第十四話 戦争準備 壱


「仕組まれてたって、どういう事?」


 ガレオンの言いたいことが分からない訳ではなかったが、私は先を促すように問い掛けた。


「そのままの意味よ。無能のクズ野郎に権力を持たせて出向させりゃ、現地は当然ごたつく。その抑圧にやがて耐えられなくなりゃ、何らかの行動が現地で生まれんだろ。例えば……クーデターとかな。

 キッカケはなんだっていいんだよ。『人事の変更はしねェ、そいつァ優秀なヤツなんだ』って言い張ってりゃ、皇国に落ち度はねェ。

 それで、アンタらが何か行動を起こせば、皇国が動く大義名分が生まれるっつー訳だ」


「……我々も、後になってそれに気づきました。己の浅慮さに怒りを覚えますが、どうしようもなかったのも事実でした」


 ガレオンが語れば、ラドラスは悔恨の念に皺のある顔を更に歪めた。被害者の身になれば、視野が狭くなるのも仕方の無い事だとは思うが。


「経緯は分かりました。それで、我々に依頼をしたという事は、アルカセトには徹底抗戦の意があるという事ですね?」


「はい……市民の平和とアルカセトの安寧の為、我々も戦う事を決めました」


 恐らくは様々な対応策を考えた事だろう。皇国軍の派兵規模は分からないが、一大国と事を構えるのだ。

 その対応策が、高位傭兵団である紅の黎明への戦争介入と言う事だが、戦争への介入となると通常の護衛任務や、敵対勢力の殲滅等の依頼と比べて、依頼料は莫大なものになる。

 一国への敵対行動ということなのだから、当然といえば当然だが、少なくとも百五十〜二百億ベリルにはなるだろう。如何に経済豊かな都市とはいえ、安くはない額だろうに。


 ――それだけ憎悪の炎は、強いという事か。


「しかし、聞いていたお話では、五十名からなる精鋭部隊を派兵してくださるとの事でしたが……四名だけとは、随分とお話と違いますな」


 ――やはり、そこは気になるところだろう。


「その件ですが、皇国のテロ行為によってライエの港と駅が破壊され、本部からの派兵ができない状態になってしまいました。

 しかし偶々、我々がライエに居合わせた為、我々が此方に代理として依頼を受けに来た次第です」


 アリアが説明をすれば、ラドラスの表情は曇ったものになった。


「現代において最強と名高い、紅の黎明の方々の実力を疑う訳ではありませんが、皇国は明後日、歩兵部隊一個大隊に加え、オリジンドールと呼ばれる機械人形を駆る機甲師団も出撃すると聞いております。その規模は合計二千人にもなるとの事ですが……。皇国の駐留軍がこちらに付いてくれたとはいえ、たったの四人では、多勢に無勢ではないでしょうか?」


 二千か……。確かに数字だけ見れば厳しいものがあるが、ヴェンダー君程の練度を一般レベルと考えた場合であれば、問題の無い数字だ。

 オリジンドールに関しては、『脆弱』の異能を持つガレオンは天敵の様な存在だろう。私も命気を纏えば問題無く斬れるし、アリアも水を操る力を使って装甲車を貫くのを見た事がある。

