第十三話 アルカセト自治州にて

 

 簡素な夕飯を食べながら色々な話をした後、私達は交代で一時間ずつ仮眠を取った。


 一応、感覚の眼は拡げていたが、その間、接近してくる者もおらず、襲撃にあうような事は無かった。


「もう一度くらい襲撃があるかとも思ったけど、敵さんも意外とおとなしいものだね」


「リノンが鋼糸使いに深手を負わせたのが、響いているのではないでしょうか。

 ですが、こちらの戦力も割れたでしょうし、次があれば、こちらの戦力に合わせて仕掛けてくると思っていて良いでしょうね」


 こちらの戦力レベルを見ると、『流麗』アリア・アウローラ。『荒獅子』ガレオン・デイド。『銀嶺』リノン・フォルネージュ。そしてヴェンダー君……。普通に考えれば、この面子だけでそれなりの傭兵団なら殲滅できるだろう。

 それに見合った戦力──。皇国全軍の半分でもなだれ込んで来ない限りは、なんとかなりそうな気がするが。


「ま、懸念するとしたら高位傭兵団を雇われるような事態を心配するくれぇか? でなきゃ、なんとかなりそうだが。なぁ? ヴェンダー」


「はぁ。自分には個人が軍と戦えるなど考えた事もありませんが……」


「まあ、オレにもそこまでは無理だろうが、そこのネーチャン二人はそのレベルなんじゃねえか?」


 私はそれに苦笑して応えるが、言われた通り、私とアリアは一対多は苦にならない。二人共、継戦能力に長けているからだ。


 だが、アリアに比べ私は遠距離への攻撃手段は持っていない……。まぁ、無いこともないのだが、まだ行雲流水の術理を完全に御せていない為、使えないと言うべきか。


 ──色々練り方を考えなければいけないだろう。


「前にも言ったけど、ヴェンダー君。キミは生き残る事だけ考えてね。まだ身柄預かりでしかない事を忘れないで」


「わかりました。皆さんの邪魔にはならぬよう努めます」


「結構結構」


 あれこれと話しながら車を走らせ、あれ以降襲撃もないまま順調に進み、私達の乗る車はアルカセトに入る為の検問に並んでいた。


 ここまで来れば、襲撃はもう無いと見ていいだろう。


「ジェイ殿のお話を聞いていた時も思っていたのですが、自治州とはいえ今のアルカセトは皇国領内でありますが、皇国の駐留軍は現状どのような対応を取っているのでしょうか?」


 車が自治州内に入れば、ヴェンダー君の疑問は目の前の景色が答えとして表れた。


「見たところ、アルカセト方面の駐留軍は評議会側に寝返ったのかもしれませんね」


 検問所で、入国審査をしているのはヴェンダー君の着ている軍服と同じものだ。

 ……わざわざ同じものを作るとは思えない。となれば、即ちなのだろう。


 だが、寝返ったフリをして後ろから刺す。なんていうのは、割とよくある話だ。我々が、評議会側の戦力として参入する情報が流れている以上、欺瞞作戦である事も疑うべきだろう。


「現状、なんとも言えないけど、油断はできない感じだね。思っていたより、めんどくさくなりそうだな」


 検問の順番が進み、私達の番になると軍服を着た兵隊が寄ってくる。


「お疲れ様です。入国にあたりいくつかお聞きしたいのですが」


「ええ、伺いましょう」


「旅の目的をお聞きしても?」


「私達は、アルカセト評議会よりの依頼で参じた傭兵団、紅の黎明の者と、その協力者です」


「――! あなた方が……。わかりました。ちなみに失礼ですが、それを証明するものを見せていただいても?」


「ええ。これでいいですか?」


 アリアは紅の黎明の団員証代わりに、団の者が身につけるドッグタグを見せ、更に自らの名刺を渡した。


「戦術顧問アリア・アウローラ……貴方があの『流麗』のアリア殿でしたか」


「ええ。分かっていただけた様であれば、通っても構いませんか?」


「あ、はい。どうか! この後、総督府に行かれるのであれば、此方から一報入れておきますが」


「ありがとう。お願いします」


 アリアは兵士に向け、にこやかに微笑むと車を走らせる。

 後方で兵士が顔を赤らめ、ぼーっとしているが……あれは堕ちたな。


「取り敢えず総督府に向かいましょう。既に本部から連絡が行っているかもしれませんが、当初派遣される人数よりは、少なくなっている事への説明も必要ですし」


 ミエルさんの率いる第一部隊は、部隊長ミエル・クーヴェルに、副部隊長のユマを含め五十名の小隊規模になる。

 それに引き換え、私達は四人。しかもヴェンダー君は戦力としてはノーカウントだろう。


 この人数差に、依頼主はどう思うかは想像にかたくない。

 ……まぁ、実質戦力で云えば、第一部隊にも引けを取らないだろうが、頭の堅い役人にそれを伝えるとなると、中々に面倒だ。


 (都合よく、敵でも出てきて力を示せれば楽なんだけどね)


