4月23日 もう寝た?
「ねえ、もう寝た?」
と、彼女は小さな声で呟いた。
「まだ起きてるよ」
「なんだか寝られないねー」
「だね」
「思ったんだけど今までどうやって寝ていたか、改めて考えてみたんだよね。ベッドに入ってしばらくしてから、眠気に襲われて睡眠に入っていくんだけど、眠気が来ない場合はどうやって寝たらいいんだろうね。そんなこんなでどうやったら寝られるか考えていたら余計に目が冴えてきて眠れなくなってきちゃった」
確かに今までどうやって寝ていたかなんて考えたこともなかった。よし、寝るぞと意気込んで寝たことなんてない。大体そんなことも考えず、気がつけば夢の中へと没入していってしまうものだ。こんなふうに深く考えると余計に寝られなくなるではないか。とりあえず彼女にはこのように気休めの言葉を掛けておくことにした。
「まあそのうち眠くなると思うよ」
「だね」
それから分針が半周ばかりした頃、彼女の声が聞こえた。
「ねえ、もう寝た?」
「まだ起きてるよ」
「なんで寝てないの?」
「いや、君に言われたくないし」
「だね。明日も予定あるわけだし早く寝ないと。おやすみ」
「おやすみ」
それからしばらくすると、うとうとし始めた。これならようやく寝られそうだ。そんなとき隣から話しかけられた。
「ねえ、もう寝た?」
「もう寝たよ」
「なにそれ」
くすっと笑う彼女。つられて僕も笑ってしまった。彼女の言葉なんて無視して、そのまま寝てしまえばよかったものの、自身の取った滑稽な対応によって目が冴えてしまったではないか。
「もう話しかけるのなしな」
「わかった。おやすみ」
「おやすみ」
それからというもの、待てども眠気は訪れることなかった。試しに羊を数えて見るが、一万匹ほど数えたあたりで頭がおかしくなりそうだったのでやめにした。
いつもどうやって寝ていたのだろう。つくづく思う。
いつも寝る時、体勢はどんなふうだっただろう?
いつも寝る時、手は布団から出していた? 入れていた?
いつも寝る時、指は曲げていた? まっすぐにしていた?
いつも寝る時、頭は横向きだった? それとも上向きだった?
いつも寝る時、枕の位置はここで良かった?
ベッドの中心はここで合っている? 少しずれているような……。そもそもいつも中央に寝ていたかもわからない。少し左よりだったような気もしてくる。
再び僕は彼女の言っていた言葉を思い出す。
――どうやったら寝られるか考えていたら余計に目が冴えてきて眠れなくなってきちゃった。
まさに今の僕がそうではないか。
隣にいる彼女はもう夢の世界だろうか。それともまだ起きていたりするのだろうか。耳を澄ましてみても起きているのか寝ているのか、さっぱり見当はつかなかった。
彼女もまた、眠れずに起きていたらいいのに。そんなふうに思ってしまった。ただ一人、眠れず夜遅くまで起き続けるというのは寂しいものだ。
起きているのか確認するべきではないだろう。せっかく寝ている、あるいは寝そうなのに起こしてしまっては悪い。それに話しかけるのは禁止だと自分で言ってしまったではないか。
それでも。それでも。
「ねえ、もう寝た?」
そんな言葉が自分の口から漏れ出ていた。寝ていたとしても、きっと起こすことなんてないだろうくらいの、囁くようにとても小さな声で。
沈黙。彼女からの返答はない。
きっとぐっすり眠ってしまったのだろう。それはそれで安心だ。
そう思いかけた瞬間のことだった。
「まだ起きてるよ」
「なんだ。まだ起きてたの?」
「何? なんか嬉しそうだけど」
「はあ? 別に嬉しいだなんて……」
***
「あんた、休みだからっていつまで寝てるのよ。早く起きなさいよ。ったく、いかにも幸せそうな表情で寝てるもんだから余計腹立つわ」
「あと五分だけ」
「うっさい。はよ起きな!」
私の妻も夢の中の彼女のように優しければいいのにと思うばかりだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます