第十六話 アルカセト独立戦争開戦
アルカセト自治州の街区を抜け、検問所を通ると、広い道路が平原に広がり、その道路が北西の山岳地帯に続いている。
宣戦布告がされて以来、そちらの道路は封鎖されていた。
戦闘が行われるのは、この平原になるだろう。そして、この戦いに勝ったところで、その後増援部隊が来ないとも限らない。
終戦宣言が行われるまで、戦いは続くのだ。
しかし、紅の黎明の介入を妨害し、直接州都を害するつもりだったであろう此度の戦闘が、皇国にとっては最初にて最大の好機だったはずだ。
「……ま、敵さんにも思惑はアレコレあれども、私達が来たからには潰れてもらうけどね」
宿の窓から、山岳地帯の方を眺め独り言を呟く。
実際、戦争介入は母様や他部隊と共に幾度か経験は有る。とはいえ、十歳頃の話なので、ほぼ見物に近かったが。
今回のアルカセト戦争は四対二千。一見、多勢に無勢。数の暴力の前では成すすべもない……様に見えるが、実際はそんな事は無い。
敵が撃つ前に、斬る。ただそれだけの話だ。それだけの話なのだが、この血の滾り方は、強敵を前にした時ともまた違う特別なものだ。
「さて……
私は、滾る闘気を内に鎮めながら窓を閉めた。
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戦争当日の早朝。
私達……といっても、ガレオンは教授と共に何かをやっているらしく、ここに居るのは私と相棒、それにヴェンダー君の三人だが、各々の持ち場へと着くべく歩いている。
「ヴェンダー君の持ち場は、この辺かな。余裕があったら私達に当たらない程度に狙撃してもいいからね」
「分かりました。後方への備えも含め、警戒しておきます」
ヴェンダー君は多少の恐れや緊張もあるだろうが、気丈に頷いてみせた。
装備も変わったからか、ほんの少し頼もしく見える。
「荒獅子はまだ現れませんが、開戦には間に合わせるとの事です。それまでは貴方一人ですが、くれぐれも死なないよう、よろしくお願いします」
アリアもヴェンダー君の狙撃の腕前を確認したので、彼に対する扱いを改めたようだ。
「はい。必ず生きて、また会いましょう」
彼は力強く拳を前に出してきたので、私とアリアは拳を合わせ微笑むと、二人で前に歩き出す。
「なんやかんや、ずっと一緒に居ても肩を並べて戦うのは久しぶりかもねぇ」
「そうですね。最後に共に戦ったのは、春に西の傭兵団『砂塵の金狼』を潰した時でしたか」
砂塵の金狼……? あぁ、人身売買に手を染めていた屑共を殲滅した時か。
「あの時のアリアは、怖かったねぇ。一般の民には手を出す事はタブーの傭兵が汚い犯罪に手を染めていたヤツら相手とはいえ、『俗物共。塵一つ残さず現世から消えろ』とか言いながら本気で殺気出したら、気を失ったヤツもいたもんね」
私がその時の事を思い出し、笑い話にすればアリアも薄く笑う。
「そんな事もありましたね。まぁ、今回は義憤で動く訳でもなく仕事ですし、徹底的にやりましょうか」
ヴェンダー君の持ち場から五百メテル程進んだ所で、私達は肉眼でも人の形が分かる位置で展開し始めた皇国軍を目にする。
アリアは、漆黒のロングコートとプラチナブロンドの髪を風に靡かせると、新たな得物の、背丈より一回り大きく、妙なギミックは特に無さそうな
「新装備、装飾は綺麗だけど普通の槍っぽいね?」
「見た目はそうですね。ですが、コレに使われている特殊な物質『アナキティス』は、私の起源の力を増幅してくれるのです。四年前から教授に依頼していた品でしたが、やっと出来たのですよ」
アナキティス……ほーん。聞いたことがないけど、色んな素材があるんだねぇ。
「さて、敵さんも、もうすぐ準備が整うみたいだ。アリアも街の結界よろしくね」
私が促せば、アリアはこくりと頷き、背後の街を見据え、槍を胸の前で横にすると何かの力を収束していく。
「
アリアの唱えと共に、アルカセトの州都全域をドーム状に覆うように、氷の結晶の様な物で出来た結界が包んだ。
「アレは、内部外部共に破るとすれば、サフィリアの異能並の力を掛けるか、私が死なない限り破られることはない……即ち、彼等が破る事は不可能ということです」
おぉ……と感嘆の息を洩らしていた私だが、以前よりもアリアの行使する力の規模が大きい様に感じていた。
あの新しい槍のおかげだろうか。
結界の出現に、後ろで豆粒の様に見えるヴェンダー君と、なにやら豆粒大の……ガレオンだろうか? がなにやら騒いでいるようだ。
まぁ、アリアの力を疑っていた彼等も、これを見て納得したことだろう。
また、眼前の軍でも動揺は少なくないようだ。
「お、アリアにアテられたのかな? 仕掛けてくるみたいだね」
同じ軍服で統一された軍勢は、やはり二千近く居るであろう歩兵部隊に、幾つもの戦闘車両。そして――。
「ヴェンダーの古巣、アレが機甲師団ですか。中々に壮観ですね」
アルナイルの様に大型ではないが、それでも人と比べれば、巨人の如き大きさの
私も蛍火嵐雪を抜き放ち、命気を全身に纏う。
「よし、征こうかアリア」
「御武運を。貴方のこれまでの研鑽、傍らでよく見させてもらいましょう」
「私も、アリアの戦い。隣で楽しませてもらうよ」
私達は、眼前の大部隊に向け、左右に展開しながら駆け出した。
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