第十ニ話 異能
私の背を追いかけて、爆炎が地を舐めるように拡がってくる。
爆炎から逃れる事は行雲流水を使った私にとっては難しくはなかったが、爆発の閃光でリヴァルを見失ってしまった。
先程の場所まで戻ると、爆発の威力には指向性があり、リヴァルのいた側は爆発の痕跡がほとんどなかった。
「逃げられてしまったか……」
――奥の手を使ったというのに、逃げられるようでは、実質は負けたと言ってもいい有様だな。
「鋼糸使いは初見で対応するのが難しい相手……とはいえ、まだまだこちらの修行不足は否めないな」
行雲流水も、現状では三分程度しか維持できない。それが過ぎれば命気に頼った戦い方は出来なくなる。……これではデメリットの方が大きいか。
結局の所、その間に勝ちきれなければ技として意味を成すものではない。
「まだまだ未熟って事かな……」
――誰の耳に届くこともない呟きだ。
それでも、リヴァルには相応の深手は負わせたことだし、おそらくもうあの男は近くには居ないだろう。
「取り敢えず、アリア達と合流するか」
私は先程拾った薪を集め直し、皆と合流すべく歩き出した。
△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△
車の停めた場所に戻ると、そこは凄惨な光景に変わっていた。
「リノン、無事でしたか。……なにやら爆発が見えたので、ちょうど其方に向かおうかと思っていたところでした」
例のラバースーツを着た工作部隊が、変わり果てた姿でそこらに散らばっている。やったのはアリアだろう。
「無事と言えば無事だね。ただ、私は仕留めきれなかったけど」
「……その傷からすると、例の鋼糸使いですか」
私の身体についた傷は行雲流水を使った際に治っているが、アリアの言っているのはコートやレギンスに付いた斬痕だろう。
「うん。かなりの使い手な上に、得物を不可視化する異能を使ってた。私も奥の手を使って手傷は負わせたのだけど、爆弾の閃光にまぎれて逃げられてしまって」
「異能ですか。私と戦った時は使用した感覚はありませんでしたが……リノンが奥の手を使って尚逃げられるとは、やはり相当な強者ですね」
「うん。ただ、両腕を切り飛ばしたから傭兵としての今後は難しいと思う。いくら珍しい武器を扱えるとはいえ、腕が無くては限界があるし……まぁ例外も居るけど」
例外というのは、言うまでもなく母様の事だ。隻腕で身の丈程の大剣を振るう世界最強の傭兵。母様はいわば武の理の様な場所に辿り着いている。
まぁ、いつかは必ずその背を抜いてみせるつもりではいるのだが……果てしなく遠い背中だ。
「お、オメェらの所にも来てたか……って、ひでぇなこりゃ。
茂みからガサガサと音を立てて、ガレオン達が帰ってきた。
「という事は、やはり其方にも現れましたか」
「おう、そこのヤツらと同じ装備だから、同じ部隊だろうよ。コッチにゃ四人現れたが三人殺ったところで、爆発音が聞こえてな。そのタイミングで残りの一人は逃げてったぜ」
どうやらガレオン達の方にも、連中は襲撃していたらしい。二人の様子を見るに、どちらも大した傷は負っていないようだ。
戦力を分けて来た事を考えれば、私達を殺すのが目的ではないようだが、そうなると狙いは……。
私の意を読んだかのように、アリアが口を開く。
「おそらく、連中の狙いは我々ではないでしょう。私の所に現れた連中は、私よりも明らかに車に攻撃を仕掛けようとしていましたし」
「まァ、確かに足を潰されりゃ厄介だわな」
車の方を見れば何発か弾痕はあるものの、問題はなさそうだ。防弾使用の車両を手配したジェイのお手柄だ。
「私の所には、リヴァルってやつ……例の鋼糸使いが来たよ」
「ほぉ……で、殺ったのか?」
「いや、逃げられた。両腕を斬って、怪我も負わせたから復帰は難しいと思うけど……内容的には勝ったとは言えないかな」
さっきアリアにした事と同じ話を繰り返す。内容が良くないからか、気が滅入ってくる。
「何言ってんだオメェ。オメェが無傷で、相手は重傷。しかも、コッチの怪我人はゼロで相手は大半がおッ死んでんだぞ。これが勝ちでなくてなんなんだよ?」
「それは……まぁそうだけど」
私が不服そうに口を尖らせれば、更にガレオンが追撃を重ねてくる。
「まぁ、なんだ。オメェは確かに強え。
――あの例の異能を使えば、この世の中でも多分勝てるやつの方が少ねぇんじゃねえか? だがな、この世界はオメェの手が届かねぇほど広ェんだよ。オメェが今戦った根暗ヤローだってな、皇国では三本の指に入るような奴だ。
それにな、オメェだっていくら強くても人間だ。オメェは……いや、オレ達はテメェの手が届く所まで守れりゃ十分なんだよ。贅沢言ってんじゃねぇ。
――それでも、腕を伸ばしたけりゃ、チッとずつでも、もがいて足掻いて強くなるしかねぇんだよ」
「……そう、だね。その通りだ」
まさか、この男に諭されるとは思わなかったし、言葉も抽象的だが、言わんとしている事はわかる。
団から離れて、自分の弱さも強さも分かったつもりではいたけど、結局はまだまだと云う事だ。
行雲流水にしても、改良する必要があるのは分かっていた事だし……そうだな、少し余裕を持って往こうか。
「ありがとう、ガレオン。胸のつかえがとれた気分だよ」
「ハッ、その貧しい胸でも何かつかえる事もあるんだな」
素直に礼を言えば、コレか。
……このセクハラオヤジ……! ぶった斬ってやろうか……!
