第59回 結婚相手は抽選で その1

「結婚相手は抽選で」は、垣谷美雨の小説です。以前少し紹介した「代理母はじめました」の著者ですね。


 俳優の野村周平主演でテレビドラマ化されています。


 野村周平と言えば、多くの主演作を持つ人気俳優です。このドラマの他にも、ドラマ「僕の初恋をキミに捧ぐ」や、映画「WALKING MAN」等で主演しています。


 彼はけっこう尖った発言で、ネットでは炎上している印象が強いですね。


 そんな事とか、タイトル等であまり面白いと思えず、ドラマは観ていませんでした。


 でも、今は観ていなかった事をとても後悔しています。なぜなら原作がすごく面白く、しかもドラマ版はもっと面白かったらしいのです。再放送しないかな。


 少子高齢化に歯止めがかからない日本政府が「抽選見合い結婚法」という、お互いの結婚相手を抽選で決めるという法律を制定した世の中を描いたストーリーです。


 この法律は、お見合いを三人断わった場合に「テロ対策活動後方支援隊」に二年間従事しなければなりません。どう考えても諸外国からの圧力で作られた法律なのです。


 一見なさそうで、意外と近未来に現実になるのではと思いました。


 読んでみて、こんな法律が実現したらこうなるだろうという事を、良くここまでリアルに描けるなと、作者の豊かな想像力に脱帽です。


――母がどういう考えであろうと、もはや関係ない。法律によって半ば強制的に結婚させられるということは、母であっても阻止できないということだ。都会ならいざ知らず、田舎ではき遅れの部類だから、結婚はほぼあきらめかけていたが、政府がチャンスをもたらしてくれるのならば、是非それを利用させてもらいたいと思う。

 この閉鎖的な城下町から一日も早く脱出しなければ。

 いや、本当は……母から逃れたい。――(結婚相手は抽選で 文庫版 P.16、P.17)


 最初の登場人物である鈴掛好美すずかけよしみは看護師で、その母は好美が恋人を連れてきても難癖を付けて別れさせる方向に持って行ったり、親戚が持ってきた縁談を片っ端から断ったりします。そこで好美は結婚するためには母から離れるしかないと思ったのです。


――「あのなあ、お母ちゃん、私、東京へ行こうかと思うんよ」

「研修やろ。今聞いたとこやがな」

「いや、そうやのうて、東京の病院で働きたいと思うんよ」

(中略)

 母の表情が和らいだ。「そら好美がどうしてもそうしたいゆうんなら、お母ちゃんかて東京でもアメリカでもどこでもお供するわ」

「えっ、お母ちゃんも?」

 思わず口から出てしまった。

 途端に、母の顔から笑みが消えた。

「好美、あんた一人で東京に行く気やったん?」

「ほれ、抽選見合いゆうのがあるやんか。母親と二人暮らしやったら、同居せんなあかんと相手の人も思うかもしれん。それよりも、母親は田舎で元気に一人で暮らしとりますゆう方が、相手も結婚に踏み切りやすいと思えへん? ほんでうまいこと結婚にこぎつけたら、なんのかんのと理由つけてお母ちゃんを東京へ呼び寄せたるがな」

「なんや、いやらしいなあ」

「うん、ちょっと卑怯なやり方かもしれんけどな」

 苦笑してみせた。

「そうやのうて、そこまでして結婚したがるのが、いやらしいゆうてるの」

 血の気が引いた。

 男を欲しがる盛りのついたメスだとでも言いたいのだろうか。

 強烈な寂しさが全身を襲った。

 長寿の国ニッポン。

 やっぱり東京へ行こう。――(結婚相手は抽選で 文庫版 P.31~P.33)


