【13】



「用心棒?」


 遅い昼ご飯のあと。女達は、夕方からの商売のために、支度に行って閑散としている。朝はミサが行われた食堂で、兄弟達はリズに声をかけられた。


「ええ、みんなの商売のね。たとえ、恐ろしい化け物が出るってわかっていたって、あたしたちは、街に立ち続けなければ、明日のパンも買えやしない。だから、あの悪魔からみんなのを守って欲しいの」

「断る理由はないな」


 先に口を開いたのは意外にもヴィルカインだ。それに、ユイアベールも「そういうことなら」とうなずき、しかし「でも……」と続ける。


「一番いいのは、女の子達がしばらく街に出ないことだけど」

「それは出来ないわ。食えないって言ってるでしよ?」

「一日や二日、三日ぐらい休んだって、人間、飢えて死にはしないよ。それに、この娼館なら、ここにいる娼婦達を十日ぐらい遊ばせて食わせるぐらい平気だと思うけど。スープの中身が寂しくなるにしろ」

「…………」


 ユイアベールの言葉にリズが黙り込む。それはヴィルカインもうなずける意見ではあった。十日分の稼ぎが無くなるのは痛手ではあるが、それより、商品である娼婦達が殺されていくことのほうが大事だろう。そうなれば、一番いいのは、彼女達を外に出さないことだが。


「それは、出来ないわ。彼女達はこの歓楽街の〝花〟だもの。花がなければ、いくら夜に明かりを照らそうとも、色が消えるわ。それは、絶対に絶やす訳にはいかない。

 あなたたちは外から来たから、この国のことはよく分かっているでしょうけど、内側はもっと酷いものよ。世継ぎ欲しさに何人も奥さんを変えた王様は、自分はそんな奔放な暮らしぶりのクセに、あたし達の生活は締め付ける。おかげでドーンの街はどんどん憂鬱に陰気になっているのよ」


 街は灰色に彩られ、人々の顔色も灰色に、下級労働者は工場に通い、単純作業をして幾ばくかの賃金をもらい、三食たらといもの揚げ物ですませて、狭いアパートの小さなベッドで眠る。


「そんな中、色町まで光を失ってどうするの? 街に立ち続けるのは、あたし達の意地よ」


 実際、街に立っても最近はあまり儲からないのだと、リズは続けた。


「みんな〝スコット〟の悪魔を怖がっちゃってね。男はバラバラにされたことなんて無いのに」

「男なんてみんな意気地無しだからね」

「同感よ」


 ユイアベールの言葉にリズはうなずき、そして続けた。


「じゃあ、仕事は引き受けてくれるわね?」

「ああ、しかし、俺達が外に出れば、警官達がすぐに寄ってくるぞ」


 昨夜はリズ達の機転によって逃げ出した警官達だが、かならず外で網を張っていることだろう。


「そうね、その目立つ姿で外に出たなら、かならずとっ捕まるわね」


 〝目立つ姿〟の言葉で兄弟達は互いを見た。それにリズはあきれたように「どっちもどっちよ」と言う。


「この真っ赤なのが目立つだろう。俺は普通に黒だ」

「こら! 兄上を真っ赤なのと指ささない! だいたい、その馬鹿でっかい図体で普通の黒であるわけがないでしょ!」

「私から見ると、二人とも存在感ありあり過ぎるわよ。真っ赤なのは当然だけど、その金髪の引き摺りそうな長い髪もそうだし。

 真っ黒って一見目立たないように見えるけど、そんな裾のすり切れた黒革のコートの下は、神父服なんて、そもそも、あり得ない格好よ。オマケに手まで黒革の手袋、食事するときまでしてるってどうなの?」


