#19 欠壊

#19 欠壊


「おかえり」


お母さんの声がする。でもその声が深結の意識に触れることはない


自室に戻ると一気に体の力が抜けて崩れるように座り込む


「深結?元気なさそうだけど、体調悪いの?」


心配したお母さんがドア越しに声をかけてきた


「大丈夫だよ」


また嘘をついた。胸が苦しくなる。


「まあ、ゆっくりで良いからね」


そう言ってお母さんはいなくなった。


その言葉はきっと深結への救いの言葉だ、でも痛い。すっごく痛い。


苦しい。息が詰まる。


何故こうなってしまったのか?何処で間違えた?


「ごめんなさい」


すっかり前の私に戻ってしまった。そんな自分が心底嫌になる


吐き気がして口を抑える


うっ..う...っ。唸り声をあげる。

うっ..っ。耐え切れずにトイレに駆け込んだ


吐いてしまった。お母さんが慌てて駆け寄ってくる


「大丈夫?落ち着いて」


背中ををさすってくれた。


「どうして...どうして私なの..」


「深結..落ち着いて、お母さんが側にいるから」


後ろから抱きしめられる。


やめて。やめてお母さん。今の私には耐えられないから。


それを言葉にできたらどれだけ幸せなことか


「ごめんなさい、私は大丈夫だから」


そう言い放ってお母さんの手を振り解き口元を拭いて自分の部屋に戻った。


気持ちの悪さは消えてなどいない。


さらに追い込まれるようにスマホが鳴る。颯太からだった。


こんな状況で、あんなことを言った私が電話なんてできるわけがない


深結は震えるスマホを胸に当てて目をつむる。


落ち着く。そう感じだ。


涙が出てくる


ただの着信音だというのに、それが颯太からとなった途端にこうだ。


好きなのかな?


颯太と出逢って紗奈にも自分にも素直になれた。今の深結は嘘をつくのが苦手になってしまっていた。


少し前の深結なら簡単に自分に嘘をつけた。それなのに....