 なんという毒親。実は好美から子離れ出来ていなかったのです。


 続いて2人目の登場人物、冬村奈々ふゆむらななは典型的なお嬢様で、ラジオ局に7年間勤めています。


 「それぞれの恋愛模様」という章題が示すように、何人かの人物が同時並行的に物語を進めていきます。


 奈々には彼氏がいたので、抽選見合いなどする必要はないと思っていたのですが、思いがけず別れを告げられ、抽選見合いする事になります。


――「楽しい生活をして何が悪いって言うの? 自分のお給料を何に使おうと文句を言われる筋合いはないよ」

――うん、その通り。俺が文句を言う筋合いじゃない。単にそういう女の人が好みじゃないっていうだけのこと。それに、奈々と結婚したら、きっと奈々のお母さんは何から何まで口出ししてくると思う。そういうの、ぞっとする。

「もしかして好きな人ができたんじゃない?」

――できてない。だから抽選見合いをするんだよ。

「私より抽選見合いの方がマシってこと?」

――奈々を見てると、東南アジアを添乗していた時のことを思い出して、つい比べちゃうんだよ。貧しい国の女の人たちは、みんな生きるのに必死だったなあって。

「なに言ってるのよ。自分だってお坊ちゃん育ちのくせして」

 嵐望の家は三軒茶屋にある大きな洋館だ。

 ふと、嵐望の部屋の様子を思い出した。壁の飾り棚にはタイの置き物が所狭しと並べられていた。

――おっしゃる通り。でも、もううちの親父みたいな虚飾に満ちた生活は真っ平ごめん。質素な暮らしが好きなんだ。そして、それに共感してくれる女の人がいい。――(結婚相手は抽選で 文庫版 P.64、P.65)


 嵐望は奈々の彼氏。どうやら派手な奈々とは相性が良くなかったみたいです。


 続いて、やっとドラマ版の主人公、宮坂龍彦みやさかたつひこが登場します。彼はコンピューターソフト会社に勤めるSEシステムエンジニアで超オタクというキャラ。野村周平には似合わなそうです。ドラマ版ではかなり行動派にキャラが変わった(成長した?)とか。


――「たかが恋愛、されど恋愛だよな」

 鯨井がつぶやいた。

 そうなのだ。たかが恋愛などと決してあなどることはできない。その証拠に、自分には恋愛する才能がないという、ただその一点が原因で、すべてに自信が持てないのだ。どこへ行っても強烈な疎外感があるし、自分がこの世に存在すること自体、場違いな気がするときさえある。

 恋愛は誰にでもできるわけではないのに、街にも映画にも小説にもテレビドラマにも恋愛が溢れている。簡単に恋愛ができる人間は、それをするのに才能がいることに気づいていない。

 もちろん外見にも問題はあるだろう。しかし、自分よりどう見てもかっこ悪い男性が女の子と手をつないでデートしているのを目撃するのは珍しいことじゃない。だから話はややこしくなる。だからあきらめきれない。その結果、自分は外見だけじゃなくて、人間性そのものにも問題があるのではないかと思い、へこんでしまうときがある。

「女にモテないと馬鹿にされるよな」――(結婚相手は抽選で 文庫版 P.72、P.73)


 素晴らし過ぎる。女性の作者がここまで非モテ男子の気持ちを代弁できるとは。やはり売れる作家の方は、みなさん異性の心理描写が上手ですね。


――「しかし母親っていうのは、そんなに息子に結婚してほしいもんなの?」

「もちろんよ。息子が一生独身というのは心配よ。それに、夫婦っていいものだもの」

「よく言うぜ。しょっちゅう夫婦喧嘩してるくせに」

「あら、夫婦っていうのは人生の相棒なのよ。世の中の荒波を乗り切っていく同志なんだから、喧嘩ぐらいするわよ」――(結婚相手は抽選で 文庫版 P.83)


 こちらはかなりいい母と息子の関係ではないでしょうか。


◇◇◇◇◇◇


 読んでいただきありがとうございました。


 次の第60回も引き続き「結婚相手は抽選で」の秘密に迫ります。お楽しみに。

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