1月16日 本読みの二人
いつものことながら彼女は今日も遅刻だ。でも全く問題ない。遅れてくることを想定し、長い時間待つことになっても苦にならない所を待ち合わせの場所として選んでいる。
喫茶店が併設されている書店だ。当然そこにはテーブルと椅子があり、コーヒーなんかを飲みながら買った本やこれから買う予定の本を試し読みすることができるというわけだ。
本好きの自分のことだ。ここでなら本を読んでさえいればいくらでも時間はつぶせる。気がつけば彼女は一時間も経つにもかかわらず未だ来ない。もう少しで到着すると二十分前に連絡があったが、彼女は一体いつ来るのだろう。そう思っていたところ、後ろから聞き覚えのある声が聞こえる。
「ごめん、待ったよね。いつも使う改札口と違うところから出たら、なんだか迷っちゃって」
「ああ、確かに改札口を間違えるとここまで来るのは結構大回りしないといけないからね」
「今日、映画館だったよね。今からでもみれるのあるかな?」
「まだ上映したばかりだから何回かやるから大丈夫だと思うよ。それより今読んでた小説の続き気になるから霧の良いところまで少し読んでていい?」
「うん、良いよ」
嫌な顔を一切することなく了承してくれた。彼女のこういうところが僕は好きだ。いや、君が遅刻するのがそもそもいけないのだけれど。
しばらく小説を読み進めていくとようやく第二章が終わった。ここでぱたんと本を閉じる。彼女もまた読書に耽っていたようだ。短編のミステリー小説に夢中の様子。
「こっちは切りの良いところまで読んだけどどうする?」
「ちょっと待ってもう少しで謎がとけるから」
「そう。じゃあもう少し読んでて」
小さく頷いてはまた読書にのめり込んでいった。彼女の読書のスピードは遅い。まだ時間がかかりそうだ。ただ何もせず待っていても仕方がないから読書の続きでもしようと考える。
小説を第三章まで読み進めると、がらっと展開が変わった。ひきつけられるようにひたすら読書に夢中になっていると彼女に声を掛けられる。
「ねえ、切りの良いところまで一応読んだんけど?」
「もう少し読んでもいい?」
「うん。良いよ。ちょうどこっちももう一話読みたかったところだから」
僕はどんどんと文章を読み進めていった。こんなに面白い物語がこれまであったかと思えるほどに時間を忘れて読書に耽っていた。結果として小説一冊を読み切ってしまったのだった。
本当に言葉通り時間を忘れてしまっていたというわけだ。恐る恐る彼女の方を伺い見てみると、そちらもちょうど読み終えたところのようだった。
「結局一冊読んじゃったね」
彼女はうっすらと柔らかな笑みを浮かべていた。
「だね」
外を見ればもう薄暗くなっている。お店もあと数時間で店じまいの頃合いだ。
「レイトショーとかやってるのかなあ?」
「さっき調べたけどあの作品はやってないみたい」
「そっか」
二人してため息を漏らす。それは決して重々しいものではなく、またやってしまったと言わんばかりの笑いを含んだ実に軽いため息。
そして二人してパタンと本を閉じてから言うのだった。
「「じゃあそれでは帰りますか」」
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