撃によって、五つの砲弾は全て私に影響を与えない位置で轟音を上げ爆発する。

 これは、ヴェンダーの狙撃によるアシストだろう。


 アシストが無くてもどうということはない砲撃ではあったが、高速で飛来する砲弾を、五つほぼ同時に撃ち抜くその技量は素直に驚嘆に値する。


 私は一瞬振り返り、彼らのいる方向に向け拳を突き出す。


「あまり彼等に気を使わせても悪いですし、少し積極的に行くとしましょうか」


 前傾姿勢を取り、槍を持った両手を前面に突き出し突撃態勢を取る。


鉄砲水シュトゥルツ・フルート


 私を包む様に水流が発生し、私と槍それ自身が水の砲弾となって敵陣に突撃する。

 敵兵は次々と轢き殺され、或いは貫かれていくが、敵も此方に銃撃を試みてくる。

 しかし、高速で流動する水を纏いながら戦場を疾駆する私を捉える弾丸は殆ど無い。

 銃弾が当たったところで、流動する水が私を守るバリアにもなっている為、私の動きを止めるには到らないが。


 ふと、リノンの方を見れば、私よりも前へ敵を押し込んでいる。

 その動きはあまりにも疾く、まるで銀色の疾風の様だ。


「流石、ですね」


 ふと脳裏をよぎった郷愁を、胸の奥にしまい込みながら歩兵部隊を蹂躙していると、眼前にオリジンドールの部隊が現れた。その数、十機。

 リノンの方に五機いる事を確認し、残りは――と見回せば、私とリノンを大きく迂回していたのか直接州都を狙う様な位置に五機程が目に入る。つまり、オリジンドールはその数、合計二十機。

 取り敢えず、迂回した方は荒獅子達に任せるとして。


 私は鉄砲水シュトゥルツ・フルートを解き、槍を強力な高圧水流で纏うと、自らの身体から後方に向けて水を高圧で噴出させる。

 ジェット噴射のように高速で突撃した私は、先頭に居たオリジンドール目掛けて跳び上がり、機体の胸の部分……コクピットのある部分に向けて、槍を思い切り突き入れる。


「ふむ、どうやら手応えからすると、リノンの言っていた特殊な装甲ではない様ですね」


 持ち手近くまで、深々と突き刺さった槍を引き戻せば、盛大に開いた穴から、顔面を槍に打ち貫かれ、敵兵が果てるのが窺えた。

 胸部を貫かれたオリジンドールは、がくりと力なく崩れ落ちた。


「クソッ……この化け物め!」


 崩れた機体の後方から罵声と共に、機銃を掃射してくる機体が二機、私はブーツの裏から水を噴出させ、滑るように銃撃を回避しながら距離を離していく。

 少し距離を取ったところで、槍を上を突く様に持ち上げた。


銀氷大剣ツヴァイ・ヘンダー


 槍から天を衝く程に巨大な氷を錬成すると、それは長大な大剣を象る。長さにして凡そ二百メテル程になるだろうか。


 私は、ブーツの裏からジェット水流を噴射し、空中に高く飛び上がると、その氷の大剣をオリジンドール目掛けて全力で振り下ろす。


「ハアアアッ!」


 直撃を受けたオリジンドールは、プレス機をかけられたように圧壊し、高速で大質量物を打ち付けられた大地には、巨大な斬痕を刻みつけられた。

 さらに、轟音と共に盛大に周囲に土砂や瓦礫を撒き散らし、人や車両、オリジンドール等を吹き飛ばすと、氷の大剣はダイヤモンドダストに変わる様に消え、その役目を終える。

 銀氷の大剣ツヴァイ・ヘンダーによる一撃によって、オリジンドールは五機が大破し、その背後に展開していた歩兵部隊と、補給部隊と思わしき一団は半壊状態になったようだ。


「こちらは残り、四機ですか」


 空中から状況の把握を終えた所で、残りのオリジンドールから上方の私に向けて銃撃が行われる。

 私は、空中に氷塊を錬成しその上に立つと足場に、次々に銃弾が突き刺さる。真上に向けて撃った為、かなり威力が減衰しているのもあるだろうが、豆鉄砲如きでは私の氷を砕くことは出来ない。


「さて、これで終いにするとしましょうか。現状いまの私にとっては、これが最大規模の技です」


 槍を胸の前に構え、繰り出す技のイメージを励起する。

 ――起源者オリジンというのは、不思議なもので、起源術を行使するトリガーとして技の名前を発声した方が、行使出来る起源力が強力に錬成されるという妙な性質があった。

 私も当初は技の起点を知られるし、少し恥じらいもあったものだが、今では発声が無いと多少物足りなくすらある。


神氷幻想四大剣ニーベルンゲン・シュヴェールト


 先程放った銀氷大剣ツヴァイ・ヘンダー以上の巨大な氷の大剣を、四本同時に空中に錬成する。

 陽光を受け、燦然と輝く氷の大剣は不純物を一切含まず、宝石の様な輝きを放っている。


「征け」


 私の号令で、氷の大剣を地上のオリジンドール目掛けて、四本同時に高速で撃ち出す。

 そして、四本全てがオリジンドールを直撃すると、先程の比ではない火山の爆発の様な轟音と、地震とも言える衝撃がオリジンドール四機諸共、周辺一帯を容赦なく蹂躙する。

 私がそこで指を鳴らせば、一瞬にして土埃や衝撃で発生した風諸共、一帯を凍り付かせる。

 時が止まったかのように、戦場に静けさが訪れ、騒々しい戦闘音等が、一切が聞こえない死の静寂が訪れた。


 私は足場を解除し、久方振りに大地を踏みしめ辺りを見回せば、もう周辺に生きている者は居ない様だ。


 神氷幻想四大剣の直撃を受けた残りのオリジンドール四機は、もはや頭から脚まで凡そ原型を留めず爆散し、鉄屑となって散らばっていた。


「取り敢えず、私の割り当てに関してはこんなものでしょうか? リノンは……おっと、すでに終わっていたようですね」


 リノンは、展開した軍隊をすでに片付け終わり、山岳地帯の皇国軍駐留地の本部を殲滅するべく、山道に向けて駆けていく所だった。


 私がその背を遠くから見つめていると、視線を感じたのか足を止め振り返り、まるで太陽の様に笑うと、また山道を駆けて行った。


「殲滅力では勝っても、やはり速度では敵いませんね。本来の貴方なら……いや、これはもはや、仕方の無い事でしたね……」


 私は凍てついた、氷の大地を眺めながら呟き、リノンの背を追い駆け出した。



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