第十一話 闇夜の戦い
この男は、アリアが手傷を負うような相手だ。決して油断は出来ないだろう。
私はリヴァルの登っている樹を、駆け上がる様に跳んだ。
二十メテル程の大木を、四歩の踏み込みでリヴァルの眼前に辿り着き、横薙ぎの一閃を放つ。
「シッ!」
短い呼気と共に振るわれた太刀は、リヴァルを捉える事はできずに、空を斬る。
リヴァルは私が樹を駆けて登って来たのを見るや、すばやく背後にあった樹木に鋼糸を放つと、そちらの樹に飛び移っていく。
私は重力に引かれ自由落下を始める前に、樹を蹴りつけ、リヴァルの移った樹に向けてほぼ水平に近い角度で跳び、枝を足場にして再度間合いを詰める。
ヤツは流石にこの動きは予想できなかったのか、脚を止め両手から鋼糸を交差する様に振るってきた。
「チッ……! その動き、獣の様だな」
「全く、失礼なヤツだな……っと!」
――水覇一刀流、防の太刀、
私は両脇から迫る鋼糸に対し、太刀で円を描く様に振り払うと、金属が擦れ合う甲高い音が連続して響き、鋼糸を打ち払う。
この技は本来、一対多において囲まれた時などに相手の攻撃を周囲の敵に向け弾き飛ばす技だが、鋼糸はまるで生き物のように動き、すぐに制御を奪い返されてしまい、リヴァルに向けて弾くことはできなかった。
私は跳躍の勢いそのままにリヴァルに向け、袈裟懸けに太刀を振るうが、またしても手応えはない。
私は舌打ちをしつつ、リヴァルの乗っていた枝を足場に飛び移る。
「随分と、上手く逃げるものだね」
リヴァルは後ろに倒れるように、樹から逆さまに落ちていくと、地面に着く前に鋼糸を使い減速し着地した。
「……先日の『流麗』といい、紅の黎明は化け物揃いのようだな。国が争いを避けようとするのも頷ける」
『流麗』とはアリアに付いた異名であるが、中々にお似合いの名である。
「化け物は心外だけど、君も相当だと思うよ? それだけの
「……」
ヤツの動きからして肋骨を数本と、多少内蔵を痛めているようだ。おそらくはアリアの打法によるものだろう。
やはり、ただでやられる相棒ではなかった。
「それはそうと、その……下りてこないか。その位置だと、目のやり場に困るのでな……」
「え?」
私はふと自分が樹上にいて、ヤツが真下にいる事を思い出し、ヤツの視線がスカートの中をチラチラと覗いている事に気が付き、慌ててスカートの裾を抑える。
「ッ……! 君は、変態か!」
「い、いや! わざと見た訳じゃない! 本当だ、信じてくれ!」
リヴァルは、やけに必死に否定してくるが、私は樹から飛び降り、着地すると、全力で殺気を叩きつける。
「さて、仕切り直しだ。殺し合いを始めようか」
「あ、ああ……」
弛緩した場の空気が、一瞬にして凍りついたものに変わる。
私は太刀を霞に構え、一瞬で間合いを詰める。
――歩法、瞬。
瞬時にヤツに向け間合いを詰めるべく突撃するが、僅か三歩分、間合いを詰めたところで急停止する。否、停止させられた。
「これは……」
私の首に薄っすらと血の線がにじみ、鮮血が垂れ落ちる。
全く見えない鋼糸が、まるで蜘蛛の巣の様に樹と樹の間に張られている。
「初見で気づいたのは、アンタが初めてだよ」
リヴァルはにたりと口元を歪めていた。
さっきまでの鋼糸は夜ということもあり、見えにくかったが、私が命気を纏っていることもあり、全く見えないわけでは無かった。
だが、この鋼糸は全く見えない。これは、おそらく……異能の力か。
「気づいたようだが何もできまい。俺の異能『不可視化』に対応する事は至難だ」
リヴァルは更に右手を振るい、鋼糸を操る。振るわれた鋼糸もやはり――見えない。
自らの触れたものを見えなくする異能といったところか。
私は糸の風切音で糸の場所を見切り、太刀で弾き返すが、都合十本もの鋼糸に加えて、あちらこちらに張り巡らせられた鋼糸の罠が見えないハンデは大きく、対応が徐々に遅れてしまう。
「くっ……」
ついには私の肩口と脇腹を鋼糸が浅く切り裂き、傷口から血が滲む。もしも防刃のコートでなかったらそれなりの傷を負っただろう。
私は命気を傷口に送り、傷を治療する。
