第6話 突然の初仕事
一度席を外すと言って、朝日は小子を連れて部屋を出た。
ハカリを含めた三人は部屋に残されたが、森羅と滴は準備が必要だと部屋の中を忙しく動き始めた。
滴はテーブルの上に市内の地図や何かのリストが記された書類やファイルを並べ、森羅はパソコンで調べ物を始めてしまい、とても先ほど朝日が告げた言葉の真意を聞くどころではなくなった。
そうしているうちに、朝日が一人で戻ってきた。
「小子ちゃんは?」
「裏の末社に連れていったら落ち着いた。ここだと神託にノイズが混ざるが、ああした場所だと神様の声が聞こえやすいみたいだ」
安堵の息を漏らした滴とは対称的に、パソコンの画面を睨んだままの森羅が不満そうな声を出す。
「その神様って言い方止めませんか? あんなのに様付けなんてする必要ないですよ」
まだ出会ってから一時間と経っていないが、四人の中で最も友好的でずっとニコニコしていた姿からは想像のつかない低い声と態度に驚いていると、滴がカラカラと笑う。
「でもアタシらより格上なのは間違いないじゃん」
「格上とか関係ない。私たちを勝手に異世界に送っておいて、戻ってからのフォローの一つもしないような奴を様付けで呼びたくないの」
「……ま、気持ちは分からないでもないか。釣合くん。何か良い呼び方はないかな?」
「俺ですか?」
突然名指しされて戸惑うハカリを、パソコンから視線を外して森羅が見た。
「うんうん。君の付けた名前なら許せるよ。できるだけ偉そうじゃない奴でお願いね」
翡翠を思わせる美しい緑色の瞳が輝いている。
映画やテレビの中ですら見たことがないほどの美人が真っ直ぐにこちらを見つめてくるのは、いっそ物理的な圧力すら覚える。
その瞳には逆らえそうにないと観念し、頭を捻って考え始めた。
「んー。格上で、偉そうじゃない……あ。上位存在、とか?」
頭から捻り出したのは、施設の子供が通う中学校で流行っていると聞いた呼び方だ。
生徒たちがそれぞれに上位、中位、下位と勝手にカーストを付けて呼び合っているらしく、施設育ちはそれだけで下位扱いをされると落ち込んでいた。
それを知った園長が、ともすれば苛めや差別に繋がるとクレームを入れたことで、学校から禁止令が出て直ぐに廃れたらしいが、身近にあったからこそ、少なくともハカリにとっては偉そうに感じない呼び方だ。
そう説明すると森羅が真っ先に満面の笑みを見せた。
「良いね、それ。アレを上位扱いするのはともかく、スクールカーストの呼び方が基って考えると、格が落ちた感じがする」
「ちょっと長いけど、まー。いいんじゃねー」
「君たちが良いなら僕もそれで構わない。ただ、小子くんは神職の出だ。彼女が神様と呼んでも不満を漏らさないようにね」
朝日が釘を刺し、森羅と滴が了承を示したのを見届けてから、ハカリは場の空気が緩んだことを察し、ずっと気になっていたことを改めて聞く。
「ところで、さっき言ってたのはどういう意味なんですか? 異世界に人を送るって」
「ああ、それ。上位存在が人を異世界に送っているのは先ほども言ったとおりだが、やり方が雑でね。僕らが肩代わりするということさ」
早速上位存在という名称を使いながら説明を開始する。
「雑?」
「ああ。異世界転生の対象者は初めから決まっている。そして転生と言うからには対象には一度死んで貰わなくてはならない」
死。という単語が重くのしかかった。
「そこで上位存在が対象を殺すために使う手段は基本的に天災。つまり自然現象を誘発させることなんだ」
「待ってください。なら、俺の時の事故も?」
「それも調べた。バスに落石が当たったとのことだが警察の検証では、落ちた岩の周囲にだけ雨水が貯まり局所的な地滑りが発生したことが原因らしい。本来その場所にだけ水が貯まるなどあり得ないそうだ」
ハカリが調べたネットニュースではそこまで詳しく書いていなかったが、確かに偶然と呼ぶには出来すぎている。
「だったら。あのとき一緒に死んだ奴らは」
話している途中その事実に気づき、声を詰まらせると朝日は眉を寄せた。
「異世界に転生した場合は存在が抹消される……そうなっていない以上はそういうことだ」
朝日は言葉を濁したが要するに、この世界で死亡したと報じられている二十人は異世界に送られたのではなく、ただ巻き込まれて死んだだけということだ。
