第十五話 戦争準備 弐


「では、装備のメンテナンスや更新を行いましょう。今回は貴方達も、紅の黎明が展開している商会を利用してもらいますので、同行してください」


 私達は宿を離れ、車で商会の施設に向かっていた。


 紅の黎明は、大陸の主要都市の全てにウェスティン商会と言う名で、商会を展開している。

 元々は父様の実家であるウェスティン家が展開していた商会なのだが、その経営資本に紅の黎明が噛んだ形だ。

 一般人でも利用出来る日用品を取り揃えたフロアもあるし、装備品や特殊兵装のメンテンスが可能な団員専用のフロアもある。


「ヴェンダー君は今回後方支援だし、今回は軍刀じゃなくてライフルとかの方が良いかもしれないね。銃火器は扱える?」


 私が問うと、ヴェンダー君は頷いた。


「実は、そちらの方が得物としては得意としております。

 軍に在籍していた頃は、アンチマテリアルライフルや狙撃銃を専門に使用していましたので」


「ほう……。軍刀術が本職では無かったのですか。あちらもそれなりには修めて居るようでしたが」


 アリアが多少驚きながら聞くと、照れながらヴェンダー君は頬を掻いた。


「機甲師団では、起源兵オリジンドールの操縦と対人対物狙撃が主な任務でしたので」


 それならば、商会で何か良い物を見繕ってやれそうだ。


「オジサンは、変な大剣が主武装なんだろうけど、他はいいの?」


「俺は飛び道具ってヤツは好かねぇからな。

 ま、今回は敵さんが多いからなァ、俺はオメェと違ってあんなすばしっこくは動けねェし、撃たれれば死ぬからな。案外役にはたたねぇかもしれねぇぞ? てか、変な剣って言うんじゃねぇよ」


 確かに、ガレオンは一対多、くらいならなんとかなるとは思うが、一対一軍ではなんともならないだろう。

 異能も言ってしまえばタイマン専用的な印象だし。


「まぁ、商会に行けば何かちょうどいいものがあるかもしれないよ」


「と、言ってる間に着きましたね。さ、行きましょうか」


 目の前のウェスティン商会の建物――まぁ、普通に見る分には少し小さめのデパートメントの様な感じだ。

 一階は一般客向けの食品エリアになっていて、他にも二階が様々なテナントが入るエリア、三階は子供向けのゲームコーナーとフードコートがあり、四階はまるまる書店となっている。


 私達はエレベーターに乗り、他の客が乗らない事を確認すると、アリアは閉めるボタンの横の四角い溝に団員が身につけるドッグタグを差し込む。

 すると、ボタンパネルが回転し地下四階までのボタンが現れた。


「なんと、その様な機構があったとは……」


「流石は紅の黎明ってか」


 まぁ、初めて見ればそうなるよねぇ。


「取り敢えず、装備を見に行きましょうか」


 アリアは地下二階のボタンを押して、地下に降りる。エレベーターのドアが開くと、様々な刀剣、銃火器や、衣服の類がずらりと目に入る。


「おや、リノン様に戦術顧問。お久しぶりでございます」


 着くなり私達の方へ声がかけられた。


教授プロフェッサー! 久しぶりだね!」


 禿頭で、長い口髭を生やし、白衣を着た見るからに怪しげな壮年のこの男……教授プロフェッサーは、紅の黎明において、技術顧問という立場にある人物だ。

 いつもは本部で、スティルナ父様と共に新兵装の開発なんかをしてるのだが、こんな所で会うのは珍しい。


「リノン様、二年ぶりですか。ご立派になられまして。

 おぉ、戦術顧問。お願いしていたランスライフルの使用感は如何ですかな? レポートは読んでいますが、実際貴方しか使っていないモノなのでね。

 団員達は大概ソードライフルや振動ブレードを使います故……。私も偶には、変わり種も診たくなるのですよ」


「ライフルには、何も問題はありませんが、槍として扱う場合は接続部から何から、かなり弱いですね。重心も特殊な位置にある為、使えない訳ではありませんが、槍としては落第ですね」