(振るってくる鋼糸は、腕の軌道からも読みやすいけど、それよりも、そこらに張り巡らされた鋼糸が厄介だな)
一度撤退し、アリア達と合流するのも良いだろうけど……。でも、母様や父様なら、こんな時逃るだろうか? いや、必ず自らの剣を持って打ち倒す筈だ。
――思考している今も、鋼の糸は私の身体を切り裂きつづけている。
「少し、アレを試してみるか」
「何を言っている……。このまま切り裂かれて死ぬがいい」
さらなる鋼糸が振るわれるが、私は振り返らずに後ろに大きく跳び間合いを取ると、太刀を正眼に構え、大きく息を吐き集中する。
身体の内から湧き出す命気を、練るように、そして巨滝のように放出を強める。
「──
高密度に練成され、銀色の輝きを持った命気を蛍火嵐雪ごと、全身に纏う。
この技はつい先日思い付いた、私のオリジナルの術理で、一日で作り出せる命気を全て練成し、纏うことで通常よりもさらに強い力を得るという技だが、長くは持たない上にその日はもう命気を使えなくなってしまう諸刃の剣だ。
だが、得られる力はそれに見合ったものだ。
「奥の手を切らせた事、本当に脅威に思うよ。でも最早、無事で帰れるとは思わない事だ」
私は太刀を八相に構え、流れる水の如くリヴァルへと間合いを詰める。
「……シッ!」
リヴァルが不可視化した鋼糸を振るってくる。未だ鋼糸自体が見える訳ではないが、鋼糸に乗った殺意が、今の私には如実にその軌道を見せている。
――歩法、
流れる様な足運びに急激な緩急を織り交ぜ、殺意の線を回避する。
「何っ……。見えてなどいないはず!」
更に連続して鋼糸が振るわれるが、次は敢えて太刀で弾いてみせた。異能で不可視化した鋼糸だって見えているぞ。という揺さぶりにはなるだろう。
「バ、馬鹿な!? まさか、見えているというのか……」
ヤツに間合いを詰めながら、木々の間に張られた鋼糸も次々に切断していく。
その間、絶え間なく振るわれる鋼糸に加えて、暗器まで放ってくるその呆れた手数は大したものだが、それらが私に触れる前に全て打ち払う。
(――拓けた……!)
リヴァルと私の間に張り巡らされていた鋼糸が無くなったのを捉えた刹那、一気に間合いを詰める。
――歩法、瞬。
地面が掘れるほどの勢いで踏み込み、その歩法の名のごとく、瞬く間にヤツの傍らまで跳ぶ。
「……ッ!」
リヴァルは眼球の端で、かろうじて私を追うが、反応できたのは眼球だけだった。
――攻の太刀二の型、驟雨。
納刀した太刀の鍔を、左の親指で指弾の要領で弾き、加速させた神速の一閃にてリヴァルの左腕を肩口から切り飛ばす。
「ぎぃっ……!?」
苦悶の表情を浮かべ体勢を崩しながらも、右腕で鋼糸を振るってくるが、それらが私に触れる前に悉く打ち払う。
私は地を舐めるように身を沈め、低い態勢から真上へと一閃し、右腕も斬り飛ばす。
(そろそろこっちもガス欠が近いな……)
命気を使える限界も近いが、もはやリヴァルは逃げに入っている。仕留めるならば、迅速に、だ。
私は鞘を剣帯から外し、逃げるリヴァルの背中目掛けて思い切り放り投げる。
「ぐふっ……!」
投擲した鞘は砲弾の如きスピードを以て、リヴァルの肩甲骨のあたりに命中した。おそらく背中の骨を多少なり砕いた事だろう。
「さて、追いかけっこはもう終わりだね」
「かはっ! 噂通りの力だな。銀嶺、やはり俺一人ではお前には及ばないようだ……」
口から血を吐き出しながら、リヴァルは観念したのかそんな事を言い出す。
「大人しく捕まる気は無い? できれば生かして捕らえたいんだけど」
「はぁ、はぁ……。そうだな……それもいいが……」
リヴァルは上体を下げると、懐から球体の様な物を足下にばらばらと落下させた。
「鼬の、最後っ屁というやつだ。いつか必ずお前を、殺す」
「なっ……!?」
(爆弾か!)
理解した刹那、ヤツはそれを私の方に蹴りつけて来た。
私は全力で後方に疾走すると、私を追うように爆炎が広がり森を焼いた。
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