1月10日 小説の続き

 祝日ということもあって平日より電車内はすいていた。私はロングシートの一番右端に腰掛け、特にすることなく窓の外の風景を眺めているだけだった。

 仕事の繁忙期ということも相まって急遽、休日出勤をすることになった。社員が次々と辞めていき、それでいて新たな人員の補填も間に合わないという。仕方なく残った者が少ない人数で仕事を回すほかなかったのだった。

 見慣れた車窓に飽きて視線をふと横に向けると、若い二人が扉付近で立ち話をしているのが見えた。

「前に紹介してもらったやつ読んだよ。めっちゃおもしろかった。お前の言ったとおりあれは傑作だ」

「だろ? 良いよな。あの小説」

「ああ、最初読んだときは正直、館もので開幕早々に死体が転がしてあって、わりとありがちな推理小説かと思ってた。なんなら続きを読むのを明日にしようかと思ってたくらい。だけど一ページもう一ページと読み進めるうちにめくる手が止まんなくなってさ」

 するともう一人の男は何度も頷きながら共感する。

「だよな。わかる。三日目の朝に八人も死体を見つけたシーンは本当にびっくりした。だってこれまで容疑者だった奴が全員死んでいたんだから」

 容疑者が全員死亡とは推理小説として斬新だ。思わず話に聞き入ってしまう。

「すごいのはここからで、四日目の朝に一六人、五日目に三二人、六日目に六四人、七日目に一二八人も死ぬんだからたまげたもんだよ」

 まさか死亡者一〇〇人越えとは。それはもはや本当に推理小説なのだろうか。ホラーやサスペンスの間違いではないだろうか。

「こんなに次々と死んで、これまでの登場人物の中に本当に犯人なんているのかって疑問に思ってたんだけど、最終章を読んだらしっかり犯人がいるんだよな。途中で登場した人物とかではなくて、きちんと最初に登場していた奴が犯人だったし」

 ということは初めに話していた八人の容疑者が実は生きていて犯行をしたということだろうか。と、考えはしたがどうやらそうでもないらしい。

「死んでいた奴が実は生きていましたっていう話は、これまでも何度か他の作品で読んだことがあったけど、この小説はその俺の予想を良い意味で裏切ってきたからなあ」

「いやあ、まさかあんなオチだとはね。想像だにしてなかった」

 電車は駅に到着し、扉は開く。すると二人はすたすたと足早に降りて行ってしまうではないか。私は思わずマスク越しに口をパクパクしてしまう。

 オチは? 犯人は?

 一体誰の犯行だったのだろうか。とても気になる。

 しかし、これから仕事だ。二人を追いかけて話の続きを聞くわけにもいかない。

 そうだ。文明の利器があるではないか。すぐさまスマートフォンを取り出して、例の推理小説が何なのか調べる。

『推理小説 七日目一二八人死亡』

 いくつかの小説が検索に引っかかった。しかしどれも二人が先ほどまで話していた内容とは異なる。探しても探しても全く見つからなかった。検索条件を色々と変えて調べてみるが結果は同じだった。


 それからというもの、私は例の小説を休日に探し回った。街中の書店に寄って、それらしいタイトルのものを手に取ってあらすじを確認するが全く見つからない。店員に聞いてみてもそのような小説は知らないという。

 普段から本を読んでいる様々な人に例の小説について訊ねてみたが、皆こぞって知らないと言う。ひどい場合には「そんな小説があるならぜひ読んでみたい」などと小馬鹿にされたこともあった。

 図書館のレファレンスサービスを利用してみることにした。主に学生や研究者などが文献を探す目的で利用されるサービスに、娯楽目的でしかない推理小説を探すよう頼むのはいささか無礼で気恥ずかしいものがあったが、もうこの際仕方がない。利用できるものは利用しよう。

 司書の方に時間を取って色々と調べてもらい、いくつかその候補となる小説を持ってきてもらった。実際に読んで確認するも、残念ながらそれらはどれも探している本ではなかった。

 よくよく考えてもみれば推理小説で死者が一〇〇人越えとは馬鹿げている。あの二人はきっとふざけて冗談でも言っていたのかもしれないと次第に思えてきた。

 実際に存在しない小説。

 そう思うと余計に頭がもやもやしてくる。ここまでずっと作品のオチが読めると期待していただけに何ともいたたまれない気持ちになる。

 パソコンを使って例の小説の状況を箇条書きでまとめていく。そしてそれをもとにオチのことなど一切考えずにそのまま文章を書いていった。

 小説がないならつくればいい。

 とりあえず終盤まで物語を書いてみよう。そして小説は随時投稿サイトに掲載していく。そうすればこれを見た読者は○○の小説の真似ではないかと批判がわくこともあるかもしれない。そうなればお目当ての小説を見つけることができるというわけだ。そしてこの自作小説のオチを考える必要もなくなる。

 しかし、ふたを開けてみると真逆の結果となってしまった。盗作の批判どころか、みるみるうちに巷で良い意味で話題となってしまったのだった。続きが読みたいという者が数多く表れたのだった。世界的に有名なアーティストが自分の小説をSNSで紹介してからは特に読者数が増えてしまった。

 最終章直前まで書き終えた頃には、世界中にあるスマートフォンの数と等しいくらいの読者が私の作品にはついていたのだった。

 さて、これからどうしたものだろう。これは考えものだ。

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