 アレだけ使いこなしておいて、割とボロクソである。

 まぁ、逆に言えばアリアの技量があってこその武器なのかもしれない。それを他の者に望むのは酷な事だし、それを鑑みれば価値は無い物なのかもしれない。


「そうですか……。まぁ、ソードライフルの換装武装としての一つと考えていたのですが、それであれば抹消してもいいかもしれませんね。

 あぁ、そうです。私が此方に来た理由でもありますが、貴方に頼まれていた例の槍ができましたので、後で持っていくと良いかと」


「出来ましたか。ありがとうございます」


「あの、其方の方は……? 良ければ紹介していただけませぬか」


 ヴェンダー君に言われ、アリアも「あぁ」と振り返った。


「こちらの方は、紅の黎明補給部隊技術顧問、グラーフ・エイフマン教授です」


「皆には教授と呼ばれていますので、そうお呼び下され。

 さて戦術顧問、先程の続きなのですが……」


 一応、自己紹介はしたものの、直ぐに製作物の話が始まり、アリアは眉尻を下げて私達に手を振った。


 自分達に構わず見ていてくれ。ということだろう。


「ま、ちょっと変わってるけど、腕は確かな人だよ。それじゃ、装備を見に行こうか」


「お、おぉ」


 二人を連れてフロアを歩き出す。珍しいものが多いのかガレオンまでキョロキョロとしている。


 私は、愛用のコートをリヴァルとの戦闘で切り裂かれていたので、それも含め、ブラウスとブーツを新しい物に変える。

 あいにく、コートに関しては全く同じデザインの物は無かったので、似たような物に袖を通し、動作に違和感が無い事を確認し、改めて羽織った。


「君達も、何か見繕うといいよ。ガレオンのは、そういうチンピラみたいな服は無いかもしれないけど」


「チンピラとは言ってくれるじゃねえか。俺ァこういうワイルドなのがいいんだ。それにコレだって防弾仕様ではあるんだぜ」


「ま、無理にとは言わないし、機能が優れてるなら今の物を使えばいいよ」


 ガレオンは衣類などは、自前の物が傷んでいないのでそのまま使うようだ。

 ヴェンダー君は、臙脂色のシャツに黒のパンツ、ガンベルトを一式に、襟元にボアの付いたカーキ色のモッズコートを選び、袖を通していた。


「へえ、結構似合っているよ」


「はは……ありがとうございます」


 今まで着ていた軍服も、モノは良いのだろうが紅の黎明で作っている装備に比べれば、耐久性などはどうしても落ちる。

 それにデザインも、カッチリしていた皇国軍服に比べ、今の方が街中においても浮かずに済むだろう。


 『傭兵団』とはいえ、基本的に紅の黎明は、団服の様なものは無く、機能に優れた物であるのは当然、デザインも豊富で自分の好きな物を着れる。というのは団員にも好評だ。


「さーて、装いもバッチリ決まった事だし、次は武装の方に行こうか」


「此度の作戦では、私の役目はリノン殿とアリア殿の討ちもらしを、撃つ事でしょうから……やはり銃火器を見せて頂けると」


「そうだね〜。お、コレなんかどうかな?」


 銃砲の類が並べられた場所に行き、私はヴェンダー君に一挺の狙撃銃を差し出した。

 因みに此処にあるものは、常に点検整備されている為、仮にいきなり戦場に持ち出してもきちんと機能する。


「コレは、リンドブルム社のネルドルフ55に少し似ていますが、ふむ……」


 肩に当て構える姿は、中々に様になっている。やはりこちらが本職なのだろう。


「コレは確か銘は……えーと、『アルグレア』って名前みたいだね。結構カッコいい名前じゃないか」


「弾薬は7.62x54ミリル弾ですか。ふむ、多少試射してみたいですな」


「おぉ、アッチに試射場があんぜ。ちょっと撃ってみろよ」


 ガレオンが指をさした先に試射場があり、我々はそちらへ向かう。

 試射場は、およそ五十メテル程離れた先に円を重ねた的が付いており、それを狙い撃つ形だった。


「では、取り敢えずセミで撃ってみましょうか」


 ヴェンダー君は、スコープのカバーを開け、スッと構えたと思ったら直ぐ様、引鉄を引いた。


「は……!?」


 構えてから撃つまでの速度も異常だったが、驚いた事に、的の中心のすぐそばに弾が命中していた。


 ヴェンダー君は「成程」と呟くと、連続して引鉄を引く。


 サプレッサーが付いている為、発射音は抑制されているが、反動はそれなりに有る。

 だがしかし、銃弾は全て的の中心を捉えていた。


「いやコレは……、ごめん。私はどうやら、ヴェンダー君をみくびっていたみたいだ」


 正直、引くレベルだ。外で撃てば風や湿度の影響で、実際はここまでは難しいだろう。

 だが、ここまでの技量ならば、そうそうは環境に影響されず狙える腕を持っているだろう。


「ヴェンダー、オメェ……コレ何メテルまで狙い撃てんだ?」


「銃にも依りますが……このアルグレアの性能なら、おそらくは一キロン程度までであれば、戦闘で狙えるかと思います」


 一キロン……? 本当だとすれば、やはり相当なものだ。紅の黎明でその射程の攻撃範囲で戦闘ができるのは、アリアとそれこそ、銃火器の扱いに長けた、第二部隊の隊長、副隊長位であろう。


「皇国の機甲師団て、皆そんなに狙撃出来るの?」


 私の問いに、ヴェンダー君は首を横に振る。


「いえ、これに関しては軍でも私が唯一抜きん出て居ました。なんといいますか……弾道が線のように見えるので、それに合わせて撃っているだけなのですが」


 少し照れくさそうにポリポリと頬を掻きながら説明してくれたが、弾道が線のように見える等聞いたことがない。

 それこそ、何らかの異能なのではないだろうか。


「よくわかんねえが、見直したぜヴェンダー。お前の剣の腕を見た時は少しガッカリしたが、コレはやべえぞ。大したもんだ」


 わははと嗤い、ガレオンはヴェンダー君の背中を勢い良く叩いていた。


 ――その後、更に大口径のアンチマテリアルライフル、銘は『カノープス』という銃と、他に取り回しの良い拳銃を二挺仕入れると、ヴェンダー君は中々に物々しい姿となった。


「ガレオンは、ホントに何も要らないの? 今回だけだよ? タダで紅の黎明ウチの物資が使えるのは」


「あ〜まぁ、攻撃面は俺様の愛剣がありゃ十分なんだが、少し防御面でいやぁ不安だな」


 確かに、私は銃弾等には当たらない自信があるし、アリアにも銃弾や生半可な物理攻撃はそもそも届かないだろう。ヴェンダー君に関しては、長射程攻撃が可能になった時点で防御に重点を置く必要も無くなった。

 ガレオンは近接戦闘を得意とするが、防御面で言えば、並だ。体力もあるし、打たれ強さもあるが、ハチの巣にされれば流石に死ぬだろう。


「うーん。何かあればいいんだけど」


「リノン様。それならば、私が一肌脱ぎましょう」


 ガレオンと二人で悩む私が、声の先を見ると、そこにいたのは、ニヤニヤと笑みを浮かべた教授プロフェッサーと、溜息を吐きながら、胸の下で腕を組んだアリアの姿であった。






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