第93回 ハケンアニメ! その3
続きです。
第3章の題は、「軍隊アリと公務員」です。この章では、第2章に出て来た神絵師の並澤和奈が中心人物として進みます。
—―私は、絵を描くのが好きだ。
うまくなりたい。もっともっと、うまくなりたい。
きつくても、苦しくても、儲からなくても。リア充とはほど遠い、オタク女子でも。
誰にも、バカになんかさせない。—―(ハケンアニメ! P.238)
この人の「どうして」が一番シンプルかもしれません。和奈のキャラが「軍隊アリ」という事なのです。
—―東京の休暇は、—―デートだった。
長らくずっと好きで、付き合えたらいいなと思っていた相手と、二人だけで会った。デートをいう言葉を使うことに抵抗があるくらいには、きっと自分の一方通行なんだろうということはわかっていたし、もっと言うなら、相手を「好き」と自分の中で明確に認めたのも、和奈にしては随分勇気を出した方だった。—―(ハケンアニメ! P.245)
第2章で出て来たとおり、このデートにはとんだジャマが入る事になります。でも……
—―「漫画じゃなくてアニメだよ、ばあちゃん」
宗森さん、と呼ばれていた以上、実の孫ではないのだろうけど、自分の身内のように、彼が答える。
肩幅の広い、大きな男性だった。年は—―和奈よりだいぶ上のように見えるけど、意外に若いかもしれない。スポーツ刈りの髪が、短すぎてちょっと立っている。日焼けした腕のシャツを、なぜそこまでと思うくらいねじってまくり上げているのを見て、いや、そんなの今時小学校低学年でもしないから、と突っ込みたくなる。Tシャツに、下は作業着のズボン。—―(ハケンアニメ! P.264、P.265)
彼は
—―聖地巡礼。
“巡礼”はもともと、日本語では神社や寺院を訪ね巡り、参拝すること。また、自分の信じる宗教にゆかりのある場所を“聖地”と呼んで赴くことを“聖地巡礼”と言う。
そこから作り出された、俗語としての“聖地巡礼”は、アニメや漫画、ライトノベルなどの作品舞台になった土地をファンが訪れることを指す。
—―(ハケンアニメ! P.272)
この、聖地巡礼を促進すべく、和奈にはスタンプラリーのお手伝いが割り当てられていました。
—―長崎さんは、この間のやり取りの後、最大限、自分にできることを探してくれたんだろう。自分のメリットになるからとか、市民として観光を盛り上げたいとか、そんな気持ちですらなく、ただ、知り合いの宗森が困っていそうだったから、というだけの理由で。
その気持ちは、いくら物事を斜めに見るのが得意な和奈にも、否定するのが憚られた。
この間、ただ歩くだけで人から次々挨拶される宗森を見て、市の人間すべてと知り合いなんですか、と意地悪く突っ込みたくなったけれど、観光課だからって誰もがそうなるわけではないんだろう。和奈には理解の及ばない世界だけど、それでもわかる。
この人は信頼されている。—―(ハケンアニメ! P.296、P.297)
和奈は当初、アニメ音痴の宗森をうとましく思っていましたが、このあたりから見方が劇的に変わってきます。
—―相変わらず嚙み合わない。
和奈は顔をしかめつつ、ため息をつく。けれどもう、そこに最初会った時のような苛立ちは、ほとんど感じなかった。—―(ハケンアニメ! P.305)
だいぶいい感じになってきました。
スタンプラリーは大盛況です。ところが……
—―そういえば—―と思い出す。
スランプラリーも、聖地巡礼の準備も、宗森はいつも一人でやってきた。ファインガーデンに挨拶に来る時だって、上司を連れずに一人でだ。考えてみれば、うちは一応社長が応対していたわけだから、市役所だって然るべき立場の人間がお願いに来るのが普通だったのではないか。—―(ハケンアニメ! P.332)
宗森の他の観光課の人達も、商工会のメンバーも、聖地巡礼に非協力的でした。会議で、「サバク」の絵を描いた船を、河永祭りの川下りに出す事に反対されてしまいます。三百年の伝統のある祭にアニメを割り込ませるのはけしからんというのが彼らの言い分です。なんという偏見でしょうか。
でも、遅れて現れた副理事長がアニメに理解のある人物で、かろうじてOKが出ました。この副理事長は意外な人物です。
—―「僕の高校の先輩に、アニメに詳しい人がいて、聖地巡礼のことでもいろいろ相談に乗ってもらってきたので」
「ああ—―、前に話してたアニメファンの先輩ですね?」
「いえ」
宗森が言い淀むように、小声で首を振る。怪訝に思って和奈が首を傾げると、宗森が静かに「ファンではないです」と続けた。
「アニメファンではなくて、むしろ、それを仕事にしている人です。今、大きな仕事が一つ終わったばかりなので、ひょっとしたらお願いできるかもしれないんですが—―」—―(ハケンアニメ! P.367、P.368)
