小鳥のお宿は何処にある

 十二月二十四日。クリスマスイブと言う事でまぁ大半の日本国民(妖怪含む)が浮かれるとされるこの日、源吾郎は地元民と共に妖怪向け公民館に集まっていた。地元のキッズ向けのクリスマス会に地域住民として参加していたのだ。

 こうしたイベントについては、源吾郎自身も参加する事に意味があると十二分に心得ていた。対外的にも野望を持つ若妖怪である事は知られている。紅藤や萩尾丸の庇護があるのは事実だが、だからと言って地域妖怪との交流を蔑ろにしていいという事ではない。ましてや、この土地のお偉方(妖怪)の多くは、源吾郎の叔父や叔母と面識があるのだから。

 そんな社会的思惑はさておき、クリスマス会自体は中々に楽しい物だった。仕事中は会う事の無い子供妖怪らとも交流できたし、地元の面々が集まってワイワイ楽しむ空気は、源吾郎にも伝わっていたからだ。

 惜しむらくは、同年代の若者、特に若い妖狐の出席者が少なかった事であろうか。源吾郎は実は、同年代の同族たちとさほど交流していない事を気にし始めてもいたのだ。別に雪羽と一緒にいる事に不満がある訳ではない。だが――ふとした折に二尾である白川先輩の言葉と眼差しを思い出してしまうのだ。

 年末は数日ばかり実家に戻るし、職場では研究センターの面々に囲まれる日々だ。そうなるとこうした休日こそが、同族たる妖狐たちとの交流のチャンスだと源吾郎は意気込んでしまったのである。

 まぁ恐らくは日が悪かったのだろう。源吾郎はそう思う事にした。何せクリスマスイブである。近所に住む文明狐もクリスマスで浮かれていたみたいだし、他の若妖狐も大体そんな感じだろう。

 と言うか源吾郎だって、あわよくば米田さんに会いに行こう……などと言う下心を持っていたくらいである。米田さんの方が忙しくて都合がつかないという事だったので、その辺はうやむやになってしまったが。


「島崎君もお疲れさまー」


 参加者に配られたクリーム饅頭(ちなみに源吾郎の饅頭は妖狐用である。人間には人間ようが配られていた)を眺めていると、鳥園寺さんが気さくな笑みを浮かべながらこちらにやってきた。その傍らには、彼女の使い魔であるアレイも控えている。鳥園寺さんも源吾郎同様、クリスマス会に出席した数少ない若者の一人だった。もっとも、鳥園寺さんは単独ではなく、婚約者である柳澤と一緒だったのだけど。

 しばらくぶりね。そう言ってこちらを見つめる鳥園寺さんの笑顔は、屈託のない少女のそれに見えてならなかった。源吾郎よりも四、五歳ばかり年上ではあるのだが、おっとりふんわりしたお嬢様と言う雰囲気が彼女を若々しく見せていた。


「同じ敷地で働いているけれど、何か最近はお互いに話をしたり、顔を合わせる機会がめっきり減っちゃったわよね。だから、島崎君を見たらなんか懐かしくなっちゃった」

「お嬢と島崎どのは同じ敷地で働いていると言えども、部署や職種が全く違うではないか。接点が薄くなるのは致し方なかろう」


 妙に懐かしがる鳥園寺さんに対し、アレイが静かに指摘を入れている。とはいえ確かに鳥園寺さんと面と向かうのは久しぶりの事だと源吾郎も思っていた。別に疎遠になっていた訳ではないのだが。


「それに僕も、職場の方で色々と立て込んでましたからね」

「立て込んでいたって言うか、何か物騒な事件もあったもんねぇ」

「……ええ。あれには本当に困りましたよ。無事に……無事に解決したのが不幸中の幸いですが」


 感慨深げに呟く鳥園寺さんに対し、源吾郎もひっそりとした口調で応じた。物騒な事件と言うのは雷園寺家の事件であろう。多くを語らず追求しなかったが、源吾郎はそのように解釈していた。解決までは秘匿されていた事件ではあったものの、名家の子女が狙われたという大事件である。妖怪の社会に関わりつつある鳥園寺さんが知っていても何らおかしな話ではない。