「また良からぬことを考えていますね」


「あは、バレた?」


 アリアが私を横目でじろりと睨め付けるが、アリアの口元も緩んでいた。

 長い付き合いだし、アリアも似たような事でも考えていたのかもしれない。


「しっかし、街自体の規模は相当なモノだねえ。流石に皇都に比べれば劣るけど、ライエから見れば四、五倍の規模じゃないかな?」


 検問を抜けると、片側四車線の直線道路が数キロン先の反対側の検問まで伸びている。

 これが州都アルカセトのメインストリートだ。通りの両側には、テナントが幾つも入るビルがずらりと建てられ、有名な企業の支店や本社ビルも建てられており、いかにもお金が動いている街という感じがする。

 街路樹や街灯なんかも、街のデザインの一部のようで洗練された都会的な印象を受ける。


 後ろでは、ガレオンがヴェンダー君に観光名所や、盛り場、風俗街など、いかがわしいところまで教えていた。

 ……前に女性が乗っているというのに、やはりデリカシーの無い男達だね。全く。


「おや、ここが総督府ですね」


 車がウインカーを出して入った先は、白を基調とした清潔感のある建物だった。前面部はガラス張りで秋の陽光を照り返し、きらきらと反射している。


 駐車場に車を停めると、私達は連立って中に入った。


「ふんふん……。なんともまあ、お金の匂いがする建物だね」


 広々とした、エントランスの中央には、アルカセト自治州の印章である、炎と弓のマークの入った旗と、テトラーク皇国の印章である、十字と交差した剣と槍、それを囲む月桂樹の葉が入った旗が飾られている。


 私達がエントランスを見回して、へ〜だのほ〜だのと言っていると、受け付けの側に居た老紳士が此方に駆け寄って来た。


「失礼ですが、紅の黎明の方々でしょうか?」


「あ、はい。依頼を受け参じました。私はリノン・フォルネージュ。此方は戦術顧問のアリア・アウローラ、それと協力者のガレオン・デイドに、ヴェンダー・ジーンです」


「おお、これは御丁寧に。私はアルカセト自治州評議会議長、ラドラス・ヴェルザンディと申します。この度は、急な依頼に対応していただき、誠にありがとうございます」


 議長と名乗った老紳士は丁寧な物腰で一礼すると、奥の方にある扉に腕を向けた。


「込み入った話は、あちらの応接室でお話致しましょうか」


 私達はラドラスの歩みにしたがって応接室に入り、それぞれに座ると、ラドラスが口を開いた。


「さて……まずは何から話したものか」


「さしあたり、今の現状を教えてくださいますか? 私達は街に入ったばかりなので状況を詳しく知る必要がありますので」


 アリアの問い掛けにラドラスは首肯して応える。


「現在、このアルカセトは皇国内において自治州という形になっておりますが、元々は交易で栄えた一都市に過ぎませんでした。しかし隣国である皇国の覇権的行動によって戦争を仕掛けられ、我々は大国である皇国に敵うはずもなく潔く皇国の軍門に下りました」


 皇国に下った。といったあたりで苦々しいものを噛んだように、ラドラスは顔を歪めた。


「しかし、本来私達はザルカヴァー王国の様に中立の立場を取り平和的に発展して行きたかった。

 ……それを皇国は……いや皇帝は、自国の発展のみを考え、潤沢な利益を生み出すこの都市の占領行為に奔った……! 我々は、ずっと赦せなかった。その思いは評議会だけでなく、市民一人一人が思っていた事でした。

 だが、再度戦争になっては、今度こそおびただしい血が流れる。そうなってはいけないと、ながらく伏せて参りました」


 ラドラスの話を私達は黙して聞いていたが、ヴェンダー君は顔色を青くしていた。

 自国の負の面における被害者が、目の前に居るのだからいたたまれないのだろう。


「しかし、皇国という後ろ盾は、かつてのアルカセトに蔓延っていた病巣……。マフィアの残党等ですが、それ等への抑止力ともなっておりました。

 それ故、不満はあれど、それが噴出する事は無かったのです。しかし、今年になり新しくアルカセト入りした皇国の駐留執政官の横暴に、流石に我々は堪えられませんでした」


「その者は、貴方がたに殺害されたと聞いていますが、間違いありませんか?」


「──ええ、その通りです。執政官は経費経費と言い張り私腹を肥やしたり、女性職員や市民を執務室に呼びつけ、性的な関係を無理矢理迫ったりと、権力を傘に好き放題していました。中には、強姦された後に自害した者までいるのです」


 声を震わせ、目の端には涙を滲ませながらラドラスは語った。

 おそらくはもっと色々な悪事を働いていたのだろう……屑の様な男だな。それならば、殺されても仕方がないとは思うけれど。というか私でも殺すかな。


「評議会は、それでも戦争を起こす訳にはいかないと、歯を食いしばり堪えておりました。

 しかし、市民の不満は限界でした。

 ある日いつものように、女性職員を呼びつけたのですが、その職員も幾度にも及ぶ暴行に精神の限界でした。そして彼女はその日、執政官を銃殺した後、自らの頭を撃ち抜き命を絶ちました」


 私には想像するべくもないが、憎悪すら抱く相手に抱かれ続けるなど、考えただけでも悍ましい。

 実際その様な目に合うくらいなら、躊躇なく斬り殺すだろう。


「しかし、執政官殺害の報を訊いた皇国の対応は、自治州の放棄を要求。もしくは殲滅が前提の全面戦争というものでした」


「そりゃ、最初から仕組まれてたんだろうな」


 ラドラスの話に、ガレオンは忌々しげに口を開いた。


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