第116回 君の顔では泣けない その1

「君の顔では泣けない」は、君嶋彼方きみじまかなたの小説です。この作品は小説野性時代新人賞を受賞した「水平線は回転する」を改題したものです。


 今のところ実写化等はされていませんが、「王様のブランチ」で取り上げられ、先日所沢サクラタウンに行った時に、ダ・ヴィンチストアで「推し活」されていました。


 以前、「僕産み」の参考図書として取り上げました。

https://kakuyomu.jp/works/16816927859434938319/episodes/16816927863361809711


「男女入れ替わり」の物語ですが、たいていの入れ替わり物は一時的に入れ替わっても、すぐに元に戻ります。でも、この作品はなんと15年が経過し、これからも入れ替わったままであろう事を匂わせたまま完結します。


—―十五年前。俺たちの体は入れ替わった。そして十五年。今に至るまで、一度も体は元に戻っていない。—―(君の顔では泣けない P.16)


 こんなに長期間入れ替わったままというお話は他にはあまりないですね。主人公の男(体は女)は結婚して子供まで生まれています。


—―ズボンと下着を脱いで便座に腰掛ける。今思えば目の間にき出しの異性の性器があったというのに、その時は興奮どころではなかった。胃でも腸でもなく、腹の下の辺りがぎりぎりと締め付けられる痛みがある。排便痛ではないことは明らかだった。どうしたらいいか分からずただ腹を押さえて唇をむ。

 すると、またから何かどろりとしたものが這い出た。同時に生臭い臭いがする。恐る恐るシャツをたくしあげて、便座を覗き込む。白い便器には、濁ったゼリーに似た血の塊がべったりと落ちていた。

 くらくらと目眩めまいがした。泣きそうになりながら性器をトイレットペーパーで拭く。だが、拭いても拭いても紙が赤く染まる。どうにか拭き切るとトイレを流し、扉の外へ出た。それでも痛みが治まらない。腹をかばうようにしてうずくまる。また体の奥から生暖かい液体があふれて、尻を伝う感触がした。赤く汚れていく下着やパジャマのズボンを想像して、俺は思わず目をつぶった。

 水村の母親が慌てて駆け寄ってくるまで、俺はひとり廊下で丸くなって泣いていた。—―(君の顔では泣けない P.19)


 うわ~何て生々しい生理の描写でしょうか。角川でこれが大丈夫とは意外ですね。「僕産み」を修正している時にも思ったのですが、割と淡々と描いているのならば大丈夫みたいです。


 しかし、ここまでリアルにしておきながら、出産シーンが全くなかったのはちょっとがっかりしました。


 後でセックスシーンは少し出てきます。


 性表現がどこまで許されるか、かなり参考になります。


—―答えながら、俺の声ってなんか気持ち悪いな、みんな気持ち悪いって思いながら聞いていたのかな、なんて思っていたら、「私の声ってこんななんだ」と水村がぽつりと呟いた。—―(君の顔では泣けない P.24)


「水村まなみ」は、主人公と入れ替わったヒロインの名前です。


 ここは男女入れ替わりの話ですごく参考になりました。たしかに普段自分が聞いている声と、周りに聞こえる声は違いますからね。


—―そのすぐ隣には水村がいた。俺が咄嗟とっさに水村の腕をつかんだのか、それとも水村が俺を助けようとして腕を摑んでくれたのか、一瞬のことでよく覚えていない。ともかくも、俺たちはそのまま、二人でもつれ合うようにしてプールに落ちた。—―(君の顔では泣けない P.25)


 入れ替わりのきっかけはよくあるパターンですね。階段落ちではなくプール落ちですが。


—―「お前、俺の裸見てないだろうな」

(中略)

 その言葉に一気に顔が熱くなる。うわあまじかよお、と小さく叫んで手のひらで顔を覆った。まだ家族以外の異性には誰にも見せたことがないのに。こんな形で見られることになるなんて。屈辱にも似た羞恥しゅうちで顔を上げられない。

(中略)

「ごめん、それは俺だけじゃなくて、水村もだよな。俺も、できるだけ見ないようにしたから」—―(君の顔では泣けない P.28)


 主人公はかなり恥ずかしがり屋で、草食系男子です。入れ替わった事にとても動揺して冷静ではいられません。


 これに対してヒロインのまなみはすごく冷静です。


 生理が始まったばかりで、主人公の体を気遣うくらいの余裕があります。それだけ大人なのでしょう。


—―「え、なに、お前彼氏いるの」

「いるよー。べつの高校で、二つ上だから今高校三年生かな。っていっても、まだつきあって三ヶ月くらいだけどね」

(中略)

「うわ、なんだそれやらしいなあ。どうせエロいメールばっかしまくってんだろ。ヘンタイだ、ヘンタイ」

 そんな俺の幼稚な冷やかしに、水村は顔を赤らめてうつむく。

「そんなことしてないよ。私たち、キスとかもまだだし」—―(君の顔では泣けない P.35)


 まなみは主人公よりもかなり進んでいますね。キスもまだとはいえ、ちゃんと彼氏もいます。


 主人公は童貞どころか、家族以外に裸を見せた事がないのです。


—―それが、俺の水村まなみとしての長い人生の始まりだった。もちろんその時は、そんなことはちっとも思っていなかったけど—―(君の顔では泣けない P.38)


 この時点ではまだ戻るための悪あがきをしたりしていました。


 まさか15年経過しても入れ替わったままだとは思わなかったでしょうね。


◇◇◇◇◇◇



 読んでいただきありがとうございました。



 次の第117回も引き続き「君の顔では泣けない」です。お楽しみに。

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