1月6日 全自動うんこ製造機

 HPUがあればあらゆることが全自動。

 例えばスーパーマーケットで――マフィンにピザ、ロブスター、ジンジャーエール、トイレットペーパーなど奮発して多くの買い物をしたとしても、カートに商品を入れたままゲートを通り抜けるだけ。ほら、あっという間でしょ。レストランで食事をしても、そのまま出口を抜けるだけ。もちろん支払いは既に済んでるんだ。

 街を歩く時だって、いつも最短かつ最適なルートを提案してくれる。ほら、目の前に緑色の矢印が見えるよね。これは自分以外の人には見えないんだから、なんだか魔法みたい。矢印に従っていけばどんな方向音痴でも絶対に目的地までたどり着くんだから。

 帰り道が退屈なら音楽を流すことだってできちゃう。ヘッドホンやスピーカーがどこにもないのに自分だけに音楽が聴こえるのはどうしてだろう?

 そして家に着いてもドアノブに触れるだけでロックが解除されるんだ。もう鍵いらず。君はそのまま扉を開ければいいだけ。

 ようこそ、全自動の世界へ。

 HPU。


   ***


『安全システムが作動しました』

 警告のメッセージが耳元で鳴り響く。手の筋肉が自分の意思とは裏腹に弛緩していく。こんなところまで対策されているとは思いもしなかった。身体に一定の圧力がかかるとシステムが作動する仕組みだろうか、それとも異常な脳波を検知してシステムが働くようになっているのだろうか。どちらにしても今のこの状況が何らかわることはない。

『お昼ご飯の時間です』

 横からチューブが伸びてきて、先端部は口へと差し込まれた。しばらくするとゼリー状の物体が流れ込んでくる。口の中へ放り込まれたら食べる以外ほかにない。咀嚼することなくゆっくりと飲み込む。

 食事が終わるとまたいつものように病室のベッドに寝たまま天井を眺める。一面に真っ白な風景が広がっていて、しみの一つや二つくらいあってもいいとさえ思えるくらいに全く面白みがなかった。

 こんなつまらない世界になったのはいつからだろう。ことの始まりはHuman Processing Unit、通称HPUの発明にある。かつてのコンピュータに使用されていたCPUになぞってHPUとの命名がされたとだけあって、機能も実にシステマチックだ。人体にHPUチップを搭載することであらゆることが全自動で行われるようになった。当初は誰もが素晴らしいと思ったことだろう。何もかも手間が省けたのだから。

 HPUが発明されて十数年が経過した頃、自動化の波はさらに加速する。人間がやっていた仕事のほとんどが機械に奪われることになってしまい、結果として残ったのは政治家とHPU関係の企業だけとなった。他の人間はというと、当然に無職となる。けれどもお金に困るという事態にはならず、HPUのおかげで株式や債券などを自動売買して得られる資金によって、不自由なく暮らすことはできた。

 さらに何十年かすると、世界中の通貨が廃止へと向かう。HPUによって世界経済が回されており、もはや人間が直接関与することがなくなってしまっていたからだ。誰も人間が売り買いしていない時点で、為替レートや株価などはHPUのプログラムによって出された数値にすぎず、もはや人々にとって意味のないものとなっていたからだ。通貨を廃止することで政治家やHPU関係の企業は、お金がからむ組織に所属するという面倒な生活から一般市民のような自由な暮らしを得ることができた。

 こうしてHPUが世界を回し始めて、あらゆるものが不自由なく手に入り、快適に暮らせる世の中になってから、人間は何もかもが億劫になり、欲が次第になくなっていった。出生率もみるみる低下していく。一方でHPUの万全の医療体制によって寿命はどんどん延びていった。

 自分の場合、百三十歳を超えた頃から生きる気力というものがなくなってしまった。

 こんなつまらない生活ならいっそ終わりにしたい。

『安全システムが作動しました』

 意を決して自身の首を絞めよう考えたところで、安全システムが作動して死ぬことさえできもしない。

 HPUに管理された世界はひどいものだ。毎日、決まった時間に食事を摂らされて、暑くも寒くもない部屋で寝たまま過ごし、排泄までもが全自動で行われる。

 食事を摂って排泄するだけの存在をつくり出してしまった。

 人間の技術の発展のたどり着く先が、全自動うんこ製造機なのだとは思いもしなかった。

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