第10話 魔王がチョロくてなにが悪い

 エルダー・ゴッド・ウォーリアはゲームだ。その中で剣術を学ぶのにプレイヤーが実際に剣を振り回す必要はないし、魔法を覚えるために難しい魔導書を読んだり瞑想したりする必要はない。

 いくら現実で料理が得意でも、その技はゲームに反映されない。クマを素手で撲殺できるような格闘技の達人がプレイしても、ゲーム中でクマを撲殺するにはゲーム内部のステータスを上げなければならない。


 エルダー・ゴッド・ウォーリアで新しいスキルを習得するには、レベルアップで得たスキルポイントを、目当てのスキルツリーに振り分けていけばいい。

 剣のスキルツリーにポイントを振れば剣のスキルを覚える。弓矢。防御。隠密。錬金。鍛冶。解錠。魔法――スキルツリーの種類はほかにもある。


 ゲーマーである私は、効率のいい経験値の稼ぎ方とか、スキルポイントの振り分け方のアドバイスはできる。

 だが、実際に体で行う魔法の先生になるなんて自信が……いや、できる。

 なぜなら私はこの世界でも見事に魔法を使ったではないか。

 セシリーと一緒に、風を操って大ジャンプした。

 あの感覚を教えてあげればいいのだ。


「教えて見せましょう!」


「おお、さすがはメグミ様。まずは、さっき見せていただいた、なにもないところから物を出す魔法を覚えたいのですが」


 パクラ老は子供のように目を輝かせる。

 歳を取っても好奇心を失わないのは素晴らしいと思う。

 できることなら教えてあげたい。

 けれど。


「あの魔法だけは……教えるのが難しいかな。正直、自分でもどうやってるのか分からないし。厳密には魔法じゃないと思うし」


 アイテムを出したり入れたりするのは、ただのゲームシステムだ。

 プレイしているときから「これってどこにしまってるんだろう?」と不思議だった。現実でやってみると不思議を通り越して不気味だ。が、便利なのでやめられない、とまらない。


「そうですか……では、ほかにどんな魔法があるのですかな?」


「そうだね。最近使ったのだと」


 私は風を巻き起こして、周りの木々より高く跳ぶ。

 ばひゅーん。

 そして着地の瞬間にまた風を起こしてブレーキをかけ、ゆっくりと両足を土につけた。


「こんな感じ」


「ほう、素晴らしいですな! それで、ワシが同じ魔法を使うには、まずなにをすればよろしいでしょう?」


「えーっとね。こう……ぐわっと魔力を出して、びゅおーっと風を巻き起こし、ばひゅーんと飛んで行くイメージ!」


「は?」


 パクラ老の表情から尊敬の念が消えた。

 私は精神にダメージを負った。


「申し訳ありませんメグミ様。あまりにも難解なため一瞬、我を失ったのじゃ。もしや今のは、異世界流の冗談ですかな?」


「冗談に聞こえるほど私の説明分かりにくかった……?」


 泣きたい。

 いや、自分でも雑な説明だなぁと思わなくもないけど。

 どう説明しろと言うのか。

 こっちはちゃんと魔法を学んだ経験はなく、昨日からなんとなくでやってるんだぞ。


「メグミ様、メグミ様。選手交代しましょう。その……あまりにも見ていられません」


「セシリー! その哀れみの顔はなに!? あなただって昨日初めてこの世界に来たんだから、私と似たようなものでしょ。そりゃ、セシリーのほうが説明するの、私よりちょっと得意かもしれないけど……」


「お言葉ですが……魔法に対する理解は、私のほうが遙かに上かと」


「遙かに!? ちょっとではなく遙かにときましたか! ではセシリーの先生としての実力、見せてもらおうじゃないの!」


「かしこまりました」


「ふふん、お手並み拝見ね……!」


 私は腕を組み、偉そうにふんぞり返り、少しでも自分を大きく見せようとした。

 しかし、それが逆に心の小ささを露呈している気がしてならない。


「ではパクラ老。魔法を使うには、まず自分の魔力を感じ取れるようになる必要があります」


「魔力。聞いたことはありますな。魔法の源になる力。ですが、それを感じろと言われましても……ワシにもありますじゃろか?」


「あるかどうかは正直、断言できません。私たちが前にいた世界では、そこらの村人でも魔力を多少は持っていました。しかし、この世界がどうかは未知数です」


「試してみるしかない、というわけじゃな。ならばやってみましょう。一応、なにかコツのようなものは?」


「そうですね……パクラ老はその長い人生で、様々な経験を積んできたと思います。その中で、不思議な力が沸き起こった経験はありませんか? 例えば、体力的にはもう絶対に動けないはずなのに、気合いで動けたとか。見えるはずのない頭上から落ちてきた物をなぜか察知できて命拾いしたとか」


「あります、あります!」


「それらは無意識に魔力を使っていた可能性があります。それを意識的に使うのが魔法です。なのでまずは、過去の不思議な経験を思い出してください。そのときの感覚を呼び起こすことができれば、魔力を理解する第一歩になります」


