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 羽虫から解放された私はスーツに身を包み、会社に出勤することを決めた。飲み過ぎで少し頭がガンガンとするが、仕事ができないほどではない。

 最寄駅から4駅先の駅前ビル内にある小売会社で、私は事務員として働いている。

 こんな小さな会社では事務仕事はやる事があまり無いため、電話対応がメインの仕事といってもいい。

 出社してくると同僚が喫煙所でタバコを吸っていた。

 喫煙所に入ると同僚は目を見開いて驚いたように私を見た。


「おはよう」

 

「おう、おはよう。お前タバコ吸うのか?辞めたはずだろ?」


「昨日色々あってな。タバコを再び吸うことにしたのだ」


 私は同僚に昨日のことを掻い摘んで話した。


「ほぉう。鬱陶しいことだなそれは。それで、そのSとかいうタバコを吸ったら羽虫が見えなくなったわけか」


「たまたま見つけたのだ。このSというタバコは高いのでな。昼にコンビニに行って安いのを買う」


「それがいいだろう。最低賃金ギリ上の給料じゃ、安いタバコでも出費が馬鹿にならないからな」


 私もタバコを吸い、仕事に備える。いくら仕事が大してないとはいえ、高価なタバコをそうそう吸いたくない。また羽虫が現れれば仕事に影響する。

 一服し終えたところで朝礼時間が近づいていることに気がついた。


「それじゃそろそろ行くか。どうせ大した仕事はないんだがなぁ」


「私はもっとないが、金貰うためだ仕方あるまい」


 朝礼が終わっていつもの業務に取り掛かる。一日休んで仕事がたまっていることを期待していたのだが、殆ど普段と変わらない。このままでは早々にやることがなくなってしまう。

 私は一仕事終えると喫煙所に向かい、一服することにした。まだ朝礼から2時間ほどしかたっていないが、この程度の間隔でサボらなければ2時間ほど暇をもて余すことはよく理解している。仕事がないというのもつらいものだ。

 今からタバコを買いに行きたい衝動にかられる。タバコの中毒性に関しては禁煙期間中に嫌というほど味わってきた。だがここまでつらいものであったであろうか?まだ箱の中には8本残っている。そして昼休憩まで約3時間。この時間でタバコが切れることなどありえないのだが何故だか不安になってくる。

 

「よう、もう一服か?」


「お前もか……」


「……ところで、お前どうしてそんな貧乏ゆすりしてるんだ?」


 足元を見てようやく足が小刻みに動いていることに気がついた。


「なあ、一つ聞きたい。ニコチン切れとはこんなにもキツいものだったか?」


「そんなにか?それは久しぶりに吸ったからではないか?」


「そうなのだろうか?」


「そうさ。そうに違いない」


 同僚の言葉にあっさりと納得した。ニコチンの中毒性は強いと言う。そうだ。これは仕方のないことなのだ。


「まあ、どうしてもキツイって言うなら一本やろう」


「悪いな」


 同僚から受け取ったタバコに火をつけてふかすと懐かしい味がした。


「このタバコ……」


「お前が昔吸ってた銘柄さ」


「なぜ持ってる?この銘柄嫌いだと言っていただろう」


「おととい貰ったんだよ誰かさんが間違えて買ったって言ってな」


「あのアホ上司か」


「まあな。……さて、仕事に戻るかな」


「ああ、私は後で戻る」


 貰ったタバコを吸い終わって気分はかなり良くなった。これで昼までは問題なく仕事ができるはずだ。

 しかし、なぜだ。気分が良くなったというのに視界に違和感がある。きっと気のせいだろう。もう羽虫に悩まされることはないはずなのだ。きっと、そうに違いない。

 昼休みになるとすぐにビル一階のコンビニへと走った。もうタバコを草を吸いたくて仕方がない。

 レジに一直線に向かい5箱購入すると、階段を上がって会社の喫煙室に入りタバコに火をつけた。

 しかし、あまり満足感が得られない。ついさっきまでは気分がよくなったというのに。どういうことかわからないがSというタバコを吸うほかこの欲求を満たすことが出来そうにない。

 羽虫は消えたが、これは困ったことになった。Sを吸うとやはり気分がよくなった。しかしあの値段のものをそうそう買うことはできない。

 どうするかは家に帰ってから考えるとしよう。

 タバコを灰皿に押し付けると私は業務へと戻った。

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