【19】

   



「ユイ! ユイ! ユイ!」


 ヴィルカインは叫ぶ。駆け寄り、鎌を振り回して、血だまりをすする悪魔達を追い払う。そそして、杭で壁に縫い止められるようにされている、その身体を揺する。


「兄さんになにをした!?」

「王に訊く口ではないな。その君の兄も同様だが」

「王だと?」

「そう、余がスコット九世である」


 そう名乗られたところで、ヴィルカインにはなんの感慨ももたらさなかった。ただ、彼はギラギラと怒りのまなざしで目の前の男をにらみつけた。それに、ふう……とスコット王は息をつき。


「しかし、ここまでたどり着いた蛮勇には、褒美を与えなければならないだろうな。あの下水道に満ちた我が犬たちをかき分けてきた気力にはな」

「かき分けてなどいない。すべて始末した、一匹残らずな」

「ほう、一匹残らず……」


 スコット王は大げさに声をあげた。


「しかし、意外に手間取ったようだな。お前の兄はそのザマだ。心臓に鉄の杭。吸血鬼ヴァンパイアの処刑法としてこれほど確実なものはあるまい?」

「ユイはダンピールだ」

「では、半分は人間の化け物にも有効だということが証明された訳だ。その男は完全に死んでいる」

「ユイが死ぬものか!」


 ヴィルカインは叫び、スコット王に駆け寄りその鎌を振り下ろす。が、その鎌は途中で受け止められた。

 黒山羊の頭をした悪魔。その腕によってだ。腕は甲冑のように固くなっており、死神の鎌を受け止めて、切断されることもなく、逆にその鎌をはね飛ばした。


「お前の兄の血を呑んだ、たまものだな。死神に対抗しうる身体を我が息子達は持った訳だ」

「それがどうした!」


 ヴィルカインは叫び、目の前の悪魔を蹴り倒した。二匹目の悪魔がその背中にナイフに突き立てたが、それもかまわずに、床に倒れた悪魔に向かって鎌を振り下ろす。


「!」


 その鎌を止めようと、三匹目が腕に噛みついた。鮫のような牙が腕に食い込み、骨に当たったがそれもかまわず、むしろ、それを振り飛ばし、鎌を己が倒した悪魔に突き立てる。

 その顔もまた甲殻化して、鎌をはじくはずだったが、ヴィルカインは正確にある一点を狙っていた。

 悪魔の赤い目を。


 鎌の先が目に食い込む。ここだけはさすがに固くは出来なかったのか、悪魔が声にならない叫びをあげる。「おお! 息子よ!」とスコット王の嘆く声が重なる。

 それでも、ただ片目をえぐられただけなら、悪魔だ。いずれ回復するだろう。

 が、その目に食い込んだのは死神の鎌だ。鎌は蒼白い炎を吐いて、目の傷から入りこんだ。甲冑のように甲殻化した、皮膚のあちこちから、煙があがる。内部を蒸し焼きにされているようなものだ。


「よせ! よせ! やめろ!」


 スコット王が狂ったように叫ぶが、悪魔は焼き尽くされ、そして、その目に食い込んだ鎌が抜かれた瞬間、ざらりと黒い灰となって崩れた。


「ああ、息子よ! 息子よ!」

 大げさに嘆くスコットをヴィルカインは凍るような瞳で見る。

「お前に嘆く権利などあるものか! この悪魔にバラバラにされた者達の苦しみを考えろ!」

「虫けらがどう死んだところで、余が知るものか! それに息子はあと二人残っている!」

「こいつらも、俺が殺す!」


 ヴィルカインは己の背中にナイフを突き立てた悪魔の手を取り、背負い投げにする。そのまま、その悪魔の首を死神の鎌の柄で締め付ける。ごきりとイヤな音がして、山羊頭ががっくりとうなだれる、が……。


「っ!」


 同時にヴィルカインもまた膝を突く。その足に投げ飛ばされた悪魔が、這いより噛みついていたのだ。しかも、その喉をごくごくと鳴らして、ヴィルカインの血を呑んでいるのだ。


「はは! さすが我が息子だ! お前の兄の能力も受け継いだらしいぞ!」


 重い宝石だらけの指でヴィルカインを指さし、スコット王が奇妙なほど嬉しげに笑う。

 魔物の血を吸い、その生気オドを吸う。それがユイアベールの能力の一つだった。少しぐらいの血が流れたところで平気だが、むしろ、吸血の怖さはオドを吸い取られる。この一点につきる。


「さあ、どうする死神? 首を折られたぐらいでは、もう一人の我が子もまた復活するぞ、それ!」


 スコット王の言葉どおり、奇妙な形で首が折れ床に横たわる悪魔の手がびくびくと動く。生き返ろうとしているのだ。


「もう一匹が生き返る前に、もう一匹が死ぬさ」

「なに!?」


 ヴィルカインが低い声で言う。それと同時に、足にかじりついていた三匹目が唐突に離れた。立ち上がりふらりとよろめくと、ごぼりと黒い血を吐いた。呑み込んだヴィルカインの血を。


「どうした!? ヘンリー! ヘンリー!」


 こんな山羊頭の悪魔でも、我が子だと思い込んでいる故だろう。名をつけていたらしい。高笑いの表情を崩したスコット王が、叫ぶ。


「ああ、ヘンリー!」


 手を伸ばした王の目の前で、三匹目の悪魔はその形をざらりとゆがませて、黒い霧となり崩れて消えた。


「死神の血を呑むなんて、悪食をするからだ」


 ヴィルカインは膝をついたまま、肩で息をついて言う。


「俺の血をのんで無事なのは、ユイぐらいのものだ」


 背中に手をやり、ずるりと突き刺さったナイフを引き抜く。ナイフには死そのものである、死神の黒い血がべっとりと突いていた。そして、目の前で生き返ろうとしている二匹目の悪魔。


「や、やめろぉおお!!」


 その悪魔が生き返り、あえぐように口を開けた、その真っ赤な口にナイフを押し込んだ。

 そのとたん、生き返ろうとしていた二匹目の身体は、先の仲間達と同じように黒い霧となって霧散する。


「あ、ああ……息子達が……」

「それが、お前に近しい者を殺された、人々の悲しみだ。そして、兄を殺された、俺の……」


 膝から崩れ落ちるスコット王を冷ややかに見て、ヴィルカインは言う。壁に貼り付けにされたユイアベールに歩み寄ろうとしたが……。


「ふふふ……はははっ!」

「……なにがおかしい?」


 しかし、スコット王が突然笑い始め、ヴィルカインは足を止める。狂ったか? と思ったが。


「まあ、いい、息子などまた女とつくれば良い。余がいれば、このブリテンは安泰なのだ!」

「そいつが本音か! 結局、お前は妻も息子も愛していない。自分だけが、良ければいいんだな! そんなものは、もはや王とは言えない!」


 ヴィルカインは怒りのままに叫んだ。今、死んだのは本当にスコットの血を引いているかわからない、木の股から生まれる代わりに女の腹を裂いて生まれてきた悪魔どもだ。しかし、それでも、このスコット王は彼らを息子として見ていたと思っていた。だが、それはヴィルカインの勘違いだったようだ。

 ただ、この王は己の次の王を求めていたのだ。王冠を継ぐ男子であれば、誰でも良いと……。


「いいや! 余は王だ! 王の中の王たる王が、この我なのだから! そう、我は永遠の存在たる王。ならば、よく考えれば息子などいらないではないか! 余が永遠の王になれば良いこと! そう、永遠の!」


 叫んだスコット王の周りに、黒いもやが集まり出す。それは崩れ去った山羊頭の悪魔の息子達であると、ヴィルカインは瞬間に悟った。いや、それだけではない。部屋に集まり満ちる大量の黒い霧は、あの黒い犬達のものもあるだろう。

 いずれも、ヴィルカインが殺した命ばかり。


 スコット王の身体は、急速にふくれあがり、部屋の高い天井に付くほどの、小山のような大きさとなる。ヴィルカインはとっさに鎌を出そうとしたが、その前に伸びた手にその首をひとつかみにされた。壁にドン! と押しつけられる。それは後ろの石壁にヒビが入るほどの力だった。


「ははは! 三匹の息子達と死闘を演じたのだ、もう、余と闘うような力は残ってはいまい! 死神!」

「…………」


 確かにヴィルカインは疲れていた。血は流れすぎたし、なにより壁に貼り付けられたユイアベールはぴくりとも動かない。


────なら、このまま、こいつに殺られてもいいか……。


 と、思ったのも、確かだ。


「死ね! 死ね!」


 異形の姿となったスコット王は笑い、ヴィルカインを壁にめり込ませるように、その首を締め上げようとした。


「余こそ、真の王。永遠の王となるのだ!」

「アンタみたいな、王様が永遠なんて、冗談じゃない」

「なんだと!?」





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