 リズがぐい! とヴィルカインの腕をつかむ。たしかに食後の茶を飲む、その手は、しっかり手袋に包まれていた。


「離せ!」


 若い神父はとたん顔をしかめて、パン! と彼女の手を振り払った。驚くリズを前に、ヴィルカインは気まずそうに目をそらし、「すまない」と言う。


「いいのよ、女に触れちゃいけないっていう、あなたの誓いを忘れていたわ」

「うん、こいつは堅物だからね。つい過剰反応しちゃうんだ」


 そうユイアベールが取りなすようにふざけた口調でいい、リズは気を取り直して、「だからね」と話を続ける。


「とにかく、黒ずくめだって、いえ、黒ずくめだからこそ、あなたは存在感ありありなのよ」

「そうだそうだ! ヴィルの馬鹿でかい図体は、群衆の中だって目立つことこの上ないぞ!」

「それを言うなら、あなたの金髪と真っ赤な神父服もそうよ、お兄さん」

「え? 僕も目立つの?」

「……南国のオウムが灰色のドーンにやってきて、鳩の群れの中、自分は目立たないと思いこんでいるように見えるわ」

「なにそれ!」


 「とにかく、着替える!」とリズの号令の元、兄弟達は娼婦達に囲まれて連れられて行ったのは……。






「おい! 俺に触れるな!」

「わかってる、わかってる。アンタはリズの男だから、あたいは触れないって」

「…………」


 連れられた先は衣装部屋。色とりどり、派手な色のドレスが並ぶ中、まさか、これを着ろというのか……と、ヴィルカインは内心で青くなったが……。


「はい! このシャツにズボンにブーツ、それから、ジレに上着にさらにマントね! あ、ジャボに帽子も忘れずに! それから飾りの剣! 剣!」


 ヴィルカインの前に積み上げられたのは、一応、男子の服装でホッと息を吐き出すが。


「……もっと地味なのはないのか?」

「ダメ! ダメ! リズの注文だと、あなただとわからないような服装にして! って話だもの! 

 今の黒ずくめの姿でこれだけ目立つんだもの。地味な姿したって、あなただとわかっちゃうわ!」


 女らしい口調、くねくねとしなを造りながら、彼は言った。そう、ドレスを着ているが、化粧をしているが、その太ましい声に、腕、豊かな胸ならぬ、厚い胸板は明らかに男性だ。だいたい、胸が大胆に開いたレースに囲まれた胸からのぞく、彼の褐色の髪と同じ色のもじゃもじゃは、どう考えても胸毛だ。


「なら、この派手な格好はかえって目立つだろう?」

「ところがそうでもないのよね。これだから、素人ちゃんは困るわ!」


 ちっちっち! と彼はヴィルカインの前で、太い指を振った。


「これだけ黒ずくめの印象が強いなら、逆に派手な目立つ服装をしちゃった方がいいのよ! どうしたって、あなたの長身と存在感は目立つんだから。注目されるなら、思いきり目立った上で別人だと思わせればいいのよ! まさか、だれも黒ずくめの神父が、いかにもな、金持ち貴族のどら息子みたいな格好するなんて思わないものね!」

「そういうものか?」

「そういうものよ! さあ着替えて!」


 うんうんとうなずいた彼は、期待の目でヴィルカインを見る。


「ここで着替えるのか?」

「着替え方がわからないのなら、このベアトリーチェ姐さんが手伝ってあげるわよ!」


 両手を突き出され、太い指がわきわきとするのに「かまうな!」とヴィルカインは叫び。


「俺は女性に触れることを禁じられている!」

「きゃあ! 女性ですって! そうよ! あたいの心は女なのよ! 認めてくれるなんて! うれしい!」


 と、喜んでいるベアトリーチェを残して、ヴィルカインは隣室に駆け込んで、手短にあったベッドを扉の前に立てかけた。






 一方、ユイアベールは、娼婦達に囲まれて、ぺたぺとさわりまくられていた。


「うわあっ! コルセットで締め上げなくたって、この細い腰、見てよ! これで男なんて、くやしい!」

「白粉塗らなくたって、白い肌なんて、なんて、つやつやすべすべでずっと触っていたいわ!」

「この絹糸みたいな金髪みてよ! ブラシでとかしても、なんにもひっかからないのよ! そのうえに、この理想的な色! 純粋な、混じりっけのない金だわ。赤でも、茶色でもない金色だわ!」

