第7話 目的地への道中
「……これ、バレたらまずいですよ」
車のハンドルを握りしめて周囲を窺い、パトカーが居ないか確認する。
「大丈夫。君はちゃんと免許を持っているんだから」
助手席に座った朝日がのんびりとした口調で言う。
「戸籍ないんだから、免許も無効じゃ──」
思わず声を張り上げてしまい、慌てて口を閉じる。
現在ハカリは上位存在からの神託を聴くため残っている小子を除いた三人を乗せて、目的地に向かう車の運転をさせられていた。
「僕らは全員車を運転したこと無いから助かるよ」
(俺にしかできないことってこれかよ)
あんな言い方をされたのだから、なにか特別な仕事かと思いきや、任されたのは車の運転手という運転技術さえあれば誰でもいい仕事だ。
「確かに俺の体感では免許を取って二週間と経っていませんけどね」
「いやータイミングバッチリだね」
「それより、この車狭いよ。なー、足戻して良い?」
「ん? ああ。良いんじゃないか。どうせ外からは見えないだろうし」
女が三人集まると姦しいとはよく言ったもので、口々に勝手なことを言い合っている三人の言葉を聞き流していたハカリも流石に最後の言葉だけは止めに入った。
「いやいや、ダメに決まってる!」
窓にスモークでも張っているならまだしも、この車は普通の乗用車だ。
信号待ちの間に、高さのある大型トラックでも止まったら隠すことができない。
滴の下半身は本物なのだから当然だが、コスプレ用に作られたスカートのように掃いて使用する、作り物の人魚スーツなどとは一線を画す存在感がある。万が一ドライブレコーダーに写って拡散でもされたら危険だ。
そう考えた上での否定を、滴は楽しげに笑い飛ばす。
「大丈夫だって。アタシだって幻術魔法ぐらい使えるから。視界を花畑にする魔法とか」
「目の前にいきなり花畑が出たら余計目立つんじゃないかな?」
「それ以前にその幻術とやらはカメラに写らないんですか?」
魔法というファンタジー単語が飛び出たことはもう無視して、現実的な問題を聞く。
「どうだろ? 試したことはないから。でもそんないつもカメラ回している人なんて居ないでしょう」
「今時はドライブレコーダーってずっと周囲を撮り続けるカメラを付けてる車が多いんですよ。ほら、これもそう」
バックミラー裏に取り付けられた、液晶の付いたドライブレコーダーを顎でしゃくる。
「ん? これテレビじゃないの。確かにリモコンとかチャンネルボタンが付いていないとは思っていたが」
「マジで? 景色でも撮るの? それとも運転してる自分の姿でも撮りたいとか」
「そっか。運転技術向上のためね」
「違う」
的はずれた言葉に知らず口調がぞんざいになった。
「ま、ここは釣合くんの判断に任せようじゃないか。私たちはこの世界の常識に疎いからね」
「ちぇ。ずっと変身してるのも
「文句言わないの。これも仕事仕事」
隣に座る滴を撫でる森羅に合わせて、ハカリも言う。
「目的地までもうちょっとだから、我慢してください」
それはある意味自分に言い聞かせるためのセリフでもあった。
法廷速度を超えては、警察に捕まる可能性が高くなるため、アクセルに乗せた足に力を入れる訳には行かないが、一刻も早く目的地にたどり着いて解放されたい。
そんな思いが募り続けていた。
・
「タカダユウマ。ここだな」
朝日が家族全員の名前が刻まれた表札の一番下を読み上げた。
目的地はごく普通の一軒家だった。
このまま何もしなければ天災が起こるらしいが、こんな場所でどんな災害が起こるというのか。
パッとは思いつかないが、そもそも自分たちはその災害を起こさせないためにここに来たのだ。
そちらは考えても仕方ない。と思考を止め、代わりに別のこと、今から行われる神様に代わって人を異世界に送る儀式がどんなものか考えてみた。