「島崎君。そう言えば今日は島崎君一人なんだね。この頃いっつも雷園寺君と一緒にいるイメージがあったから」


 雷園寺君といっつも一緒ですか。話題の変わった鳥園寺さんの言葉を、源吾郎は思わず反芻していた。雪羽とは何かと行動を共にする事が多くなっていたのは自覚していたが、面と向かって言われると何となくむず痒い。


「まぁ彼は吉崎町じゃなくて神戸に住んでますからね。休みの日は実家と言うか叔父の家に戻っているんで、わざわざこっちに出向く事は無いですね。吉崎町は田舎なんで」

「島崎君ったら、言うじゃないの」


 唐突な源吾郎の田舎発言に、鳥園寺さんは面白そうに笑っていた。源吾郎の出身は白鷺城の膝元である。港町を擁するエリアから見れば田舎扱いされる場所なのかもしれないが、それでもあの周辺はきちんと栄えている。源吾郎はそのように思っていた。


「ともあれ雷園寺君も年末年始は忙しいですからね。今日も多分、叔父の家で色々と張り切っているのが目に浮かびますよ」

「やっぱり島崎君と雷園寺君って仲が良いのね」

「……そうですね」


 鳥園寺さんのしっとりとした言葉に、源吾郎はゆっくりと息を吐きながら頷いた。雷園寺君と仲が良い。その言葉を噛み締めながら色々と思いを巡らせていたのだ。雪羽と和解し仲良くなった事そのものは良い事だと源吾郎も思っている。しかしそこに至るまでの道のりは思いがけぬほどに短かかった事に驚いてもいた。グラスタワー事件から始まり、戦闘訓練や八頭怪の謀略や雷園寺家の事件やらがあったものの、雪羽とは出会ってまだ四ヶ月ほどしか経っていないのだから。内気な若者であれば、クラスの中に気心の知れた仲間を未だに作れないほどの月日でしかない。

 しかも出会ったきっかけや第一印象は互いに最悪か、それに準じるものですらあった。その事を思うと、雪羽とあそこまで親しくなれたのも不思議な物だった。まぁ、源吾郎としても自分を畏れず色々な意味で正面からぶつかり、またこちらがぶつかって来るのを受け止められる相手が出来た事は僥倖だったのだが。


「それはさておき島崎君。私ね、島崎君にちょっと確認したい事があるのよ」


 さて鳥園寺さんはと言うと、若干真面目な表情になって源吾郎の顔を覗き込んだ。確認したい事って何だろうか。彼女の真面目な気持ちが伝染し、源吾郎もまた真顔になった。喉の渇きを感じ、思わず生唾を飲む。


「……確認したい事ですか?」


 そんなに畏まらないで。私と島崎君の仲でしょ。どういう間柄かは思い浮かばなかったが、鳥園寺さんはにわかに相好を崩した。ホップの事が気になったのだと、鳥園寺さんははっきりと言った。


「もう年末でしょ。島崎君だってこの休みに実家に戻るでしょうから、その時にホップちゃんはどうするのかなって、ちょっと心配だったのよ」

「そういう事だったんですね」


 心配そうな表情を見せる鳥園寺さんに対し、源吾郎はちょっとだけ安堵していた。彼女が何を心配しているのか解かったためだ。それとともに、いかにも鳥園寺さんらしい心配事だとも思った。ついでに言えば源吾郎がこの年末に実家に戻る事が決定事項であるような物言いも何となく面白い。研究センターの面々も雪羽もやはり、源吾郎が年末は実家に戻るだろうと思っているらしかった。実際実家に戻るつもりなのだが。


「……ホップはこの際留守番させようかと思っているんです」


 源吾郎はゆっくりと返答した。年末の動きについて実はまだ詳しく考えていた訳ではない。それを悟られるのが気恥ずかしくて、だから考えながらしゃべっていた。

 演劇部に所属していたために、こうして日々のシーンで演じるのも源吾郎は得意なのだ。


「ホップを連れて実家に戻るのは難しそうですからね。長旅の上に冬場ですし、弱ってしまっては大事だと思いまして」

「そこは島崎君の言うとおりだと思うわ。十姉妹は比較的寒さに強い種類になるけれど、ホップちゃんにとっては初めての冬でしょ? やっぱり若鳥とか老鳥は暑さ寒さに弱いからね。