舟については許可をもらったものの、川下り翌日のイベントの斎藤監督とのトークショーの相手が見つかりませんでした。なんと宗森の心当たりのある人物は王子監督だったのです。
—―有名な監督や脚本家が、自分の母校や実家の場所を知られてしまったことで、そこにファンが押しかけて問題になったり、観光大使のような形で本来の業務とはかけ離れたような仕事を依頼されたり、という話は良く聞く。あれは大変だろうな、と内心思っていた。
王子の場合、それを宗森が節度を保って止めていたのだ。観光課だったら利用しようと考えて当然なのに、むしろ、守っていた。長く一緒にいた和奈にさえ、これまでそのことを明かさなかったという事実にも、彼の人柄がよく表れている。—―(ハケンアニメ! P.370)
宗森は王子監督のために親しい事を黙っていたのです。
—―副理事長は、王子監督に顔がそっくりだった。—―(ハケンアニメ! P.374)
副理事長は王子監督の父親でした。出ましたね~物語的ご都合主義。でもこういうの好きです。
河永祭りには「サバク」チームも前夜祭から参加します。
—―宗森が、静かに、和奈の頭に手を置く。顔を上げると、目が合った。宗森がもう一度言う。
「本当に、とてもかわいい。素敵です」
それを聞いたら、今度こそ本格的に涙が止まらなくなる。せっかく褒められたのに、と思うのに、顔をぐしゃぐしゃにして、和奈はわーん、と子供のように泣き出した。
宗森に応える、ありがとうございます、という声は途切れ途切れでぐしゃぐしゃに崩れ、ほとんど、満足に言えなかった。—―(ハケンアニメ! P.406)
すっかりいいカップル化してます。
—―私のリアル、充実してる。—―(ハケンアニメ! P.410)
ついに和奈の描いた「サバク」の船が、河永祭りの川下りの会場である渓谷にお目見えしたのです。
そして最終章。章題は「この世はサーカス」です。
—―「お—―、来た来た」という声に出迎えられて、「遅れてごめんなさい」と顔を上げた瞳は、ふいに飛び込んできたポスターの上の横断幕に、胸が、いっぱいになる。
『いってらっしゃい、斎藤監督』
そう、書かれている。
全員の顔を見回す。仕事で揉めた人もいるし、喧嘩した人も、瞳が出て行くことを引き留めた人も、みんな、今日は笑顔で自分を見送ってくれる。
この会社でこんなに円満に送り出してもらえるなんて、史上初かも。
微かな優越感に浸りながら、瞳は小さく頭を下げる。
「いってきます」と、みんなに向け、胸を張って言う。—―(ハケンアニメ! P.427)
「サバク」を最後に、斎藤監督はトウケイ動画を退社しました。送別会でのやり取りです。いいですね~「行ってらっしゃい」「行ってきます」って。
「お疲れ様でした」「お世話になりました」よりずっといい。
—―明確なハッピーエンドを提示して、数字で負けたにもかかわらず、「覇権」を取ったと呼ばれる王子と。
おざなりなハッピーエンドを嫌って、だけど誠実に子どもに作品を届け、数字で勝手も「覇権」を逃したと言われる斎藤監督。
類まれな二つの才能とともに、同じクールのアニメに関われたことを、香屋子は誇りに思う。—―(ハケンアニメ! P.433、P.434)
数字では、1位にダークホースの別の作品、2位がサバク、3位は前クールからの人気番組、リデルライトは4位でした。
—―「いいよ」
呼び止めた香屋子に、王子が振り向いた。数年前、『リデルライト』に誘った時とはまったく違って、あっさりと彼が頷き、そして、微笑んだ。
「その時には、俺も今よりはもう少しまともになってる予定だから、安心して」
言うなり、王子がくるっと背を向けて、香屋子の少し先をまた歩く。「いくよ、有料さん」という彼の声を受け、香屋子も大きく「はいっ」と返事をする。
季節はそろそろ、来期の新作タイトルが発表になる頃だ。
ジャケットに手を突っ込んだまま歩く自分の監督の華奢な背中にくっついて、香屋子はその後ろを小走りにかけていく。—―(ハケンアニメ! P.439)
作者のアニメへの愛が感じられる良い作品ですね。
◇◇◇◇◇◇
読んでいただきありがとうございました。
よろしければ、私の代表作「妻の代わりに僕が赤ちゃん産みますっっ!! ~妊娠中の妻と旦那の体が入れ替わってしまったら? 例え命を落としても、この人の子を産みたい」もお読みいただけると嬉しいです。
https://kakuyomu.jp/works/16816927860596649713
次の第98回※は「文豪たちの口説き本」です。お楽しみに!
※ 諸事情で第94回~第97回は欠番となります。
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