その手の話にあまり詳しくないが、朧な記憶で地面に魔法陣を書き、その上に対象を配置して呪文を唱えて異世界に送り出す儀式を行なっているアニメを見た記憶がある。
わざわざ車を出させたことを考えても、この家にいるという転生予定者を車で連れ出し、何処かで儀式を行なう。といったところだろうか。
そのためには、先ず対象をどうにかして、ここから連れ出す必要がある。
騙して連れ出すのか、それとも無理矢理連れていくのか。
どちらにしても誘拐以外の何物でもないが、これも天災を防ぐために必要なこと。
朝日の言っていた覚悟とは非合法な手段も辞さないという意味も含まれていたのかもしれない。
そんなことを考えながら助手席を見ると、朝日はサイドミラーをのぞき込み、呑気に髪形を確認した後、誰ともなしに声を掛けた。
「では行ってくる。君たちはここに待機していて。いざというときは車を出しても良いから」
「え?」
これからが本番だと思っていたハカリが上げた疑問の声に、朝日は苦笑して手を振った。
「ここから先は、君らにはまだ早い」
「シツチョー。子供扱いはやめてよ」
ドアを開けようとした朝日の肩を、後ろから延びた滴の腕が掴んだ。
「……滴くん?」
「そっちのはどうか知らないけど、少なくともアタシたちは慣れてるよ」
「滴ちゃんの言うとおりです」
ここまでふざけていた後方二人の声も真剣そのものになり、迂闊に口を挟むこともできず、成り行きを見守っていると、朝日は諦めて小さく息を吐いて二人を見た。
「……では、滴くんは僕と一緒に。もしもの際に目隠しを」
「了解ー」
「室長。私は?」
「森羅くんはここで待機。いざというときは──分かるね?」
「ええ」
二人の視線が一瞬こちらに向けられた気がした。
「俺は良いんですか?」
「ああ。君は直ぐに車を動かせるようにしていてくれれば良い」
「……分かりました」
釈然としないが、右も左も分からない今はどうすることもできず、とりあえず頷いた。
「行くよ」
「うーい」
朝日と滴は車を降りて、目的の一軒家に向かって歩き出す。
その後姿を森羅はジッと見守っている。
滴を連れて行ったのならやはり魔法を使って誘拐するつもりなのか。
となるとますます気になるのは、その後。
異世界送りなる儀式の概要だ。
「えーっと。木林、さん? ちょっと聞きたいことがあるんですけど」
事が起こってからでは質問する時間もない。
バックミラー越しに声を掛けると真剣な顔で朝日たちを見ていた森羅が表情を変え、後ろから身を乗り出した。
「敬語は良いよ。室長はともかく私たちは役職もないし、今日からは同僚になるんだから」
まだ同僚になると決めたわけではないが、今それを言っても仕方ない。
曖昧に頷くと森羅はニッコリと笑って続けた。
「後、森羅って呼んでよ。私の名前は室長が勝手に付けたけど、下の名前は本名と近いから」
「いや、それは──」
「ん?」
笑顔のままだが、その笑みは有無を言わさない威圧感を帯びており、ハカリは小さく首を横に振ってから諦めと共に頷いた。
「分かったよ。森羅」
「うん! これからよろしくね。はー君」
「……なに、そのはー君って」
「ダメ?」
「いや、距離の詰め方えぐ過ぎ」
「んー。ダメ?」
もう一度繰り返され、ハカリは再度諦めと共に肩を落とした。
「はぁ。もうそれでいいよ」
「うんうん。それで? 聞きたいことってなに?」
「ああ。異世界に人を送る儀式のこと。具体的には何をするんだ?」
その問いに、森羅はそれまで浮かべていた笑みを引っ込めた。
「見ていれば分かるよ」
鋭さを秘めた一言と共に、森羅はジェスチャーで窓を空けるように促した。
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