4月24日 醤油をかける
私の父は醤油をめっちゃかける。コロッケに、春巻き、餃子、冷やっこはもちろんのこと、カレーやシチューでさえ醤油をかけてしまう。それはもう色がホワイトではなくなるほどにかけてしまうのだった。さすがに娘の私は心配になってしまった。父は出された料理をひと口食べるまでもなく、なんでもドバドバと大量の醤油を足してしまうのだから健康を害していないか、さすがに気にはなる。この前あった健康診断でも高血圧がどうのと言っており、医者に注意を受けたらしいが、全くきいていないようだ。今日もまた父は目玉焼きに大量の醤油をかけている。白身が隠れるほど醤油をかけている。目玉焼きが醤油に浸かった状態だ。
これでも昔、一応は対策のようなことをしたことはあったのだった。醤油を水で薄めておいたことがあった。その時は味が薄いと思ったのだろう。さらに醤油を足し始めて結果として今のような有様となってしまった。むしろ薄めるのは逆効果だった。家にある醤油は薄めておくことはできるが、その他の場所で出てくる醤油は当然希釈してなんかいない。いつもの調子でかけてしまえば結局塩分の取りすぎとなってしまうのだった。
ここで良いアイデアが頭に浮かんだ。逆に濃くしてみてはどうだろう。いつもとりあえず醤油をかける、そんな習慣を見直すべきだ。とても濃い醤油を作って、それを料理にかける。そしてそこで「しょっぱい」と感じれば、まず料理には醤油をかけるという自らの行動について見直すきっかけになるかもしれない。そして私自身、母が作った料理をひと口もそのまま食べることなく、醬油をかける姿勢に苛立ちを感じていたというのもある。
早速、醤油を煮詰めて水分を飛ばしていく、水気が減ってきたら追加の醤油と食塩入りの調理酒を入れていく。そんなこんなで濃縮醤油の出来上がり。
ペロッとなめて味見してみる。
「う……」
しょっぱいを通り越して辛い、いや痛い。すぐに水を飲んで口の中をリセットする。これならさすがの父でもおかしいと思うだろう。
そして翌日の夕食の時間。メンチカツが出てきた。もちろん父は醤油の入った瓶を手に取る。そしてドバドバとメンチカツにかけていく。まるで名古屋の味噌カツのような真っ黒の見た目になった。もはや衣では醤油を吸収できず、メンチカツから醤油がところどころこぼれ落ちていた。
父はメンチカツにかぶりつく。むしゃむしゃ。白米。メンチカツ。白米。メンチカツ。白米。メンチカツ。
あれ?
あまりにも通常運転すぎる。しょっぱいはずなのに。
「メンチカツおいしい?」
と、思わず訊ねてしまった。
「ああ、これ旨いな。またこのメンチカツ買ってきてよ」
しょっぱいとも答えるわけでもなく、旨いからまた買ってきてとか言われてしまった。
どうやら父の舌はもう既に終わりを告げているのかもしれない。醤油の毒牙にすっかりやられて味覚がおかしくなっているのだろう。
翌日、醤油の色そっくりにした塩分の一切入っていない色水を作っては、いつも醤油を入れている瓶に入れておいた。
「メンチカツおいしい?」
「ああ、やっぱり旨いはこのメンチカツ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます