第117回 君の顔では泣けない その2
続きです。
—―そのとき、俺は誓ったのだ。いつ水村が水村の人生を取り戻してもいいように。水村が辛い思いをしなくていいように。そのために俺は水村として完璧に生きて、家族もクラスメイトも恋人も騙してみせるのだと。—―(君の顔では泣けない P.43)
はじめのうちこそ、「俺の体を返せ!」なんて取り乱していた主人公ですが、元に戻るのが難しいと悟り、精神的にとても成長します。
また、上手くやるためには周りの人間関係について情報交換を密にしなければいけないという事は、入れ替わり物を書く上でとても参考になりました。
「夫のカノジョ」でも情報交換の重要性は描写されていました。
—―俺が一番
やっぱりそうですよね。彼氏のように親密な関係の人を騙すのはかなり大変だと思います。
主人公もヒロインも相当役者だと思います。なにせ15年間も家族や恋人等を欺き続け、入れ替わった事がバレなかったのですから。
とはいえ、意外(?)な人物が違和感を感じていました。
—―顔が異様に近い。吐息が髪の毛越しに耳にかかる。生暖かくて気持ち悪い。手はいつの間にか脇腹を撫で回すように動いている。姿勢を矯正するふりで磯矢の指先に力が
(中略)
「誰だお前、今部活中だぞ」
磯矢がそう憎々しげに言い放つのと、水村が不格好に両手を構えるのとはほぼ同時だったように思う。それに気づいた俺が、おいそれはやめとけ、と叫ぶよりも早く、水村の右手が磯矢の頬を打ち抜いた。それほど重い一撃とも思えなかったが、完全にノーガードだった磯矢の顔面は空に跳ね、そのままグラウンドに倒れ込んだ。きゃああ、とテニスウエアの女子達が叫ぶ声が聞こえる。田崎が慌てた様子でこちらへ駆けてくる。磯矢は鼻血を出して殴られた頬を押さえ砂まみれで転がっている。俺が
「めっちゃ気持ちよかったあ」
何笑ってるんだ、この女は。—―(君の顔では泣けない P.57、P.58)
磯矢は、まなみが所属しているソフトテニス部の顧問です。その立場をいい事にまなみにセクハラし放題でした。田崎は主人公(今はヒロインと入れ替わっているが)と仲の良い友人です。
まなみはずっと我慢していたのですが、入れ替わって見ていた時に我慢出来なくなってついに殴ってしまいました。
その後磯矢は学校を辞めました。セクハラがバレて居づらくなったのでしょう。
—―でも今思うと、もう水村はこの時から,水村まなみとしての人生を俺に譲り、坂平陸として生きる決意をしていたのかもしれない。事実、水村は俺とは違いうまく立ち回っていた。驚くことに水村は俺の体で彼女を作り、そしてあっさりと童貞を捨てた。なんだか断れなくて、と笑っていた。ふざけんな、だったら俺も好きなようにさせてもらう、と思ったが、だからといって処女を捨てることもできなかった。—―(君の顔では泣けない P.73、P.74)
やはり主人公よりもまなみの方がずっと順応性が高いですね。すぐに男の体にも慣れたようです。
対して主人公はなかなか女の体になった事を受け入れることが出来ませんでした。彼氏がキスしようとしても拒んだり、草食ぶりを発揮します。私からしたらとてもうらやましいのですが。絶対に元に戻りたいとは思わないでしょう。
—―気付いていたのだ。誰も気付かなかった、水村の演じる坂平陸という男の違和感に、弟の禄だけが気付いていた。明確にではないけれど、
嬉しかった。水村には申し訳ないけれど、なんだかすごく嬉しかった。以前の俺をちゃんと覚えていてくれて、今の俺を本当の俺じゃないと言ってくれる人がいる。しかも、それが自分の弟だった。何故か目頭が熱くなる。自分のことを知ってくれている人がいるということが、こんなにも嬉しいことだなんて、思ってもいなかった。—―(君の顔では泣けない P.96)
親や恋人、夫婦よりも兄弟姉妹にバレそうになるというのはリアルですね。私もたぶんそうなるような気がします。実は最も身近な人間なのかもしれません。
◇◇◇◇◇◇
読んでいただきありがとうございました。
次の第118回も引き続き「君の顔では泣けない」です。お楽しみに。
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