「なるほど……あのときの感覚を思い出す……」


 パクラ老は瞑想するように目を閉じた。

 私はセシリーの説明が想像以上に本格的だったので、驚き、そして焦っていた。

 魔王より魔法に詳しい部下がいてもいいのか。

 これは私の沽券にかかわるぞ、困ったぞ。


「なにやら体がポカポカしてきた気がしますじゃ」


「そのポカポカを、どこか一点に集めてください。どこでもいいですが、分かりやすいのは……人差し指の先とか」


「難しい注文ですな……しかし、やってみせまずぞ!」


 パクラ老はカッと目を見開き、右手の人差し指を睨みつける。

 その先端に魔力が集まっていくのが、はたから見ている私にも分かった。

 やがて彼の指先は、誰の目にも明らかなくらい淡く光り出した。


「おお……おおっ! ワシの指が! セシリー様、これが魔力ですかっ!?」


「はい。おめでとうございます。パクラ老にはちゃんと魔力がありましたね。今はまだ、そうしてわずかな光を出すのが精一杯でしょう。ですが練習を重ねれば、さっきのメグミ様のように風を操ったり、あるいは火や水を出したりできるようになるでしょう」


「素晴らしい! ほほ、年甲斐もなく興奮してきましたぞ。セシリー様、ありがとうございます。実に分かりやすい説明でした」


「いえいえ。頑張ったのはパクラ老です。と言うか、まさか一発で成功させるとは思っていませんでした。この世界の人は魔法の才能があるのか、猫耳族特有なのか、パクラ老の個人の資質なのか……いずれ調べてみる必要がありますね」


「ワシとしては猫耳族全体にこの才能があって欲しいものです」


 パクラ老に魔法の才能があった。

 素晴らしいことだ。素直に祝福する。

 しかしセシリーはいつ、どこで、こんな魔法の理論を学んだのだろうか。

 確かに昨日、ゲームシステムに依存しない魔法を使い、その感覚を私に説明してくれたが、その時点ではここまで具体的に分かっていなかったはず。

 あれから起きたことといえば――。


「ま、まさか今朝貸した本を、もうマスターしちゃったの!?」


 エルダー・ゴッド・ウォーリアは様々な物をアイテムとして入手できるのが特徴で、本もその中の一つ。

 図書館や民家の本棚に並ぶ本はたんなる背景ではなく、実際に一冊一冊を読めるのだ。

 シリーズが進むにつれ登場冊数が増え、三作目では千冊を超えたらしい。

 とはいえ、読めるといっても、一冊の文字数は長くて数千文字程度。ゲームの世界設定を解説する本、宝物の隠し場所を記した本、ただの日記――などバリエーションは多岐にわたる。


 今朝セシリーが「ゲーム中の本って、この世界でも内容がそのままなのでしょうか? それとも外見に見合った長さに変わっているのでしょうか?」と言い出した。


「ああ、言われてみればゲームの本って見た目は分厚いのに、中身は冊子程度の分量だもんね」


「メグミ様。本を結構集めていましたよね。魔法技術の本があれば一冊貸してください。もしかしたら今後のヒントになるかもしれません」


 そんなやり取りをし、私はセシリーに『魔法理論〈初級〉』という本を渡した。

 受け取りパラパラめくった瞬間セシリーは「あ、中身は全然違いますね。ちゃんとした本ですよ、これ」と言って、熱心に読み出した。

 そのあと朝食の時間になったので読書を中断したはずなのだが……いつのまに読破したのか。


「いえ、全体を拾い読みしただけです。それでも、かなりヒントになりました」


「拾い読みだけであんなに上手に人に教えられるようになるとは……くっ、従者が優秀で嬉しいわ、セシリー!」


「嬉しいと言いつつ、とても悔しそうですねメグミ様」


「そう、悔しいんだよ! 分かってるくせにニヤニヤしながら言うな!」


「ふふふ。私の魔王様がかわいくて幸せです」


 ぐぬぅ、お姉さんぶりやがって。まあ、セシリーをお姉さんキャラに設定したのは私なんだけど。

 それにしても拾い読みか。私は読書するときは一ページ目から最後までじっくり読むタイプだ。誰だか知らない人の解説文が巻末にあったらそれも読む。まず全体を流し読みしてから改めて読み直すようなやり方は性に合わない。合理的だとは思うけど、ページをめくる体験を雑なものにしたくないのだ。

 だから肩に力が入って、なかなか読み進められなかったりする。しかし今は怠けたことを言っていられない。私も『魔法理論〈初級〉』を読もう。一ページ目からじっくりと。


「メグミ様。あなたにも感謝しますぞ」


 パクラ老は私を見た。


「ん? 私の説明は難解だったんじゃないの?」


「説明は、確かに。しかしワシが魔力を感じ取れたのは、直前にメグミ様が魔法を使ってくれたからですじゃ。あれを見たからこそ、魔法は実在すると改めて強く確信できました。おかげで自分の魔力と真剣に向き合えました。ありがとうございます」


 パクラ老は深々と頭を下げた。

 それで私の機嫌は一気に治った。もう有頂天だ。


「うふふふ。頭を上げてパクラ老。本当に凄いのは、一発で成功させたあなたと、教えるのが上手なセシリーだし? でも私の手本を褒めてくれるなら、素直に褒められておくね。うふふふふふふ」


「やれやれ。私の魔王様がチョロくてかわいいのは幸せですが、ちょっと心配です」


 セシリーはため息をついて、頬に手を当てる。

 なんとでも言ってくれ。

 頑固にいつまでも拗ねるより、よっぽどいいと我ながら思うぞ。

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