 問題なのは州都全域をカバーする範囲の広さだが、これに関しては、アリアにひと肌脱いでもらうとしよう。


 私はアリアとアイコンタクトを取ると、アリアも微笑み頷いた。


「いえ、並の軍人が二千程度なら問題ないですね。ただし戦闘に入ったら、街に戒厳令を出していただきたい。絶対に屋外に出ないこと」


「ほ、本当ですか……? 本当に二千もの兵を……」


 驚きに目と口を開くラドラスに対し、私もアリアも、自信を顔に浮かべ頷く。

 それを見たラドラスは、決心がついたように語る。


「分かりました。あなた方におまかせします。

 尚、駐留軍にはこの州都外縁の防衛にあたってもらう予定です。

 ――どうか、どうかよろしくお願いします……!」


 懇願するラドラスに私は笑顔で応えた。


△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△



庁舎を出て手配された宿に入ると、ガレオンは訝しげに私達に訊ねた。


「しかしよォ。爺さんの前では黙ってたが、本当に俺達だけでなんとかなんのか? 二千だぜ二千」


「ん? 私が九百、アリアも九百、ガレオンが百九十九、ヴェンダー君が一やれば二千になるじゃんか」


 それを聞いたガレオンは「うへぇ……マジかよ」とぼやくと、ヴェンダー君が続いて口を開いた。


「その割り振りには物言いを付けたいところですが……。防衛に関してはどうするのですか? 敵は皇国のある北西側から来るとしても、二千もの大軍、もし包囲されれば対応は厳しいのでは?」


 ヴェンダー君の指摘はもっともだし、それはこの作戦における最重要点でもある。


「それについては、私がなんとかしますので、ご心配なく」


 アリアはなんでもない事の様にさらりと言うと、周辺の地図を指差し、作戦について説明を始めた。

 ヴェンダー君もガレオンも納得はしてなさそうだが、アリアの力を見た時には納得するだろう。


「それで戦術についてですが、まず地形から、皇国軍は北西の山岳地帯を抜けて来るでしょう。その先に平原が広がり、そこからは自治州の領内となります。

 山岳道からこの州都外縁までの距離は千五百メテル程……よって、この間での迎撃となります。

 恐らく敵軍は山岳道に駐留するでしょうが、幸いにも、山岳道自体は広いものではないので、一斉に布陣する事は不可能でしょう」


「ふむふむ、一斉に二千の敵が襲ってこれないと分かっただけでも、気が楽だね」


 アリアは頷くと、続いて問題点に触れる。


「ネックなのは、駐留軍が信用しきれない点ですね。聞くところによれば、一個小隊。つまり歩兵五十名程ですが、いきなり後ろから撃たれれば面倒です」


「それなんだけど、私とアリアが前面の制圧にあたって、ガレオンとヴェンダー君は私達と駐留軍の中間で待機して貰う感じだとどう? 

 街には入れなくなるだろうから駐留軍が市民を人質にする事は出来ないだろうし、五十程度の歩兵なら後方で妙な動きを見せれば、直ぐに叩く事も出来る距離だと思うんだけど」


 私の提案にガレオンとヴェンダー君は眉を顰めた。


「なぁ、街に入れなくなるってのはどういう事だ?」


「それは、今実演するのは難しいですが、簡単に言えば、都市全域に結界を張るのです」


「都市全域って。……いくらアンタが激マブでも些か大口なんじゃねえか?」


 ……激マブも実力のうちってか。


「私は、出来ない事は言いませんよ」


 アリアの余裕な態度には、二人も引き下がらざるを得ない。


「わあったよ。んじゃ、精々楽しみにさせてもらうぜ」


「では、陣形についてはリノンの案でいきましょう。何かあれば、私に伝えて貰えれば対応します」


 ガレオンにアリアは首肯して応え、総括する。


「陣形については、了解しましたが、二千の軍勢に対して正面から戦うのですか? 何かトラップ等を使った方が良いのでは……?」


「いや、やはり駐留軍が信用できない以上、自力以外をアテにしたくはないかな。罠や戦車なんかの機動兵器を使えば、それによって逆に私達が不利になることもある。

 ……それに白兵戦だろうと、二千程度の兵力なら負けは無いよ」


 まぁ、リヴァル並の傭兵が居なければ、だが。

 もし高位傭兵が参戦している場合は、躊躇無く殺しに行くしかないだろう。

 生かす必要がないなら、私とアリアはそうそう遅れを取る事は無い自信はある。


 私が闘志を滾らせれば、それを感じとったヴェンダー君はごくりと唾を飲んだ。

 

 

 

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