第4話 天災対策企画課・異世界転生応援室

 抵抗する気力も失せ、人魚に案内されるまま到着した部屋に入ると、中では全員同じ黒いスーツを着た女性が三人待っていた。


 入って直ぐカウンターがあり、奥にはデスクが四つ纏まって置かれている。さらにその後ろには室長と書かれた札の置かれたデスクが一つと、横には擦りガラス製の衝立に区切られた一角にソファとテーブルという応接セットが置かれていた。

 市民と直接対面する市役所ならではの配置だ。


 三人はカウンターの奥に並んで立ち、その真上には情報精査準備室と書かれたプレートがぶら下がっていた。

 並んでいた内の一人、先日病院であった朝日月夜が一歩前に出て、両手を広げた。


「待っていたよ釣合くん」


 朝日には色々聞きたいことはあったはずだが、頭が回らない。

 そんなハカリを気遣ったのかは不明だが、一緒に入ってきた人魚が泳いでカウンターを越え、朝日とハカリの間に滑り込んで言う。


「シツチョー。この人なーんも聞いてないんだってさ」


「待ち合わせ場所までは来ていたのだろう?」


「偶然だったみたい。アタシの足見たら驚いて黙り込んだから、そのまま連れてきただけ」


 人魚の説明と共に朝日が眉を顰める。


「裏口の警備員から聞かなかった?」


 責めるような言い方で、対応の不手際でたらい回しに遭ったことを思い出し、憮然と告げる。


「裏口の守衛室には巡回中の札が出ていて、警備員とやらもいつまで経っても戻って来なかったから正面に行ったんですよ」


「あー。それ多分奥で居眠りしているんだよ。そもそもあの職場に巡回とかないし、休憩を取るときの方便だから」


 人魚がケラケラと笑い、朝日は更に眉を寄せた。


「彼の不真面目さは知っているが、こんな時くらいは仕事をしてくれると思っていた」


「それは買いかぶりですよ室長。あの人自分の代わりが居ないことを理解してますから」


 後ろで待機していた金髪の女性が朝日の肩に手を置き、そのまま流れるようにこちらを見た。


「っ!」


 ハカリも金髪の女性に目を向けて、そこでようやく気付く。


「あ、気が付いた? そうそう。私もこの娘と同じ。普通の人間じゃないの」


 楽しそうに笑って、こめかみの真横辺りを指で弾く。

 普通の人間であれば、そんな高い位置を弾いたところで空を切るだけだが、彼女の場合はしっかりと当たる。

 その耳は普通より遙かに長く、上端に向かうにつれ先細りして尖ったファンタジー世界に登場する架空種族、いわゆるエルフの特徴を如実に示していた。


 耳だけではない。

 顔もそうだ。

 美しいブロンドのショートヘアは根本から金色で染めた様子はなく、切れ長の涼しげな瞳は美しいエメラルドグリーン。

 体にピッタリと添うようなタイトなスーツによって浮かび上がる細身な体躯と長い手足。

 それらもいつか見たアニメに出てきたオーソドックスなエルフの特徴と合致している。


 何よりもその自信に満ち溢れた美しい顔立ちが最も確実な証拠と言わんばかりだ。

 滴と呼ばれた人魚の少女も相当だが、彼女はそれに輪を掛けて美人だった。

 この世界で美人と唄われる女優やモデルとも比べものにならない美しさだ。


 ハカリが未だにこの状況を飲み込めずにいるのはそのせいもあった。

 誰も彼もとにかく現実感がないのだ。

 そんなハカリを無視して、彼女たちは話を進め始めた。


「ともあれ、先ずは自己紹介からだ。僕は昨日名乗ったから、三人とも挨拶を」


「はーい。私は木林森羅。木に林に、森羅万象の森羅。よろしくね」


 朝日の肩から手を外し、その手を真っすぐ上に持ち上げながらエルフ、もとい森羅が言う。

 こちらもなにか返そうとしたが、その前に人魚が口を開く。


「アタシは海湖沢滴。海、湖、沢で海湖沢。シズクはそのまま水滴の滴……ほら、お前もちゃんと挨拶しておけよ」


 滴と名乗った人魚は自己紹介の後、空中を泳いで朝日の後ろに隠れるように立っていた最後の一人を前に引きずり出した。

 小柄で真っ黒なおかっぱ頭の少女は、まだ中学生かせいぜい高校生に入ったばかりにしか見えない。


 例によって顔立ちは整っているが目立つところはなく、どちらかというと朝日のような特徴のない美人といった風体だ。

 唯一年齢にそぐわない真っ赤な口紅だけが非常に目を引いたが、似合っていないわけではなく、むしろ不思議と調和が取れていた。


「大中小子。字はそのまま大中小に子供の子」


 淡々と感情の籠もらない声で告げ、その少女、小子は早々に朝日の後ろに戻っていった。

 朝日は微苦笑を浮かべ、少女の頭に手を置いた。


 名字と関連した名前であることもそうだが、エルフが木に関連した名前、人魚が水に関係した名前は明らかに種族と関連して付けられたものに違いない。


(俺が言えたことじゃないが、全員すごい名前だな)


 ハカリの心を読んだかのように滴が目尻を吊り上げ、朝日をにらみ付ける。


「言っとくけどこのふざけた名前は本名じゃないからな。付けたのもアタシじゃなくシツチョーだし」


 滴の視線を受けた朝日は小子の頭を撫でたまま、器用に両肩を竦めた。


「僕一人では寂しいじゃないか……ああ、一人称についてはこれが素だから気にしないで」


 女性ながら一人称が僕というのは確かに変わっているが、人魚やエルフを見た後では驚くに値しない。


「君の名前も改名は必要ないよね。釣合を秤る。実に良い名前だ」


 朝日がニヤリと笑った。


「それはどうも」


 もとより改名する気など無かったが、さっさと話を進めようと適当に言い、本題を切り出す。


「それで。説明していただけるんですよね?」


「もちろんだ。君に来てもらったのはそのためだからね。とはいえ、どこから説明したものか」


「最初から頼みます。もう何がなんだか」


「どこを最初にするか難しいところなんだけど……立ったまま話すのもなんだ。あちらで話そう」


 奥の応接セットを指した朝日はそのまま歩き出し、滴と小子もその後ろに続く。

 エルフの森羅だけは残ってこちらに近づくと、可動式カウンターの一部を持ち上げ、ハカリを招き入れた。


「改めてようこそ。天災対策企画課・異世界転生応援室へ」


 ハカリを室内に招き入れた後、自然な動作で指を伸ばす。


 指した先には入室した際に見たプレートがあるが、先ほど見た情報精査準備室ではなく、彼女が口にした室名が刻まれていた。

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