第99回 文豪たちの口説き本 その2
続きです。
次は石川啄木です。歌集「一握の砂」で名高い詩人・歌人です。当時不治の病だった結核で26歳という若さで亡くなっています。この頃は人生50年と言われ、今よりずっと平均寿命は短かったですが、それにしてもかなりの若さです。本当に文豪には短命の方が多いですね。
「ろくでもない啄木」と称されています。どういう事なのでしょうか。作品は素晴らしいのにプライベートがろくでもないようです。
金遣いが荒く、仕事も続かない。更に借金を踏み倒したり、女遊びも激しい。また、かなりの面食いなようで文通で熱烈なラブレターを送っていながら、写真が来て美人でなかったらすぐ冷めてしまう等、色々なエピソードが掲載されています。
—―恋とは美しき偽りを語り合うことであると、私はかつて思っていました。美しいといえども偽りは偽りです。私はいつわりを憎みます。私はこの頃このように感じ、このように思い、このように燃えたために、あなたが恐れることを知りながら、遂にこのような手紙を書いてしまいました。君よ、なぜ一日も早く君の写真を送ってくださらないのでしょう。逢いたい気持ちを耐えられない夜、君と抱きあって一夜でも深い眠りに入りたいと思う夜、私はその写真を抱いて一人寝をしますものを。—―(文豪たちの口説き本 P.110)
こんな熱烈なラブレターを送りましたが、芳子が美人でなかったのですぐに冷めてしまい、返信ペースが遅くなったそうです。しかもちょうどその頃に良子という別の女性から手紙が来て、こちらはかなりの美人。芳子そっちのけで良子に夢中になります。(シャレではありません念のため)
—―あからさまに言えば、君の目は私を
君は若い、しかし、思うに君は世の常の夢見る人ではなく、既に多少人生の味わいを解されている人でしょう。私もまたそうです。であれば、私たちは世の常である夢のような、謎めいたことだけを語り合うことはいたしますまい。それは偽りです。私たちの交わりはロマンチックの時代のそれと同じであってはいけません。君、私たちは互いに思うままに言いましょう。兎のような子どもらしい羞恥は、なんともどかしいことでしょうか。
私は君をこよなく美しい人だと思っています。このような人と華やかな電燈の下で語ることを願っているのです。さてまた手をとりかわして巷を行けば、行く人々皆二人見返るだろうと思います。そのとき君は軽く笑って私を顧みることでしょう—―これが私の妄想ですよ。
君がいるところはあまりに遠いものでございます。—―(文豪たちの口説き本 P.114、P.115)
ところが、この人は男性で、写真は無関係の芸妓という全く別人の写真というおまけ付きです。この時代にもネカマのような存在がいたとは驚きですね。
最後は友人への借金の無心の手紙が収録されています。
次は斎藤茂吉です。17冊の歌集を発表し、全17,907首の歌を詠んだ歌人です。精神科医としても活躍しています。「ストレートな歌人」と称されています。
奥さんとは仲が悪く、夫婦喧嘩が絶えなかったようです。そして、弟子の永井ふさ子と不倫関係になります。
—―どうしていつあってもこんなになつかしく、こいしいんでしょう。選歌をしていてもまるで手がつかず、とうとう大戦映画にかこつけて御あいしたのです。しかし点にも地にもただ一人のこいしい人と身を並べて生命を賭する戦闘を見ているのはこれも神明の加護というものでしょう。僕はあのときこんなことをおもったのです。こんなにこいしい感情は一体何だろうかと、これはあの兵士たちが肉迫してゆくあの『迫る』のと同じなのです。僕の全体に『迫って』くるのです。この迫る感情を僕だけが占領してしっかりと抱いていましょう。これは冥土(多分地獄でしょう)までも話さずにもってゆくのです。それゆえ決してほかの、どんな人々にも話さずに独占しているのです。清い純粋で御わかれしましょう。《略》—―(文豪たちの口説き本 P.129)
二人は、アメリカ映画「西部対戦異状なし」を見て、その感想に喩えて自分の心情を伝えています。
その後、ふさ子は医師とお見合いをし、結納まで済ませますが茂吉への未練から婚約破棄してしまいます。罪な男ですね。
次は梶井基次郎です。この人も31歳の若さで肺結核で亡くなりました。当時の肺結核は正に現代の癌に相当する病気と言っていいのではないでしょうか。初の作品集「檸檬」刊行の翌年で、亡くなってから高く評価されたそうです。悲しいですね。
作家の宇野千代に片思いをしていたようで、彼女へのラブレターが掲載されています。「不器用な恋」と称されています。
—―宇野さんは僕より年上やが、大変若く見えますよ—―(文豪たちの口説き本 P.141)
—―僕の病気が悪くなって、
もし、死ぬようなことがあったら、
僕の家へ来てくれますか—―(文豪たちの口説き本 P.144)
これは手紙ではなく、結核が悪化して地元の大阪に戻っていた時に千代と会った時のセリフだそうです。千代は「ええ、行きますとも」と答えたとか。
—―そして、僕の手を握ってくれますか—―(文豪たちの口説き本 P.145)
なんと千代はこれに同意したのだそうです。こりゃ両想いでは……
—―しょうもないやつと結婚しやがって—―(文豪たちの口説き本 P.146)
千代は洋画家の東郷青児と結婚。手紙で知らされたとの事。これを受けて弟の嫁に言ったセリフだそうです。やはり片思いだったようですね。
◇◇◇◇◇◇
読んでいただきありがとうございました。
次の第100回も引き続き「文豪たちの口説き本」です。お楽しみに。
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