第9話 開拓開始

 次の日の朝。

 約百人の猫耳族が仲間になった。

 私は魔王で、みんなは国民だから、どうしても上下関係が生まれてしまう。けれど私は、みんなを対等な仲間だと思いたい。


 もちろん、王としての役目を放棄するつもりもない。

 王の役目。それは国民の生活を安定させること。

 水は近くに川があるから安心。食料は取りあえず果物がある。防衛戦力は私とセシリーがいれば大丈夫。ゆえに、さしあたって必要なのは住居である。


「ここは森だから木材はいくらでもあるんだけど。この中に家を作った経験ある人、手を上げてー」


 私は掘っ立て小屋の周りにみんなを集め、さほど期待せずに質問する。

 ところが予想に反し、にょきにょきと沢山の手が上がった。大人は男女問わずほとんどだ。


「ヒューマンに頼れませんから、自分たちの家は自分たちで作っていました。巨大な城を作れというのは無理ですが、木造家屋ならお任せください」


 ファレンは誇らしげに言う。


「おお、凄い! あなたたちを誘って本当によかったよ」


「お褒めにあずかり光栄です。ですが……木を切る道具がありません……」


「あー」


 猫耳族の武器は、クワやカマなどの農具。

 土を耕したり草を刈るには便利だが、太い幹を切断するにはまるで向いていない。


「村にあった斧は全てゴブリンに奪われてしまい……いや、しかし! 頑張ればクワで木を切るのも可能です!」


 ファレンは張り切って拳を握りしめた。


「待った待った。無茶はしないでよろしい。斧なら沢山持ってるから」


 ゲームでちぃちょい山賊のアジトを襲撃して遊んでいたが、なぜか彼らは斧を装備していることが多かった。山賊の死体から回収した斧や鎧は、アイテム欄に入れたままだ。そのうち売ろうと思いつつ、面倒で放置していたのが幸いした。


 私は「えいっ」と声を出し、地面に斧を並べた。斧だけだと全員に行き渡らないので、鉄の剣も出す。肉厚の刃だから木を切るのにも使えると思う。


「急に斧と剣が現われた……! これはメグミ様の力ですか!?」


「そう。私は手に入れたアイテムを、消したり出したりできるの。魔法みたいなものと思ってくれればいいよ」


「魔法! やはりメグミ様は魔法の使い手でしたか。まさかこの目で魔法を見る機会があるとは、人生なにがあるか分からないものです」


ファレンはとても感動した様子だ。


「そういえば。昨日も言ってたけど、この世界、魔法って珍しいの?」


「珍しいと言いますか……現在でも魔法を使える者がいるとは知りませんでした。何百年も昔はいたと言われていますが……それも確証はなく。実のところ俺は、魔法など存在しない、おとぎ話のようなものだと思っていました」


 ふむ。

 やはりゲームとはかなり異なる世界らしい。


「……パクラ老も魔法を見たことはないのですか?」


 セシリーが質問する。

 なんだか少し元気がないような。私の気のせいかな?


「ほほ。確かにこの中でワシが一番ジジイじゃが、歴史の流れに比べたらワシが生きてきた時間など一瞬じゃよ。ワシも魔法を今日、初めて見た。しかし、かつて魔法が実在したというのは疑っておらんよ。なにせ、ただの作り話にしては、痕跡が多すぎる。そもそもワシら猫耳族も、かつて魔法で作られた種族という話になっておるからのぅ」


「魔法で作られた種族ですか?」


「左様。かつて、魔法が今のように完全に途絶えていなかった時代があった。その時代でも魔法の使い手――魔法師は限られていたという。そして魔法師の間でも、才能の優劣が顕著にあった。努力では乗り越えられない絶対的な差があった。そして限られた天才的な魔法師の一部が、愚かな考えを持った。自分たちは他人より優れているのだから、世界を支配する権利があるはずだ、とな。結果的に愚かな魔法師たちは敗北したわけじゃが……世界は大きなダメージを負った。いくつも滅んだ国があったという。消滅した島もあったという。たった数人の愚かな魔法師のせいで」


 パクラ老はそこで一息つき、私とセシリーの目を見た。

 信じられない話だろう、と言いたげだ。

 けれど、信じる。

 エルダー・ゴッド・ウォーリアの歴代ラスボスだって、国を滅ぼせそうな奴らだった。三作目のラスボスなど世界を滅ぼそうとしていた。私とセシリーは、そんな連中を相手に勝ってきたのだ。

 だから私たちもその愚かな魔法師と、おそらく同格以上の力を持っている。


「生き残った人々は魔法を禁止した。魔法にかんする本は全て燃やした。隠れて魔法を使ったり研究したりしているのがバレたら殺された。そうして魔法は廃れた……と言うより意図的に抹消されたわけじゃ」


「なるほど。そういう歴史があったんだ。でも、猫耳族が魔法で作られたっていうのは?」


 と、私は尋ねる。


「おっと、言い忘れとった。なに、複雑な話ではない。その愚かな魔法師たちが兵隊として作ったのがワシら猫耳族らしいのじゃ。普通の人間よりも身体能力が高く、少々の傷ではひるみもせずに向かっていく。そして愚かな魔法師たちに絶対服従……そういう兵隊だったそうな」