「リノン、気にする事はありません。胸囲など、戦闘においては邪魔なだけです」
「女性の魅力は他にも沢山ありますので……リノン殿、どうか気になさらず」
――君達も、慰めてるつもりなのかな……?
私の静かな怒りをよそに、「さーメシメシ」と各自動き出した。
「ちくしょう……」
私の小さな呟きは、誰の耳にも届く事は無かった。
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食事に関しては、ライエで調達していたパンと、
野営用のカトラリーで燻製肉を突き刺し、焚き火で炙ると、なんとも言えぬ芳ばしい香りが立ち込める。
野営の多い傭兵にとっては、しょっちゅうお世話になる食材だが、私はコレがかなり好きだった。
「ん〜、やっぱり焚き火ベーコンは最高だね〜この香り、堪んないな〜」
鼻孔をくすぐるこの香り、噛めば噛むほど溢れる脂と旨味。そしてベーコンをパンにワンバウンドさせれば、肉汁を吸ったパンまで美味い……。
例えるなら、拷問で真っ赤になるまで焼かれた鉄の棒を、顔面に近づけられて、灼けた鉄の臭いと、灼熱の温度に極限の恐怖を感じた所で、いきなりジュッと押し付けられる……みたいな感じだろうか。
「こういうのが好きならオメェ、将来は大酒飲みになるかもな」
「リノンはおそらく相当強くなるでしょうね……」
――アリアはどこか懐かしむ様な顔で呟く。
「燻製でしたら、鯖や卵も良いですな」
「おっ、鯖イイねぇ……合わせるなら、麦やトウモロコシの蒸留酒の炭酸割りだろうなァ」
「良いですね。樽の香りとあの燻製独特の香りが口内で混じり合って……」
アリアもかなりの酒好きだからか、そのへんはガレオンと気が合うようだ。
私は酒は飲んだ事が無いので、よく分からないけれど。
「そういえばさ、鋼糸使いの使う『不可視化』の異能は、かなり厄介だったね。得物との相性もいいし、遠間でやられたら相当手こずると思うよ」
「私が戦った時は使ってきませんでしたが、もし使われていたら、一般人を護りながら戦うのは厳しかったかもしれませんね」
アリアはランスライフルという特殊な武器に体術においても、超のつく一流な為、距離を選ばずに戦える。そういった意味では、相手との相性は本来、悪くなかったかもしれない。
防衛対象さえ無ければ、おそらくあの鋼糸使いはもうこの世には居なかっただろう。
それにアリアの異能は展開規模が広いため、 市街戦においては不利に働く事もある。
「異能ですか……。何も持たない自分にとっては縁のない話ですね」
ヴェンダー君は俯きながら、ぼやいていた。
「まァ、持って生まれる奴の方が少ネェんだから仕方ねぇよ。コイツばっかりは、持って生まれた才能ってやつだろうしな」
このアーレスにおいて、異能を持って産まれる者は100万人に一人程度だ。アーレスの総人口は凡そ二億人。つまり世界中を見ても二百人程しか異能持ちはいない計算になる。
代々遺伝している家系……これも不思議なもので、新たに子孫が産まれると継承されるパターンや、偶発的に発生するなど、発生については未だに何が原因か分かってはいない。
「そういえば、ガレオン、貴方も異能持ちでしょう。たしか『脆弱』といいましたか」
「なんで知ってんだよ……と言いてえところだがな。
まァ、な。モノを脆くする異能なんだが、銀嶺のネーチャンの刀には何故か通じなかったがね」
どうやら、知らぬ間にあの戦いでも異能を発動していたらしい。
まぁ、ガレオンについては紅の黎明で、割と詳細なデータがあったから、アリアも見ていたのだろう。
「この太刀、蛍火嵐雪は、ちょっと特別なんだよね」
「ほぉん……俺が折れなかった武器は初めてだったからよ。流石に動揺したぜ。
そういや、オメェのアレも異能なんだろ?」
「命気の事かな? んー、それが分からないんだよね。団の
「なんだそりゃ。まぁ、そんなかてぇ名のついたヤツがそう言うんなら、よくわかんねぇんだろうけどな」
まぁ確かによく分からない力ではあるが、身体に異常をきたすわけでもないし、今の所私にとっては奥の手の一つだ。
「んじゃ流麗。アンタも異能持ちか?」
「……そうですね。私は水を少し操る事ができます」
「ほーん、まぁアンタは異能なんて無くても、相当やベェ部類だろうがな」
「褒め言葉と受けておきますよ」
ふ……と、笑うアリアだが、あまり覇気のある表情ではなかった。
「皆さん、特殊な力があって羨ましいです……自分など何も」
「おいヴェンダー。自分を卑下なんかすんな。そんなん意味なんかねぇぞ。例え
「――ッ! はい!」
ガレオンが言うと、ヴェンダー君は目を潤ませながら何度も頷いていた。
全く、人は見かけに依らないというか、このオジサンはそういう強さも持った人間なんだろうな……。
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