4月22日 地獄沼
昔々、罪人を処分するために使われていた沼がございました。それは森の中にひっそりと存在する黒々と濁った沼でございます。町奉行所で刑を言い渡された罪人はしばしばここに送られてはこの沼に沈められます。命を持って償う刑のほとんどはここで行われることから、巷では地獄沼と呼ばれているほどでございました。
地獄沼はほかに類を見ないほど粘り気のある泥で満たされており、ここに落とされた者が生きて戻ってきたことは一度たりともございません。
これまで数え切れないほどの人々がここで沈められてきたことには、当然のことながら大きな利点があったからでございます。一つに、刑を執り行うのが簡便だったからでございます。打ち首や火炙りの刑となると誰がついて刑を執行することとなるのでございますが、罪人とはいえ、同じ人間、死ぬ瞬間を何度も目の当たりにするのは決して心よいものではございません。執行人にはそれ相応の身分を与えられるのですが、それでもその職を辞する者も多いのでございます。そこで町奉行所はひとたび落ちたら上がって来られない沼の存在を知り、これを刑の執行に利用することに決めたのでございました。この地が刑の執行場所として優れていた理由は沼の粘り気にございます。ここへ落とされたらすぐに口元まで泥が覆いつくし、罪人の叫び声などが聞こえる前に沈んでいってしまうのでございました。沼に落とされた時点では当然のことながら罪人は生きてございますから、執行人は死の瞬間を直接目にすることはございません。彼らの命の絶える時は、沼に完全に沈んだ後でございます。黒々と濁ったこの沼ではその様子を上から見ることはできませんから、罪人がもがき苦しんでいる様子を執行人たちは目にすることなく刑を終えることができたのでございます。
それから何十年とこの地で刑が執り行われてきたわけでございますが、時代の移り変わりに伴って、やがて地獄沼は使われることはなくなったのでございます。洋服を着た異国の人々がときおり訪れるような世の中となった文明開化の時代では、沼に落として処分するやり方は実に旧時代的な手法に思えたからでございましょうか。
役目を終えた地獄沼でございますが、未だ命を絶える人は後を絶ちません。誤って沼に落ちたからでございましょうか。あまりに相次ぐために間違って入ることのないよう注意書きの札を立て、そして沼の周りに囲いを作ったのでございます。
しかし、不思議なことに罪人でもない者が、時おりその囲いを乗り越えて自ら沼に沈んでいくのでございます。
ただ噂として伝えられていることでございますが、地獄沼へと沈んでいく彼らは皆、決まってとりわけ暗い眼をしていたという話でございます。なぜ彼らは沼に落ちていくのか。当人が死人となっておりますからその理由を直接聞くことは叶いますまい。
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