 かつて世界を震撼させた者たちによって作られた種族。

 それが事実なら、確かに人々が猫耳族を忌み嫌う理由になる。


「パクラ老。俺はその話、ヒューマンが作った嘘だと思うぞ。奴らは単に、姿が違う俺たちを迫害したかっただけだ。現に、エルフのことだって俺たちほどでないにせよ、白い目で見ているじゃないか。セシリー様もエルフですから、それは分かっていますよね?」


 そうファレンが言う。


「いえ。ヒューマンの街に行っても、変な目で見られたとか、そういう経験はありませんけど」


「なんと! そんな地方があるのですか!?」


「地方というか、別の世界と言いますか……」


 セシリーが困ったように呟くと、ファレンの妹エリシアが目を光らせた。


「別の世界というのを詳しく聞かせてもらえないでしょうか? メグミ様もセシリー様も、この世界の常識を知らなすぎです。そして逆に、私たちが知らないことを知っているご様子。私たちはメグミ様に忠誠を誓いました。王として祭るお方が何者なのか、知っておきたいと思います」


 エリシアはクールな印象そのままに、鋭く追求してきた。

 彼女の疑問は正論だと思う。

 どこから来たのかも語らない相手に従うなんて、私だって嫌だ。


「メグミ様。猫耳族のみなさんと信頼関係を築くには、私たちの事情をある程度は語るべきと思いますが……よろしいでしょうか?」


「うん。私も同じこと思ってたとこ」


 最初は猫耳族のみなさんを追い返そうとしていたセシリーが「信頼関係を築く」だなんて……一夜で成長したなぁ。

 私はしみじみと思いつつ、自分たちがこの世界の生まれではないと語ることにした。


 とはいえ、ゲームの話をしても混乱させるばかりだろうから、単純に異世界から来たとだけ教える。

 その世界で私とセシリーはずっと一緒に旅をしていた。

 ふと気づいたらこの世界にいた。なぜ転移してしまったのかは分からない。

 右も左も分からないところで猫耳族たちと出会えて本当に助かった。

 しかし、この世界の知識がなくても『強さ』には自身があるので、もしゴブリンの群れが来ても必ずみんなを守ってみせる。

 魔王とは、魔法を究めた者が肉体と魂を変質させ、寿命から解放された不老の存在である――というゲームの設定も語る。


「な、なるほど……この世界のほかにも世界があると神話で語られていますが、そこから転移してきたのでしょうか?」


 エリシアは考え込みながら言う。


「へえ、そういう神話があるんだ。私もセシリーも、こうなっちゃった理由はサッパリ分からないよ」


「初めて聞く話ばかりでしたが……信じます。メグミ様とセシリー様が私たちにしてくださったことはどれも、この世界の常識を越えていますから。異世界から来たと言われると、むしろ納得がいきます」


 エリシアは納得してくれた。

 ちゃんと正直に説明できてよかった。

 ここで変に誤魔化して、あとで疑念が膨らんだら辛い。

 仲間に対して秘密を持ちたくないし。


「それでは異世界の魔王メグミが、異世界のアイテムをみんなに授けちゃおう。そーれ!」


 エルダー・ゴッド・ウォーリアは武器や防具、ポーションなどの冒険に必要なアイテムだけでなく、使い道のないどうでもいい物もアイテム欄に入れられる。

 家に入ってタンスをあさって服を盗めるのはもちろんのこと。テーブルの上の皿やフォーク、コインの一枚一枚まで入手可能だ。

 あまりにも掴めるオブジェクトが多すぎて、うっかり操作ミスで人の物を盗ってしまい、衛兵を呼ばれるなんて日常茶飯事だ。

 なぜここまで?というほど細かく設定してあり、そんな機能はいらないというユーザーもいる。けれど私は、その細かさこそがゲームへの没入感を高めていると思っていた。


 ハンマーとかカンナとか、ゲーム中では一度も使わなかった物が、私のアイテム欄に眠っている。

 それらがついに役立つときが来たのだ。


「大工道具セットだ! こんなに揃っているなら、立派な家を作れますよ! 見ていてくださいメグミ様! 行くぞ、お前ら! まずは森林伐採だぁ!」


「おおおおおおおっ!」


 ファレンの音頭とともに猫耳族たちは走り出す。頼もしい。


「ほほほ。勇ましいことじゃて」


「パクラ老は行かないの?」


「あと二十歳若かったら一緒に駆け出していたんじゃが。それよりもワシは、メグミ様とセシリー様と、今後について話し合いたい。寝泊まりする家さえあれば、それで不自由なく生きていける、というものではないからのぅ」


「それはそうね。近くに川があるから水はいいとして。食料はこのフルーツを植えて、果樹園を作ろうと思ってるの。あと魚を釣ったり、狩猟したり」


「家畜にできそうな動物がいたら、捕まえて牧場を作るのもよろしいでしょう」


 と、セシリーが捕捉してくれた。

 いいね、牧場。私、羊さんを眺めて癒やされたい。


「うむ。食料は大切じゃ。王として色々考えてくださっているようで嬉しいですじゃ。ところでワシの提案も一つ聞いてくださらぬかのぅ?」


「そりゃ聞くけど。私は神様じゃないから、無理なものは無理だよ?」


「ではメグミ様。ワシらに魔法を教えるというのは可能ですかな?」


 魔法を、教える。

 ゲームでは決して出てこなかったイベントに、私は首を傾げた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る