「……褒められて嬉しいはずなんだけど、あんまり嬉しくない! ぐえっ!」


 女達にされるがままのユイアベールは、そうぼやく。


「ちょ、ちょ! コルセット絞めすぎ!」

「絞めれば絞めるだけ、腰、細くなるからね!」

「い、いや、だから、もう絞めなくて十分……ぐるちぃ……」


 そんな息も絶え絶えなところに、さらに「腰は細いけど、胸がないじゃないの!」とドレスの胴着を着せた胸元に、ぎゅうぎゅうと布を詰め込まれ、さらには……。


「ぎゃあ! 髪をそんなに引っぱらないで! 抜ける!」


 と後ろにひっぱられてユイアベールは悲鳴をあげるが。


「ちょっと痛かったわね! 今は高く結い上げるのが流行なのよ! それから、この羽根飾りのついた帽子!」


 高い台にのって髪を結っていた女性が、そのユイアベールのあたまにドン! と載せたのは、リボンのついた小さな帽子……はいいが、そこに不釣り合いなほどデカいダチョウの羽がついていた。


「お、重い……」


 頭の飾りの重みもそうだが、着せられたドレスというか、コルセットのくるしさというか、さらにドレスを膨らますための木枠のパニエ……その重さに、ユイアベールはよろめく。


「女の人って、いつもこんな重いもの身につけているの?」

「そうよ! 女って大変なんだから!」

「男の子でしょ! がんばって!」


 ケラケラと笑う女達に、「い、いや、がんばれない。僕、男の子じゃなくていい……」と言ったユイアベールだが。


「はっ! でも、女の子になったら毎日こんな格好しないといけないなんて、それも地獄だ! だったら、男の子のほうが……でも、今すぐ男の子やめて、がんばりたくない……」

「なに、漫才してるんだ。馬鹿ユイ」


 薔薇色のドレス姿で悩ましくよろめく兄の、白い手をとり、腰を支えたのはヴィルカインだ。

 その彼の姿は、当世流行の目深に被る帽子は金の縁取りに極楽鳥の羽飾り。軍服てもないのに肩に金モールがたくさんついた上着は鮮やかな蒼。下に来ているジレは白だが、光を受けるとキラキラと輝く緞子で出来ており、豪奢なレースのジャボには一見偽物とわからない、青い宝石が輝く。蒼とは対照的な赤と金の帯で飾りの剣をつり下げて、引き締まった長い足を強調するようにぴたりとしたズボンは白。足下はこれまたぴかぴかの白いブーツと、どこからどう見ても、遊び人の貴族の青年か、ブルジョアのどら息子といった、風情の姿だ。


 傍目からみれば、薔薇色のドレスの姫君の手を取る王子様の姿に見えなくもない。そんな乙女が読むような絵物語から抜け出てきたような二人に、まわりの女達は頬を染めて陶然となる。

 ただし、当人達の会話はいたって冷静だ。


「なんでまた女装なんだ? この馬鹿ユイ」

「兄ちゃんを馬鹿なんて呼ばない! 君だって、どこかの道化の王子かと思ったぞ、ヴィル」

「今の姿はどう見たって、兄さんというより、姐さんだがな。このまま、彼女達と同じに街に立って稼ぐか?」


 そんなヴィルカインの言葉に「その姿なら一財産築けるよ!」と無責任に声をかける娼婦達。それにユイアベールは肩をすくめて。


「男の子の大事なものを失う前に、女の子の大事なものは失いたくないなぁ」

「お前は清らかな乙女じゃないだろう? ユニコーンが、後ろ足で蹴り上げるぞ!」


 伝説の聖獣ユニコーンは、処女の娘だけと愛し、騎士のように仕えるという。それをヴィルカインは揶揄したわけだが、周りを囲んだ女達が笑うなか、ユイアベールは「ひど~い!」と頬を膨らませた。




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