「ごめんなさい、颯太。私まだあなたのことが好きみたい」


口に出してしまった。もうダメだ止められない。


「颯太...でも、会えないよね」


考えるのが嫌になって、お風呂にも入らずにベッドに入って布団をかぶった。




学校なんて行かない。行けない。


颯太を前にしたら私は壊れてしまう。


布団に潜って耳を塞ぐ


「深結、今日は学校休む?」


深結は何も言わなかった


「わかった、学校には連絡しとくね」


察してくれたみたいだ。


一時間目が始まる時間になった。深結はまだ布団の中にいる


無性に泣きたくなって布団で顔を抑える。



ピンポーン



インターホンの音で我に返る。


玄関に行き覗き穴を覗くと、そこには紗奈がいた。


ドアを開けると


「みーゆ!おはよ!」

「どーせ学校来ないと思ったから私も行かなかった」

「また独りで泣いてたんでしょ」


顔を近づけてくる


「そんなこと..ないよ」


「嘘つけ、だって顔に跡残ってるもん」


「へへ..ばれちゃった...」


笑って誤魔化そうとする


「笑って誤魔化してもダメ」


紗奈は深結を抱きしめる


二人とも何も言わない。



「じゃあ行こっか」


「行くってどこに?」


深結が首を傾げると


「遊びに行くに決まってるでしょ」


「えっ??学校は?」


「サボる」

「逆に今から学校行くつもりだったの?」


そう言われると、そんな気はさらさらない


「わかった、準備するね」


部屋に戻って準備をする。


服を脱いで下着姿になった時だった


「深結って意外と大きいんだね」


後ろから紗奈の声が聞こえてきて


慌てて胸を隠す


「へへ〜、待ってられなくて来ちゃった」


「もー、紗奈ー」



そんなこんなで支度を済ませて家を出た。


「どこいく?」


「この私に任せなさい!」


こういう時の紗奈は信用できるのを深結は知っている


「じゃあ任せた!」


「えっへん!!」


得意げに言う紗奈を見て深結は微笑んだ。


電車に乗って窓の外を眺めているうちに初めて聞く駅の名前がアナウンスされる


「もうすぐだよ」


アナウンスが流れ始める


聞いたことのない駅名だった。


「ついたよ」


駅から出ると綺麗な景色が一面に広がる


「綺麗..」


自然と言葉が溢れ出てくる


「私の大好きな場所なんだ」


あてもなく歩き始める


「深結見て見て!」


紗奈が小走りになる。どうやら目的地に着いたらしい


「ここが私の秘密の場所」


そう言って指差したのは、古民家風のオシャレなカフェだった。


「ここが秘密の場所?」


「そうだよ。さっそく入ろっか」


慣れた様子で入店する。


「おー!紗奈ちゃん、久しぶりだね」


「おばあちゃん久しぶり!」


「紗奈ちゃんじゃないか!」


「おじいちゃんも久しぶり!」


どうやらこの二人でお店をきりもりしているようだ。


「紗奈ちゃんじゃないか、久しぶりだな」


常連らしき人も紗奈に声をかける


「後ろの子はお友達かな?」


「あっ..えっと..初めまして、小山深結です。宜しくお願いします」


「深結ちゃんか、可愛い名前だね」


「あっ..ありがとうございます」


「端っこの席座ろっか」


紗奈に誘導されて隅っこの席に座る。


「深結はどれにする?」


「紗奈はどれにするの?」


渡されたメニュー表を眺めながら訊く


「私はアイスココアとチョコケーキ!」


「じゃあ私はアイスカフェラテとチーズケーキ」


深結は微笑みながらメニューを閉じる


「何笑ってるの?」


「紗奈は本当にアイスココアとチョコケーキが好きなんだな〜って思って」


「へへっ〜、だっておいしいんだもん」


「深結だってー、いつもアイスカフェラテとチーズケーキじゃん」


「へへっ〜、だっておいしいんだもん」


紗奈の真似をする


「やっぱ笑ってる深結が一番」


「そうかな..?」


深結は頬を赤くする


「あー!深結照れてる!!」



「私に聞かせて」



紗奈のその言葉に時が止まった。


「な..なんのこと?..」


「わかってるんじゃない?」


やめてくれその笑顔。心が揺らいでしまう。


「今は...」


深結は胸に両手をあてて考える


「あのね.....」


声を出すと涙が出てしまう。


紗奈は深結の手をぎゅっと握った。


「颯太に...酷いことしちゃった..」

「だから..もう......嫌われちゃった」


「そんなことない!!」


紗奈が机を強く叩く


店内にいる人の視線が二人に向けられる。


紗奈は視線に気づくと縮こまった声で言う


「深結は颯太のこと好きなんでしょ?」


「それは....」


「もーじれったいな、素直になりなよ」


「す..すっ..き....好き」


「よく言った!偉いぞ深結!」


紗奈は勢い良く立ち上がる


机の食器がガシャンと音を立てる。


紗奈はまた周りの視線の的になっている、しかし反対に深結の表情は暗かった


気持ちに嘘はない。でも、こんな私を颯太は再び愛してくれるのか?


