第68回 もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの「マネジメント」を読んだら その2

 続きです。


――こうして、野球部の定義が定まった。次いで、目標もすぐに定まった。それは「甲子園に行く」ということだった。

 これは、もともとはみなみ個人の目標だった。しかし、野球部の定義づけがなされた今、あらためて部の目標として設定されたのだ。

――(もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの「マネジメント」を読んだら P.57、P.58)


 このように、徐々にではありますが、みなみは企業経営のためのマネジメントを、野球部の事に当てはめられるようになっていきます。


 次にみなみは「マーケティング」に取り組みます。既にマーケティングは部分的に取り組んでいましたが、まだまだ不十分でした。そこでみなみは入院している夕紀に相談に行きます。


――「でも、すごいね夕紀は。だって、そんな先生でも、夕紀には心を開いてそのことを話したわけでしょ?」

「開いたかどうかは分からないけど、話してはくれたわね」

「開いてるよ。だって、分かるもん。夕紀にはそういうとこあるって。夕紀って、なんか話しやすいんだよね。聞き上手なんだ。夕紀に話していると、もやもやしてることとか解決する。現に、私がそうだもん。私も今日、夕紀に話したら何か解決策が見つかるかもしれないって思って来たんだし。実際、色々話せて、だいぶすっきりした。夕紀のおかげで、野球部のことも、だいぶ分かるようになっ――」

 と、そこまで話した時だった。みなみは不意に、一つのアイデアを思いついた。

「そうだ!」とみなみは言った。「夕紀にしてもらえばいいんだよ!」

「え?」と夕紀は、驚いた顔でみなみを見た。「するって、何を?」

「マーケティングだよ!」とみなみは勢い込んで言った。――(もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの「マネジメント」を読んだら P.67、P.68)


 この、アイデア力、人を躊躇なく頼る素直さ。素晴らしいですね。


――そんなふうに、夕紀に成果をあげさせたこととも相まって、「お見舞い面談」は大きな成功をおさめた。これによってみなみは、自らのマネジメントへの自信を深めるとともに、『マネジメント』という本に対しても、ますます厚い信頼を寄せるようになったのである。――(もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの「マネジメント」を読んだら P.91)


 特に大きかったのが、一年生マネージャーの北条文乃あやのとの面談です。最初は並外れた人たらし(?)の夕紀もお手上げでしたが、禁句と思われた文乃への「優等生」という言葉をきっかけに、次第に心を開くようになります。


 文乃は、実は夕紀にあこがれていたのです。禁句と思われた「優等生」という言葉がきっかけとなって、夕紀は文乃の本心を引き出しました。


 でも、野球部の重大な問題である、監督の加地かち誠とエースの浅野慶一郎との確執は未解決のままでした。


 そして、秋の第一試合で、慶一郎はフォアボールを連発。コールド負けを喫します。


――「フォ、フォアボールを出したくて出すピッチャーは、いないんだ!」

 加地は、しどろもどろになりながら、教室の外にまで聞こえるような大きな声で、そう叫んだ。それから、驚きに押し黙る部員たちをにらむように見回すと、ふうふうと鼻息を荒くして、最後にもう一度こう言った。

「……フォ、フォアボールをわざと出すようなピッチャーは、う、う、うちのチームには一人もいない!」

 それから、再び腕組みをして、どっかと音を立てて着席した。

 どれくらい時間が経過しただろうか。誰も何も発言しなかった。席に座った加地も、教壇の純も、まだ立ったままの次郎も、その他の部員も、みなみと文乃も。ただ黙って、息を殺して、ことの成り行きを見守った。

 その時だった。小さく、しかし鋭く、嗚咽のもれる音がした。続いて、しゃくりあげる声が響いたかと思うと、今度はすすり泣く声が聞こえてきた。

 その声の主は、すぐに分かった。慶一郎だった。慶一郎が、席に座ったまま、肩を震わせて泣いていた。

 誰も何も言えなかった。部員全員が息を殺したまま、その場で微動だにできずにいた。おかげで、慶一郎のその泣き声は、しばらく教室に響き渡ることとなった。――(もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの「マネジメント」を読んだら P.116、P117)


 中盤最大の見せ場と言ってもいいこの場面。ここだけを見ると、監督の加地グッジョブ! でもみなみにとっては棚ぼたでは? と誤解するかもしれないですね。


 そうではありません。みなみはこれに先立って、「マネジメント」が言うところの「専門家」である加地監督の「通訳」になろうと必死で働きかけ続けていたのです。


 それどころか、加地が何も言わない事も考え、文乃と共に茶番劇までするつもりでいたのですから。


 間違いなくみなみが引き寄せた結果と言っていいでしょう。


――準備はできていた。今が成長の時なのだ。

 そこでみなみは、ある日監督の加地誠、キャプテンの星出純、マネージャーの北条文乃を呼び集め、臨時会議を開いた。そこで、練習方法の変革を提案した。

 これについても、すでに準備は進めてあった。秋の大会が終わってすぐ、文乃に、新しい練習方法の骨子を、加地と話し合いながら作ってもらうよう頼んでおいたのだ。

 みなみは、そこで文乃の「強み」を生かそうとした。

 これまで接してきた中で、みなみは、文乃の強みは頭のよさや向学心、それに強情さの裏にある素直さだと見ていた。それらを、加地と協力して新しい練習メニューを作ってもらうことで、生かそうとしたのだ。

 ――人を生かす!

 それが、この頃のみなみの口癖になっていた。一日二十四時間、どうやったら人を生かすことができるか、そのことばかりを考えていた。――(もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの「マネジメント」を読んだら P.120)


 手をやいていた文乃も、既に良き相棒となっています。


――この頃になると、ドラッカーの『マネジメント』は、加地や文乃も共有するマネジメントチームの基本テキストとなっていた。そのためここでも、まずは『マネジメント』の読み込みがみんなの間で行われた。そのうえで、そこに書かれていることの一つひとつについて、解釈を話し合いながら、具体的なやり方に落とし込んでいったのである。――(もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの「マネジメント」を読んだら P.134)


 みなみは自分で「マネジメント」を参考にするだけでなく、周りも巻き込んでいます。それだけみなみが人間的魅力にあふれているという証拠ですね。


◇◇◇◇◇◇



 読んでいただきありがとうございました。



 次の第69回は、引き続き「もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら」の秘密に迫ります。

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