4月16日 あやとり教えて

 気軽にあやとり教えてなんていうべきではなかった。博識な彼のことだから、あやとりのこともおそらく詳しいだろうと思っていた私の見立ては、結果として見事に当たっていたのは事実だ。

 私が後悔しているのは、彼があまりに知識がありすぎたためだ。

「――つまりこの時、人差し指を八時の方向に移動させることにより、ひもが指から部分的に外れる。これをテイラー・シュナイザーの定理といい、しばしばあやとりのトリックとして利用される。例えばレッドブル5020というトリックでは……」

「ちょっともういいって」

 私は思わず彼を制する。このままでは何時間でもあやとりの話を聞くことになってしまいそうだ。

「あやとりを教えてくれといったのは君の方じゃないか。まだほんの少ししか教えてないけれど」

「そんなプロ級のあやとりをしたいわけじゃなくて幼稚園児ができるくらい簡単にできるようなものでいいんだから」

 私はこれから幼稚園の先生になるための実習を控えている。何か園児と仲良くなれるものがないかと考えていた。けん玉やヨーヨーなどもいいと思ったが、園児全員分のものを用意できるわけではない。そこで思いついたのがあやとりだった。少し地味すぎる気もするが、ひもさえあればできる遊びというのはなかなか手軽でいい。

 教育系の研究科に所属している彼なら、簡単にできて園児の興味をひくような面白いあやとりの技なんかを知っているのではないかと考えたのだった。

「そんな難易度が高そうな技、園児ができるわけないし」

 なんなら私もできやしない。

 すると彼は再びあやとりの技を繰り出した。彼曰く『東京スカイツリー2014』という技なのだとか。確かに名前のとおり彼の手の平からスカイツリーがそびえたっている。しかもそれは平面ではなく円柱状の立体感のあるタワーとなっているではないか。驚きはしたが、もちろんこんなに高度な技を私は求めていたわけでない。

「一応、これが現代あやとりの最も基本的な技なんだけどね」

 そう言いながらもその後、簡単な技を二、三個教えてもらった。彼曰く、その技は古典あやとりでの技なのだという。あやとりに現代とか古典なんてあるのか?


 そうして実習当日。

「それで、ここの指を通せば東京タワー!」

 園児はプッと噴き出すように笑い始めた。こんなにも反応がいいとやりがいもあるというもの。

 と、一瞬思いもしたが、どうやら違うらしい。

「みてみて、ぼくせんせいよりうまいよ」

 見てみれば園児の小さな手の平からスカイツリーが生えていた。

「東京スカイツリー2014!」

「ちがうよ。せんせい。これ、もっとむずかしいやつ。とうきょうすかいつりー2022」

 すると手にあったスカイツリーはゆっくりと回転し始めた。

 見渡せば園児たちは各々マイひもをポッケから取り出して技を繰り広げ始めた。私なんかでは到底真似できない高度な技を。

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