1月15日 暗号解読

 二〇〇〇年一月、駅前広場の中央に石碑が現れた。それはホイップクリームのように真っ白な色をしていて、ダブルサイズのベッドくらいの大きさだ。人々はたびたび足を止めては石碑をまじまじと見る。石碑というからには当然そこには文字が刻まれているわけだが、少なくともこの国で使われている言語ではないことはすぐにわかった。石碑には凹凸が存在し、文字は一文字ごとに高低差が意図的に変えられているようにも見える。

 駅前広場を管理していた担当者はこの石碑について一切関知していなかったため、無許可で設置されたこの不思議な物体について警察に捜査してもらうことにした。しかし、付近の監視カメラを確認するも怪しい人影はなかった。警察曰く、不思議なことに日付が変わった瞬間に、突如として石碑が出現しているように見えるのだという。

 時間が経つたびに人々は不思議な石碑への関心が次第に増していった。言語学者が調べたところ石碑に書かれている文字は世界中どの地域でも使われていないものだという。

 石碑が出現してから一年が経過した頃、世界的企業のCEOもこの石碑について興味があったことから、この暗号解読を成功させた者には多額の賞金を与えると言い始めた。一生遊んで暮らせるほどの金額ということもあり、庶民から研究者、財政危機に陥っている国など各々躍起になって、我先にと暗号解読に取り組み始めたのだった。

 石碑が出現してから三年が経過した頃、一人の数学者がこの暗号にある法則性について気づいた。しかし、それがわかったところですぐに解読ができるというわけでもない。法則性について理解するためには、素数に関する未だ解かれていない難問を解くのと同じことだったからだ。つまり数学の難問を解くことができれば、この暗号の解読ができる可能性があるということが示されたのは一歩前進だった。

 石碑が出現してから六年が経過した頃、別の数学者が石碑の暗号に通ずる数学の難問をついに解いた。しかし、石碑の暗号はそれで完全に解かれたわけではない。数学の力で暗号を解読すると二種類の記号からなる無造作な羅列が出現することがわかった。つまり暗号から暗号が出現したに過ぎなかったわけだ。

 石碑が出現してから八年が経過した頃、とある工科大学の研究チームは、二種類の記号からなる暗号の解読には専用のコードリーダーが必要だという論文を発表した。この暗号はバーコードやQRコードといった二次元コードを応用したものであるという。石碑に刻まれている文字と同じように高低差をつけて二種類の記号を立体的に配列し、コードリーダーで読み取ることで初めて暗号の解読ができる可能性が示唆された。しかし、これにはトンボなどの昆虫が持っている複眼と言われる構造を人工的に再現しなければならず、現在の技術で容易に作れるものではなかった。

 石碑が出現してから十年が経過した頃、工科大学の研究チームと生物学の研究機関に加えて、センサーを製造している企業やソフトウェアメーカーが共同研究を行い、ついに三次元コードリーダーが完成した。しかし、すぐさま例の石碑に使用して読取を実行することはできない。この三次元コードリーダーをフルで使用するためには大量の電力が必要になるからだ。実験室レベルの小さなコードですら原子力発電所一基分の電力が必要となるほどだった。石碑全体を読み取るとなるとそれ相応の電力が必要となり、少なくとも現存の原子力発電所よりも大量に発電できる仕組みが必要となるのは明白だった。

 石碑が出現してから十七年が経過した頃、国内外問わず様々な電力会社が共同で研究開発をした結果、ようやく新型の核融合炉が完成した。これは人口太陽と呼ばれるほどに大量の電力を安定して取り出すことが可能となる設備だった。しかし、発電所が完成してもすぐに例の石碑の読取に使用することはできない。国内にあった反原発の団体およびそれを支持母体とする国政政党が発電所の稼働に強く反発したからだった。

 石碑が出現してから二十二年が経過した二〇二二年、反原発団体は条件付きで核融合炉の稼働を容認した。石碑の読取に使用するだけならやむを得ないとの見解だった。石碑にかかれていることが知りたいのは皆、共通の関心事項だったからかもしれない。

 読取当日、駅前広場には人々であふれかえり、今か今かと暗号解読の瞬間を見守っていた。石碑に書かれている文字の上から、数学で導き出した二種類の記号が書かれたプレートをそれぞれ張り付ける。そしてコードリーダーの読取ボタンを押すと、結果が駅前広場の街頭ビジョンにでかでかと表示された。


 二〇二〇ネン、エキビョウ、ハヤル。マスク、テアライ、アルコールジョキン。


 石碑を設置した張本人である宇宙人は人類の暗号解読の遅さにはすっかり呆れていた。

「せっかく余裕を持って忠告しておいたのに。この星の奴らは馬鹿だなあ」

 これを聞いていたもう一人の宇宙人はニヤリと笑みを浮かべる。

「よく言うよ。お前が出したヒントのおかげで、人類はより速いスピードで科学技術が発展しているじゃないか。まったくこのお人よしが」

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