【8】

   



「待って! 僕たち達は犯人じゃない!」


 ユイアベールが叫ぶが「黙れ!」と先頭の警官が叫ぶ。


「貴様達、その姿は旧教の坊主だな! 旧教の教えを広めることは、王様が禁じている。そのうえに、娼婦を引き裂いて殺すとは、とんだ邪教だ!」

「だから違うって!」

「ユイ、言っても無駄だ。こいつらは、どうしても俺たちを犯人にしたいらしい」


 ヴィルカインが言い「そうらしいね」とじりっ……と、縮まる警官達の輪に兄弟達は後ずさるが、後ろは壁だ。「どうする?」とユイアベールは弟を見る。


「大人しく捕まるか?」

「嫌だよ。僕たちやってないもん」

「なら、逃げるしかない」

「そういうこと!」

「刃向かう気か!」


 警官が警棒を振り下ろす。その束をヴィルカインか棒で受け止めはね飛ばした。その隙にとユイアベールが駆け出すが、周りは警察官だらけであるから当然囲まれる。


「ごめん!」


 叫んだユイアベールは、可愛らしい言葉と正反対の行動に出た。

 自分につかみかかろうとした警官の腕をとってぶん投げたのだ。

 それも背負い投げとかではない。腕をつかんで振り回して投げたのだ。大の男をまるで猫の子を扱うようにである。警官達は当然、驚きに目を見開いた。


「あの細いのがか!」

「化け物だ! 一見、人に見えるが魔物に違いない!」


 「うわぁああぁ!」と新たな叫び声がユイアベールの後ろからあがり、複数の警官達がヴィルカインの振り回す棒に、はね飛ばされていた。

 これでも二人とも〝髪〟も〝鎌〟も使っていないのだから、手加減はしているつもりである。投げ飛ばされ壁に激突したり、仲間にぶつかり巻き添えにしたりして、死屍累々の有様ではあるが。


 ともあれ、警官達の混乱に乗じて、二人はその場から逃走した。




   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇




 しかし、警官達はしつこかった。

 どこに逃げても発見され、二人はドーン中を一日で駆けたというぐらい、逃げ回るハメとなる。


「だいたい、お前の派手なその姿が問題なんだ。どこにいても真っ赤で目立つ!」

「それを言うなら、ヴィルのデカい図体だってそうでしょ! そのうえに、その黒ずくめ! どこに居たって、目立つ! 目立つ!」


 ようやく逃げ込んだ橋の下。二人で逃げ込んで言い争う。ユイアベールはともかく、長身のヴィルカインは身を縮めねばならず、だいぶ窮屈そうであったが。


「黒より赤のほうが絶対に目立つ!」

「黒だってそれだけ大きければ、目に付くよ!」


 そのとき「見つけたぞ!」と声がした。


「赤いのと黒いのだ!」


 警官が橋から身を乗り出して叫んでいる。それに、チッ! とヴィルカインは舌打ちをし。


「やはり、お前が赤いから見つかったじゃないか!」

「君まで赤いのなんて言わないの! 君だって、呼ばれたんだから同じだよ!」


 実際、発見者の警官が見たのは、ユイアベールの赤い上着に、ヴィルカインの黒ずくめの長身だったのだから、どっちもどっちだったのだが。


「黒は闇に紛れる色だ! だいたい、神父の制服ならこの色だろうが!」

「嫌だよ! そんな暗い色! 赤こそ情熱の色! 僕のこの麗しい姿を見て、頬を赤らめるご婦人や紳士もいるんだから!」

「やはり、その赤は害悪だ! ご婦人のみならず、紳士までたぶらかすとは、このソドムとゴモラの末裔め!」

「あのね、君と僕は兄弟なんだから、君もその末裔になるよ!」

「こんな赤い兄など、もった覚えなどない!」

「赤い赤いって、僕はトマトじゃないんだからね! このカラス神父!」


 二人は言い争う間、橋の下へと降りる階段に殺到してくる警官達を、次々と河に放り投げて行った。首根っこをつかんで軽々とである。

 橋の下へ降りる階段は狭く、どうやっても二人並んでしか行くことが出来ない。つまりどんなに警官がいても、一番先頭では二対二になるわけで、普通の人間がたとえ能力は使われなくても、素手でこの兄弟に敵うわけもない。


「銃を使え! 撃て! 撃て!」


 橋の上から銃を構えた警官が二人を撃つ。それを見たヴィルカインは、ユイアベールを自分の身体でかばうように抱き込んだ。黒革のコートに弾が次々と撃ち込まれる。


「やったぞ!」


 歓声をあげた警官達だが、その一瞬後には青ざめることとなる。

 着弾の煙をあげているヴィルカインのその背から、ぽろぽろと何かがこぼれ落ちていく。カン! と橋桁の土台の石に跳ね返ったそれは、つぶれた銃の弾丸。


「…………」


 ヴィルカインは自分を撃った警官達を振り返り、ギロリと見た。「ひいっ!」と彼らは同時に悲鳴をあげて後ずさるが、その前にブン! と黒服の神父は手に持っていた棒を一閃。ごうっ! と鋭い風が彼らの前髪をかすめた。


「ひっ! あ…あぁ!」


 もはや悲鳴にもならない。彼らは己が手に持っていた銃の上半分が、ゆっくりと斜めにずれていくのを見た。そして使い物にならなくなった残骸が、ごろりと橋の石畳の上に転がる。

 棒の一閃が起こした旋風が警官達が持つすべての長銃を切り裂いたのだ。


「ほ、本当の化け物だ!」


 橋の上の警官達は叫び、腰を抜かしたまま動けない。


「ありがとう、ヴィル」


 一方、かばわれたユイアベールは、弟に向かいにっこりと微笑んだ。黒い瞳が戸惑ったように、横に逸らされる。


「お前が撃たれれば、復活するにしばらくかかるからな。そのあいだ一人で戦うのは面倒だ」

「相変わらず照れ屋さんなんだから」


 そこに小舟が、二人の居る場所に近づいてくるのが見えた。警官達が乗っている。橋からではらちがあかないと、用意したのだろう。


「お、都合良く!」

「あれを借りるぞ」


 さきに動いたのはヴィルカインだ。棒を伸ばし川底を突いて跳び上がり、まだ橋からはかなり離れていた小舟に飛び移る。突然の黒い神父の到来に、彼を捕まえにきたはずの警官達は「来たぞ!」と混乱した。さほど反撃も出来ずに、大半が小舟から突き落とされた。


「て、抵抗をするな!」


 今となってはむなしい言葉を叫んで、船に残った警官の一人がヴィルカインに向かって短銃を向けるが。


「はい、おしまい」


 いつのまにか、舟のへりに降りたっていたユイアベールが、警官の短銃をその髪で絡めて止めて、取り上げる。白い手が拳銃を取るのに、警官は「わわわ……」と意味不明の声をあげて見つめる。


「さようなら」


 ユイアベールが微笑み、その警官の肩を蹴って、川へと落とした。それが、舟に残る最後の警官だった。

 二人を乗せた舟は、川の流れのままに警官達から、再び逃走することに成功したが……。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る