-3-

 目を開くと俺は薄汚れた畳の上で寝ていた。どうやら酔いつぶれて眠っていたようだ。身を起こすと空の缶が10個転がっていた。外は真っ暗で時計を見ると深夜2時であった。

 のどの渇きを覚えた私は寝ぼけ眼をこすり立ち上がると水道水を手に取って飲んだ。カルキ臭い水をたらふく飲んで空き缶の転がる畳の上に座り込むと目を見開いた。

 すると、私の眼前の羽虫は2匹に増えていた。酒を飲みすぎてまだ酔っているのだろうか?酒を飲めば忘れられるなどと安易な考えで行動に至ってしまった事を後悔した。あまりの不快さに私は目を閉じた。しかし、目を閉じているにもかかわらず羽虫が見えている。私には目の中に羽虫が入り込んで飛び回っているようにしか思えなかった。

 私は部屋を飛び出してあてもなく丑三つ時の暗がりの中を走り回った。視界には常に2匹の羽虫が入り込んできている。意味のないことだとはわかっていても顔の前を手で振り払う。飛び回る羽虫の影響で前はほとんど見えておらず、何度も転びかけ、階段を踏み外して転げ落ちそうにもなった。

 どこまで走ったかわからない。走り疲れて立ち止まった。潮の香りを感じてアパートから5kmほど離れていた漁港近くの大型倉庫群の傍に居ることに気が付いた。なぜこんなところに来てしまったのかわからない。

 しかしだ。無意識にとはいえこんなところまできたのには何か意味があるのだ。なんともスピリチュアルな考え方だが、こういう考えもこういう時には役立つものだ。

 私あたりを見渡した。すると漆黒の闇の中に淡い光を放つ自販機がぽつんと設置してあることに気がついた。

 近づいていくと、煙草の自販機であることが分かった。しかし違和感がある。

 自販機で煙草を買うとなると、未成年が買えないようにICカードをタッチして読み込ませなければならない。しかし、この自販機にはカード読み込みをする機械が付いていない。それだけではない。この自販機で売られている煙草はどれも見たことの無い銘柄で、値段も普通の煙草の4倍はする。いかにも怪しいが、私はどうしても羽虫を消し去ってやりたかった。

 煙草は数年前に辞めていたが背に腹は代えられない。幸いポケットには財布が入っている。私は5千円札を取り出して自販機に投入し、Sとだけ書かれた質素な煙草を購入した。

 箱の中身を確認してみたが、何の変哲もない煙草が12本入っている。

 ここですぐ一服と思ったが、火をつけるものが無い。私は一度家に帰り吸うことにした。

 歩いて部屋に戻ってくると既に深夜3時を過ぎていた。私はガスコンロを点火して、煙草に火をつけた。

 口にくわえると甘い匂いが漂ってきた。久しぶりの煙草は格別にうまく感じた。煙が舞い上がり部屋が白みだした。すると、次第に羽虫は姿を消していき、一本吸い終わる頃には視界から羽虫は消え去っていた。

 何と簡単なことであっただろうか。ただ煙草を吸うだけで消えるというのなら喫煙を再開すればいいだけ。吸いすぎなければ生活が困窮するわけでもない。

 私はついに羽虫から解放されたのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る