いや。上位存在がハカリを狙って事故を起こしたのならば、ある意味自分のせいと言えるのではないか。
学校でも浮いた存在であり、特に仲の良いクラスメイトは居なかったとはいえ、自分のせいで知り合いが死んだ事実を受けて流石に閉口する。
「気にする事はないよ! 全部上位存在のせいなんだから」
「森羅くんの言うとおり。君が気にすることはない。実際以前はこんな事はなかった。異世界に人が送られる頻度も少なく、天災を起こすにしても、本人以外犠牲の出ないようなやり方を採っていた」
本人だけだから良いという訳ではないが。と付け足しながら、朝日は疲れたようにため息を吐く。
「しかし、頻度が多くなるに連れ、天災の起こし方がどんどん適当になっている。今では周囲のことなんか関係ないという有様だ。僕らもそれに気づいていたが、どうしようもなかった」
「……」
なんと答えていいのか分からず、顔を伏せて黙っていると、朝日は力強く告げる。
「だが、今は違う」
思わず顔を持ち上げると朝日は真剣な顔でこちらを見つめていた。
「今まではいつ誰が送られるのか分からなかったから、僕らにはどうしようもなかった。でも今は小子くんがいる」
「あの子が?」
「さっきシツチョーが小子は神職だって言っただろ。あいつは異世界で本物の力を手に入れている。その中の一つに上位存在の声を聞く力があるんだよ。それがさっきの神託だ」
「そうよ。アレの手伝いをしているようで気に食わないけど。このやり方ならもう余計な犠牲は増やさないで済むの」
調べ物が終わったのか、滴と森羅が連れ立ってソファに集まってきた。
「上位存在が天災を起こす前に、転生予定者を異世界へ送る。これが僕らに課せられた新たな仕事だ」
朝日に顔を戻すと彼女は未だ真っ直ぐにハカリを見つめたまま告げた。
「釣合くん。改めて聞こう。君は僕らと共に働く覚悟はあるか?」
真剣な声で問われる。
他の二人もまたこちらを見ているのが分かった。
三人分の視線から逃れるようにハカリは顔を天井に向けて、色々なことを一気に知り過ぎたせいで、逆に冷静になった頭で考える。
確かに重要な仕事だ。
どちらも異世界の存在を知る者にしか出来ない。特に二つ目の仕事にいたっては、なにも知らない一般人への被害を未然に防ぐことになる大変意義のある仕事だ。
彼女たちが、上位存在に対する怒りだけでなく、強い使命感を持っていることも理解した。
だが、このときハカリの頭を占めていたのはもっと打算的な考えだった。
確かに自分を異世界に送るために二十人のクラスメイトを犠牲にし、他の者たちの人生を狂わせたことには怒りを覚えるが、ハカリにとってはそれよりも今は明日からどうやって生活するかの方が重要だ。
元々施設育ちで大学に行く学力も金銭もなく、就職先すら決まっていなかった自分が公務員に成れると考えれば、これ以上ない就職先なのは間違いない。
そうした打算的な考えが浮かんでくる。
天井を見上げたまま頭を回転させていると、視界の端に薄桃色の飛行物体が映り込む。それが折り紙の鶴を下から見上げた物だと気づいた頃には、ゆっくりと頭上を旋回し、テーブルの上に着地していた。
「小子ちゃんの式神だね」
式神という言葉自体は知っている。
漫画やアニメに出てくる陰陽師が使用する人型に切り取られた紙を自在に操る術だ。
空力的に優れているとはいえない折り鶴が自在に動き回るところを見ても、普通に受け入れている自分がおかしくなるが、ここまで色々あり過ぎたからそれも仕方ない。
「神託の内容が分かったら直ぐに知らせるように頼んだんだ」
言いながら慎重な手つきで折り紙を解き、内側に目を通した瞬間、朝日の表情が強張った。
「やはり上位存在は性格が悪い。異世界送りの日取りは今日この後だそうだ」
「準備している時間もないじゃん!」
「となると──」
森羅の視線が改めてハカリに向けられる。
滴と朝日もそれに続き、代表した朝日が一歩前に出てハカリの両肩に手を乗せた。
「釣合くん。済まないが共に働くかどうかは一度置いておいて、今日だけは力を貸してくれ。君でないとできない仕事があるんだ」
有無を言わさない力強い口調と共に、同じほどの力強さが両肩に圧し掛かる。
ハカリは身を竦ませながら、引きつった笑みを浮かべるしかなかった。
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