第5回 性表現について争われた判例について

 今日はいったん小説の話から離れて、性表現について争われた裁判所の判決の例、「判例」についてお話します。


 まずはチャタレー事件から。これは、イギリスの作家D・H・ローレンスの「チャタレイ夫人の恋人」を日本語に訳した作家伊藤整と、版元の小山書店社長小山久二郎に対して刑法第175条のわいせつ物頒布罪が問われた事件です。わいせつと表現の自由の関係が問われました。


 こちらをご覧ください。


(わいせつ物頒布等)

刑法 第175条

1 わいせつな文書、図画、電磁的記録に係る記録媒体その他の物を頒布し、又は公然と陳列した者は、2年以下の懲役若しくは250万円以下の罰金若しくは科料に処し、又は懲役及び罰金を併科する。電気通信の送信によりわいせつな電磁的記録その他の記2 録を頒布した者も、同様とする。

有償で頒布する目的で、前項の物を所持し、又は同項の電磁的記録を保管した者も、同項と同様とする。


 簡単に言いますと、あまりにもエロすぎる小説を発表したり、アダルト動画を配信したりすると犯罪になってしまうと言う事。近年でも無修正動画を配信したり、いわゆる裏DVD販売で捕まったという業者が後を絶ちません。


 じゃあエッチな作品はすべて犯罪なのでしょうか。それは違います。なぜなら私達には憲法上認められた基本的人権の一つ、「表現の自由」があるからです。


 だからと言ってどんな表現でも許されるのではなく、先ほどの「わいせつ」に当たるかどうかを判断して、当たれば犯罪、当たらなければ無罪となります。その基準となるのが裁判所から出された判決、「判例」です。


 問題のチャタレー夫人の恋人ですが、当時のイギリスの厳しい身分制度を取り上げている作品です。簡単に言えば旦那が性的不能で、エッチの相性の良い青年と不倫関係に陥るという、現実にも小説にも良くあるストーリー。性質上わいせつにあたりそうな描写は必要かと。


 チャタレー事件では以下の基準が示されました。


――1 わいせつとは徒らに性欲を興奮又は刺戟せしめ、且つ普通人の正常な性的羞恥心を害し、善良な性的道義観念に反するものをいう。

2 芸術作品であっても、それだけでわいせつ性を否定することはできない。

3 わいせつ物頒布罪で被告人を処罰しても憲法21条に反しない。――(最高裁判所昭和32年3月13日大法廷判決)


 なんという堅苦しくて分かりにくい表現でしょうか。法学部卒の私でもそう感じるのですから、一般の方々がそう思うのも無理はありません。それに抽象的すぎますね。


 私なりにくだいて言いますと、良識ある人が「けしからん」と思うくらい性欲を興奮または刺激するようなものと言う事でしょう。さらに、いくら芸術作品だからと言って許されるのではなく、処罰する事を合憲と言っています。


 これではまだ具体的にどの程度ならばアウトで、どの程度ならセーフなのか判断するのは難しいと思います。そこでもう一つ別の判例を取り上げます。


 四畳半ふすまの下張事件です。


 「四畳半襖の下張」は永井荷風の作品とされています。これを「面白半分」編集長である作家野坂昭如が掲載しました。これによりわいせつ文書販売の罪が問われた刑事事件です。わいせつの概念が問題となりました。


 こちらは短編小説で、主人公がさまざまな経験を経て最後には置屋おきやの主人になるというストーリー。置屋とは芸者や遊女を抱えている家の事です。これも性描写なしでは成り立ちません。


 この判例はチャタレー事件の判決をベースとして、以下の更に具体的な基準を示しました。


――1 文書のわいせつ性の判断にあたつては、当該文書の性に関する露骨で詳細な描写叙述の程度とその手法、右描写叙述の文書全体に占める比重、文書に表現された思想等と右描写叙述との関連性、文書の構成や展開、さらには芸術性・思想性等による性的刺激の緩和の程度、これらの観点から該文書を全体としてみたときに、主として、読者の好色的興味にうつたえるものと認められるか否かなどの諸点を検討することが必要であり、これらの事情を総合し、その時代の社会通念に照らして、それが「徒らに性欲を興奮又は刺激せしめ、かつ、普通人の正常な性的羞恥心を害し、善良な性的道義観念に反するもの」といえるか否かを決すべきである。


2 男女の性的交渉の情景を扇情的筆致で露骨、詳細かつ具体的に描写した部分が量的質的に文書の中枢を占めており、その構成や展開、さらには文芸的、思想的価値などを考慮に容れても、主として読者の好色的興味にうつたえるものと認められる本件「四畳半襖の下張」は、刑法175条にいう「猥褻ノ文書」にあたる。――(最高裁判所昭和55年11月28日第二小法廷判決)


 これまたチャタレー事件に輪をかけて分かりにくい。私なりにくだいてみます。


 まず、1 内容と、その他に、2 全体に占める比重、3 思想との関連性(無関係ならアウトという事)、 4 構成や展開 5 芸術性や思想性がエロさをぼかしてくれるかどうか 以上5点を考慮します。


 そして、全体を総合判断し、単なるスケベ心に訴えるだけなのかどうか検討します。


 こういったフィルターに通した上で、最初に上げたチャタレー裁判の基準「いたずらに云々うんぬん」を当てはめろと言っています。


 「四畳半襖の下張」は、質量共にエッチな表現がメインだからわいせつだと判断されました。


 チャタレー事件よりはだいぶ具体的になりましたが、これでもかなり主観に左右される抽象的な基準ですね。


 そんな状況からか、憲法学者の浦部法穂先生は「刑法175条は憲法違反(違憲)」とおっしゃっています。(憲法学教室)


 いや~頼もしいですね。もっと、もっとイって!


 まあ、あくまでも犯罪になるか否かの基準ですから、カクヨム等の小説投稿サイトのガイドラインはこれよりもはるかに厳しく、そのまま参考には出来ないですけどね。


◇◇◇◇◇◇



 読んでいただきありがとうございました。


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 よろしければ、私の代表作「妻の代わりに僕が赤ちゃん産みますっっ!! ~妊娠中の妻と旦那の体が入れ替わってしまったら?  例え命を落としても、この人の子を産みたい」もお読みいただけると嬉しいです。

https://kakuyomu.jp/works/16816927860596649713



 次の第6回は「ふがいない僕は空を見た」の秘密に迫ります。お楽しみに!

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