「紗奈黙って」


冷めた声で呟いた


「えっ...深結?」


「お願いだから」


深結は必死に涙を堪えている。それでも目が潤んでしまうんだから、私は心底ダメな人間だ。


「私なんか」


また自分を否定する


「深結...」


「お願いだからっ!」


思わず声を荒らげてしまった


「泣いてるよ」


「えっ.....」


自分の頬に指をあてる。


「こういう時はね..」


深結はカバンに手を入れる


「これが一番...」


カッターの刃をじっと見つめて、手首に当てる


「ダメっ..!」


紗奈が手を伸ばす


その手が深結に触れることはなかった


時が止まったように感じる。少しして紗奈は違和感を覚えた。


深結が震えている


カッターの刃を手首に当てたまま震えていた。


「深結っ!」


紗奈が深結の手に触れると衝撃でカッターが床に落ちた


「深結、落ち着いて深呼吸して」


深結は言われた通りにしようとするも息が詰まる


「お嬢ちゃん大丈夫かい?」


おばあちゃんが声をかけてくれた


「だっ..大丈夫です..」


「深結、これ飲んで」


紗奈は深結のアイスカフェラテを手に取って差し出す


深結はそれを勢い良く飲み干す。荒れた息が徐々に整っていった


「ありがとう紗奈。えっと..おばあちゃんもありがとうございます」


「一回外の空気吸って来ますね」


紗奈はそう言うと深結を店の外に連れ出した。


深結ばずっと顔を抑えている


「ごめんなさいごめんなさい、私なんかが...」


紗奈は深結の口に人差し指をあてる


「それ以上言っちゃダメ」


紗奈はにこっと笑った。



二人は近くにあった公園のベンチに座る。しばらくの間二人は何も言わずにぼーっとしていた。


深結が立ち上がる


「どうしたの?」


「ちょっと、死んでくる」


深結は歩き出した


「待って!深結!」


紗奈は慌ててあとを追った


「こないでっ!!」


深結は叫ぶ


「深結、落ち着いて。私がそばにいるから」


紗奈は深結の手首を掴む


「離して」


「離さない」


「離して!」


「離さない」


繰り返すうちに深結の体から力が抜けていくのが分かった。深結は地面に座り込む


「どうして私を生かすの?」

「私なんかいなくたって..」


「そんなことない!!」


紗奈は声を荒らげた


「深結知ってる?深結ってね周りの男の子から結構モテてるんだよ、大人しくて可愛くて勉強もできるから..それで仲良い男の子から相談されることもあった」


「そんなこと関係ない!」


「あるよ!」


「深結がいなくなったら悲しむ人がいっぱいるの、私も成瀬君も深結の家族もみんな深結のことが大好きなの!」

「深結は...深結は..」


「もうやめて」


深結は落ち着いた声でそう言いながら立ち上がって紗奈を見つめる


「ありがとう」


深結は紗奈に歩み寄るとぎゅっと抱きしめた


「大好きだよ、ごめんね」


そう言い終えると深結は思いっきり紗奈を突き飛ばした。


深結は走りだす。息が切れても、躓いても走り続けた。


ここがどこかもわからない


衝動的に走った末に辿り着いたのは見晴らしの良い公園だった。


荒れた呼吸が整っていく


ポケットに振動を感じて手を入れてスマホを取り出すと紗奈からの着信だった


深結は電話に出た。


「深結、何も答えなくて良いから聞いて」


深結は何も言わなかった。違う、言えなかったんだ


「深結が死んだら私も死ぬ」


その言葉は深結の脳に無理矢理入り込む


「私深結のことなんにも分かってなかった。だから、少しでも分かりたいから私もやってみるね」


電話の向こうからカッターの刃を出す音が聞こえる


「深結、これで少しは深結のこと分かってあげられるかな?」


「ん...思ってたより痛いね」


「だめ...」


深結の呟きは届かなかった。


「深結、私はさ深結と違って自分のこととか何にも分かんないし、分かろうともしない。毎日毎日てきとうに生きて、それで満足してた」

「でも深結は違う。ちゃんと自分と向き合ってる、強い子なんだよ」


「そんなこと....」


深結の言葉が紗奈を遮ることはない


「深結聞いて、深結が自分を傷つけるなら私も自分を傷つける。深結が死んだら私も死ぬ」


深結はその言葉に目を見開く


「やめて!!」


深結は叫んでいた。今まで出したことのないような大きな声で。


「紗奈...そんなことしないで..」


涙が混ざった言葉に紗奈は優しく言う


「どこにいるの?」


深結は答えた。紗奈は走る。

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