第8話 セシリーの視点
メグミ様を抱っこして寝る。
これほど幸せなことがあるだろうか。いいや、ない!
私は幸福すぎて尊死しそうになりながらも、自分の使命のため、涙を呑んで身を起こす。
ベッドではメグミ様が、床ではアオヴェスタが、それぞれ愛らしい寝顔で、すぅすぅと寝息を立てている。
私は二人を起こさないよう、そろりそろりと小屋の外に出た。
向かう先は、猫耳族たちの野営地。
彼らの運命を決める話し合いだ。そう簡単に答えを出せずにいるだろう。
それを盗み聞きするのだ。
メグミ様は猫耳族を完全に信用しきっている。
私もあの人たちがこちらに悪意を持っていないことくらい分かっている。
だが人は状況によって変わってしまう。
もし万が一にでも、猫耳族がメグミ様に害をなす可能性があるなら、私はそれを排除しなければならない。
彼らだけの話し合いを聞けば、私やメグミ様には見せない表情も出てくるはず。
それを知らなければ、猫耳族を信用するのは無理だ。
場合によっては彼らの命を奪う選択も――。
「隠匿。暗視」
私は魔法を唱え、気配を夜の森に溶かす。続いて、鷹のように夜目が効くようにした。
これらはゲームで何度も使った魔法だ。ゆえに布団を乾かす温風よりも簡単に使える。
次にゲームにはなかった魔法。風を操り、木の枝から枝へと音もなく飛び移る。これはゲーム魔法より集中力を使う。
「いた」
その呟きも風魔法で遮られ、周りに聞かれる心配はない。
私は枝の上に立ち、焚き火を囲んで話し合う猫耳族を見下ろした。
「――結局のところ、メグミ様に従うしかないじゃろ。仮にゴブリンが駆除されたとしても、ノイエ村の復興に何年かかるわ分からぬ。同じゼロからのスタートなら、メグミ様やセシリー様とともに、新しい国を作るべきじゃとワシは思う」
パクラ老の落ち着いた声が聞こえてくる。
彼は私とメグミ様を信頼してくれているようだ。さすがは老人。見る目がある。
「パクラ老。あなたは結論ありきで語っているように見えます。確かにあの二人は我々を飢餓から救ってくださった。それには感謝しています。しかし、あの二人は何者なのでしょう? なぜこんな森にいるのです? この森に国を作ってどうするつもり? ヒューマンとエルフに見えますが本当にそうなでしょうか? まったく未知の存在かもしれません」
そう疑問を並べたのは、二十歳くらいの女性だ。
神経質そうな人相をしている。
私たちに疑念があるらしい。要注意人物としてマークだ。
「ふむ。するとエリシア。お前はメグミ様とセシリー様がワシらを騙して、なにか罠にはめようとしているとでも言いたいのか? こんな無力なワシらにそんなことをして、なんの得になるのじゃ?」
「分かりません。相手は人の範疇にあるかさえ分からない相手です。私たちの価値観で測るべきではないと思います。それに……」
「それに、なんじゃ?」
「メグミ様とセシリー様は美しすぎます」
「ん?」
んん?
「あの美しい二人が並んでいるのを見ると、まるで百合の花が咲き誇っているようです……近寄りがたいし、近寄るべきではない。この森の奥でひっそりと二人っきりで暮らしていて欲しい。やはり女の子は女の子と恋愛すべき。そこに他人が入り込むべきではありません。例え、同じ女である私であっても……」
あ。このエリシアって人、信用に値するかもしれませんね……?
「お主がなにを言っておるのか、さっぱり分からんぞ」
えー。パクラ老ってば分からないの? おっくれてるー。
「おい、エリシア。お前が女性同士の恋愛小説が好きなのは知っている。ヒューマンの街への買い物を率先して引き受けるのは、そういう本を買うためなのも。そういう小説を自作しているのも知っている。その趣味は否定しない。しかし今は自重しろ。村人全ての命がかかっているのだぞ。満腹になって余裕ができたからって、妄想を爆発させるな」
ファレンはエリシアに釘を刺した。
「ちょ、ちょっとお兄ちゃん! みんなの前でバラさないで!」
鉄仮面のようだったエリシアの表情が崩れ、赤くなり、あたふたと慌て出す。
エリシアはファレンの妹らしい。
それにしても女性同士の恋愛小説、か。
エリシアは読むだけでなく自分で書くらしいが、これから私とメグミ様を題材に書いたりするのだろうか。
もしそうだとすれば……是が非でも読みたい。
いや、やましい気持ちではなく。
魔王とその側近である私の恋愛小説なんてものがあったら、秩序を乱しかねない。だから、それがどんなものかチェックする必要がある。そう、あくまで義務。
やましい気持ちはない。本当だ。そんなにない……ちょっとだけあるかも……。
「それに、慎重論も私の本心です。なるほど確かに、ノイエ村に帰ればゴブリンに殺される。逃げ続ければいずれ餓死するのは確実。なら、この森でやっていくしかないというのは私も同意します。ですが、メグミ様とセシリー様に対する疑問は、頭の隅に置いておくべきだと思います」
エリシアは再び冷静な口調に戻る。
「ふむ。もっともな意見じゃな。だがそれは向こうから見たワシらにも言えること。メグミ様はともかく、セシリー様はワシらを警戒しておる。それは仕方がない。今日出会ったばかりなのじゃから。じゃが……ともに国を作り、何度も語り合い、お互いを知れば、いずれ深い信頼関係が生まれるじゃろ」
「ではいい加減、話をまとめよう。メグミ様を王として認め、彼女の国づくりに参加する。それに異議ある者は、今この場で表明して欲しい」
村長代理のファレンは、同胞たちを見回す。誰も異議を唱えない。
むしろ「異議なし!」と挙手する者たちが出てきた。
「ノイエ村に帰れないのは残念だが、あてもなく逃げ続けるのはもう御免だぜ。それにメグミ様もセシリー様も美人だからな。あんな人たちに支配してもらえるなら願ったりだ」
「あんた! あたしの前でよくそんなセリフが言えたね!」
「いや、お前が一番美人なのは変わらんよ! メグミ様とセシリー様はその次だ」
「あら、いやだ。あんな美少女たちよりあたしのほうが綺麗だってのかい? 嬉しいねぇ、うふふ」
「ふぅ……やれやれ、嫁がチョロくて助かったぜ」
「な、なんだって!? あんた、そこを動くんじゃないよ!」
「ぎゃー、殺されるぅ!」
そんな夫婦漫才に、平和な笑い声が上がる。
ほんの半日前まで死にかけていた猫耳族たちの目に、希望が灯っている。
メグミ様や私を信じてくれているのだ。
ドクンッ、と心臓が高鳴った。
誰かに信じてもらえる嬉しさと、その信じてくれた人たちを殺すことさえ考えた自分に、動悸が止まらない。
私は間違っていない。
メグミ様に害を及ぼす者は全て殺す。その前提自体は間違いではない。
けれど私は、猫耳族たちが敵かもしれないと……いや、違う。敵だったらいいなと思っていた。敵だったら皆殺しにする口実が生まれ、メグミ様と二人っきりになれると、そう思っていた。
そんな自分に気づいて、体が震えてきた。
病室でゲームをしていたメグミ様は、ずっと友達を欲しがっていたのに。
自分だけがメグミ様のそばにいればそれでいいと思い上がってしまった。
なんて汚い心か。
メグミ様のためと言いつつ、結局それは自分のためではないか。
私は唇を噛みしめる。急に怖くなった。大急ぎでメグミ様のところへ戻り、抱きしめて目を閉じる。
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