第41回 愛がなんだ その2

 続きです。


—―「山田さん、やらせて」と、ちいさくつぶやく。

 やらせてやろうとも、心のなかで私は叫び、意気込んでマモちゃんをベッドに引きずりあげる。それはちっとも色っぽくはないのだが、もはやそんなことはどうでもよく、とりあえず布団をかぶって手早く服だの下着だのを脱ぎ捨てていく。

 しかし結局、できなかった。マモちゃんの性器はでてもさすってもぐにゃりとしたままだった。ここでやけばちに性交されるのと、それともこのように性交不可能であることと、私としてはどちらがより一層傷つくだろうと考えてみるが、答えは浮かばず、それよりもなんだか、力無い性器そのものがマモちゃんの一番奥底にある気持ちであるような気がして、いったいどうしてあげたらいいのか私は途方に暮れる。—―(愛がなんだ 文庫版 P.146)


 これは辛いでしょうねお互いに。山田さんというのは主人公のテルコの苗字です。


 マモルとテルコは、マモルの意中の人であるすみれの家に呼びだされます。そこですみれは他の男と仲良さそうにしており、嫉妬したマモルはやけになってテルコの家に上がり込みました。ところが上記のように上手く行きませんでした。


 つくづく恋愛って残酷ですね。ここまでミスマッチだらけとは。だからこそ物語になる、だからこそ面白いのかもしれませんが。


—―「で、そういう男にさ、なんで山田さんは親切にするわけ」

(中略)

「好きだからとか、そういう単純な理由なんじゃないのかなあ」

(中略)

「てゆうかさあ、好きになるようなところ、ないじゃん、て話なんですけど」

(中略)

「そうだよねえ。私もそう思う。好きになるようなところ、ないじゃん」

(中略)

 顔が好みだの性格がやさしいだの何かに秀でているだの、もしくはもっとかんたんに気が合うでもいい、プラスの部分を好ましいと思い誰かを好きになったのならば、嫌いになるのなんかかんたんだ。プラスがひとつでもマイナスに転じればいいのだから。そうじゃなく、マイナスであることそのものを、かっこよくないことを、自分勝手で子どもじみていて、かっこよくありたいと切望しそのようにふるまって、神経こまやかなふりをしてて、でも鈍感で無神経さ丸出しである、そういう全部を好きだと思ってしまったら、嫌いになるということなんて、たぶん永遠にない。—―(愛がなんだ 文庫版 P.149、P.150)


 先ほどのエッチ失敗の後のマモルとテルコの会話です。わかるなあこういう気持ち。客観的に好ましい要素がないのに好きになる事もあって、そんな時ほどより深く好きになるなんて。ラストへの重要な伏線です。



—―友達はたくさんいて、わいわい騒ぐのが好きで、望めばわりに簡単に恋人ができて、でも、この人はものすごくひとりぽっちなのかもしれない。本当の友達なんかいなくて、好きになるということも、好きになられるということも、知らないのかもしれない。

(中略)

 ねえすみれさん、あなたは私に似てるかもね、などと言ったら、彼女は本気で抗議するだろうが、私たちは違う方向で同じものを求めているのかもしれない。—―(愛がなんだ 文庫版 P.159)


 すみれはなぜかテルコに異常に執着します。その理由をなんとなく理解したシーンです。


 いよいよ終盤。まさかこんなラストになるとは。


—―焼酎のボトルが空くころ、神林くんがトイレに立った。もう一本焼酎追加だの、今度は日本酒だのと言い合うマモちゃんとすみれさんを置いて、私も席を立つ。男子トイレの前で、神林くんを待った。赤い顔をしてトイレから出てきた神林くんに私は近づき、耳打ちする。

「あとでばっくれちゃおうよ。マモちゃんはあの人とふたりになりたいみたいだし。ね?」

「まじ?」神林くんは笑う。「そうだよな、親友のために協力しなきゃな。じゃ、二次会いくあたりで消える?」

 私はピースサインをつくって女子トイレに入る。満面に笑みを浮かべた自分が鏡の向こうにいる。思いのほかうまくことは進むかもしれない。焦げ茶眼鏡の好青年に私はまったく興味が持てないが、けれどきっと寝ることはたやすい。何しろ、彼とともにいるかぎり私は永久にマモちゃんを失うことがない。

 マモちゃんの恋人ならばよかった。母親ならばよかった。きょうだいならばよかった。もしくは、三角関係ならばよかった、いつか終わる片恋ならばよかった、いっそストーカーと分類されればよかった。幾度も私はそう思ったけれど、私はそのどれでもなくどれにもなり得ず、そうして、私とマモちゃんの関係は言葉にならない。私はただ、マモちゃんの平穏を祈りながら、しかしずっとそばにはりついていたいのだ。賢く忠実な飼い犬みたいに。そうして私は犬にもなり得ないのだから、だったらどこにもサンプルのない関係を私が作っていくしかない。

 私を捉えてはなさないものは、たぶん恋ではない。きっと愛でもないのだろう。私の抱えている執着の正体が、いったいなんなのかわからない。—―(愛がなんだ 文庫版 P.210、P.211)


 なんと、テルコはマモルの親友の神林に近づく事によって(たぶんこの後セックスするのでしょう)、そうまでしてマモルのそばにいる事を選びます。


 これに先立ち、テルコはマモルから「もう会うのはよそう」と言われていました。それだけは絶対に嫌だったのですね。


 恋愛上手な人達には一生共感する事は出来ないであろうラスト。私は自分がそうするかどうかは別として、とても共感を感じました。


◇◇◇◇◇◇



 読んでいただきありがとうございました。


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 よろしければ、私の代表作「妻の代わりに僕が赤ちゃん産みますっっ!! ~妊娠中の妻と旦那の体が入れ替わってしまったら?  例え命を落としても、この人の子を産みたい」もお読みいただけると嬉しいです。

https://kakuyomu.jp/works/16816927860596649713



 次の第42回は、超おススメ小説として神原依麻さんの小説を紹介します。

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