1月25日 序文でドン
「序文でドン!」
司会進行を務めるアナウンサーが元気よくタイトルコールをすると、軽快な音楽が流れ始めた。そしてクイズの説明を始める。
「番組もいよいよ終盤ですが、これから皆様には小説の冒頭の文章――序文を聞いて作家名と作品名を当てていただきます。もしかすると難易度としては本好きのお三方には簡単すぎるかもしれませんが、早押しクイズですので油断は禁物です」
解答者の一人である小説家の男は手を挙げた。
「早押しということはわかったら問題の途中でも答えてしまっていいんだね?」
「はい、もちろんその通りです。ですが間違った場合には、その問題にもう一度解答することはできませんのでご注意ください」
「早押しだと間違いなく有利な人がいるじゃないですかー」
読書家として知られるタレントは左を一瞥して言った。
「別に僕が特別有利というわけじゃないでしょう? みんな対等ですよ対等」
空々しく言い放ったのはクイズ王として知られる芸人だ。数々のクイズ番組で活躍し、インテリ芸人として名をはせている。
小説家の男は彼につっこみを入れる。
「いやさ、さっき見たんだけど、序文でドンやるって聞いたからか、持っていた電子書籍の冒頭文ずっと眺めていたじゃない。ガチじゃないですか」
「あれは……その……どの本を読もうか迷っていただけですよ」
スタジオは笑いに包まれる。それがおさまったのを確認したのちにアナウンサーは口を開く。
「それでは序文でドンを初めていきたいと思います。それでは第一問! 問題」
『石炭をば――』
クイズ王がボタンを押した。
「森鴎外で『舞姫』」
正解の効果音が軽快に鳴り響く。
「大正解です。石炭をば早や積み果てつ。中等室の卓のほとりはいと静にて、熾熱燈の光の晴れがましきも徒なり。森鴎外の『舞姫』でした。他のお二方もわかりましたか?」
「もちろんさ。それにしてもボタン押すの速すぎ」と小説家の男。
「ほんとほんと」と読書家のタレント。
「それでは第二問! 問題」
『ある日の暮方の――』
またも押したのはクイズ王。
「芥川龍之介で『蜜柑』」
不正解の効果音が鳴る。すると今度は読書家のタレントがボタンを押した。
『芥川龍之介で『羅生門』
正解の効果音が鳴った。
「ああ、そっちか。ミスったなあ」
クイズ王は残念そうに頭を抱えた。
「おめでとうございます。正解です。ある日の暮方の事である。一人の下人が、羅生門の下で雨やみを待っていた。正解は芥川龍之介の『羅生門』でした。それでは引き続き第三問! 問題」
『ある曇った冬の――』
「芥川龍之介で『蜜柑』!」
先ほどの屈辱を晴らすべくクイズ王が答えるも――
不正解の効果音。クイズ王は目を丸くしたまま唖然とする。
問題の序文が再び発せられた。
『ある曇った冬の夕方のことである』
読書家のタレントは記憶をたどって、考えるも全くそれらしい解答が思いつかずにいた。
問題文はさらに続く。
『私は仙台発上りグリーン車の隅に腰掛け、ぼんやりと発車を待っていた』
すると小説家の男がここで初めて解答ボタンを押したのだった。
「西表山猫で『蜜柑』」
正解の効果音が鳴り響く。残り二人の解答者はふっと笑みを浮かべて状況を理解しつつあった。
「大正解です。ある曇った冬の夕方のことである。私は仙台発上りグリーン車の隅に腰掛け、ぼんやりと発車を待っていた。西表山猫で『蜜柑』でした。西表先生、この作品はどんな作品なんですか」
「はい、この『蜜柑』という作品は芥川龍之介さんの『蜜柑』をオマージュしたもので、現代に蜜柑のようなストーリーがあったらこうなるだろうなと考えてかいたものです。来月の一日から全国の書店で発売となります。他にもくすっと笑える小話を収録していて、短編集ですので通勤時間などにでも気軽によめるかと思いますので、よろしければぜひお買い求めください」
普段から仲が良いわけでもない二人の解答者たちは思わず息ぴったりに声が重なってしまう。
「「なんて斬新な宣伝方法!」」
※作者コメント:上記の内容は創作です。本の出版予定はありません。
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