 それに、電車やバスで長時間移動する事そのものもストレスになるでしょうし……」


 そうですよね。源吾郎はまたも頷いた。脳裏には、ホップを連れて廣川千絵の部屋を訪れた時の事が浮かんでいた。ホップは大人しくキャリーケースの中でじっとしていた気がする。言われてみれば見知らぬ場所や環境下に警戒し、若干怖がっていたようにも思えてならなかった。


「でもね島崎君。まだ島崎君の考えはと思うのよ。

 年末にホップちゃんをお留守番させるって言ってたけれど、実家には滞在するつもりなのかしら?」

「長くても二泊三日ですね。何なら一泊二日でも良いかなって思ってるくらいです」


 その考えが甘いのよ。鳥園寺さんは軽く目を伏せてから言い切った。源吾郎の場合、ひとたび実家に戻ったら二泊三日の滞在では済まないだろうと鳥園寺さんは言い切ったのだ。年末年始で三が日があるのもさることながら、源吾郎が末っ子である事もまた大きいのだと鳥園寺さんは力説した。或いは、島崎君は兄姉たちの説得を振り切って自分のねぐらに舞い戻る事が出来るのか、と。


「島崎君の所は末っ子だし、しかもご両親から見たら大分歳の離れた子供になるんだから……年末年始に三が日の大事なひとときを、小鳥ちゃんで早々に実家を離れるなんて事は、島崎君のご家族は承知しないと思うのよ。

 多分そんなこんなで五、六日くらいは島崎君も実家に滞在する事になっちゃうと私は思うのよ。だからその間、ホップちゃんは何処かに預けていた方が良いわ」

「やっぱり何処かに預けないといけませんよね……」


 ホップを置いたまま五、六日家を空けても大丈夫か。そのような愚問を源吾郎が口にする事は無かった。小鳥は絶食に極めて弱い。一日餌を与え忘れただけでも餓死するのだ。二泊三日と言うのも、そう言った意味では危ない橋を渡るような物であろう。もちろん餌も清潔な水も多めに用意する事にはなるが、飼い主が不在なので何が起こるかも判らない訳であるし。


「……俺の場合、家を空けないといけない時はペットホテルを利用しているんだ」


 源吾郎の呟きに応じたのは術者の柳澤だった。先程まで誰かと話し込んでいたようだが、それが終わったので鳥園寺さんの許に戻って来たらしい。悠斗さん! 鳥園寺さんは妙に甘い声を出して彼の許ににじり寄る。柳澤はそんな鳥園寺さんの背中や肩をそっと撫でていた。どちらも満更でもない様子で、実に幸せそうだった。


「ちなみにこの年末休みもマリンは行きつけのペットホテルに預かってもらう予定なんだ。マリンには悪いが、俺たちも年末年始は忙しいから……」

「ペットホテルですか。僕も相談したほうが良いですかね」


 ペットホテルに小鳥を預ける。先程まで思い浮かばなかった案だった。ペットホテルで預かるのは犬や猫ばかりと言ったステロタイプが源吾郎の中にあったからなのかもしれない。

 ところが、鳥園寺さんと柳澤は互いに顔を見合わせ、それからゆっくりとかぶりを振った。


「島崎君。誠に残念ながら、今から年末の予約を取るのは難しいと思うんだ。と言うかもう予約が埋まっているはずだよ。俺とて十二月の頭に予約を入れたけれど、もう少し遅かったら予約が埋まっていたって言われたからね。

 それに、小鳥自身の健康診断書が必要な所もあるから、動物病院の診断書が無かったら難しいかもしれないよ」

「島崎君。そもそもホップちゃんは小鳥だけど妖怪化しているんでしょ? ペットホテルに預けている間に、鳥籠をめんで逃げ出しかねないし……」


 これってもしかして八方ふさがりでは? 源吾郎がそう思い始めていた時、鳥園寺さんが慌てたように言い足した。


「ごめんね島崎君。何かこう色々と心配させるような事を言っちゃって。でもね、それこそ上司に相談してみたら良いかもしれないわね。雉仙女様なんて鳥類の専門家の権化のようなお方だし、その上医学にも精通なさっているんですから」

「そうですね。個人的な事を話したら公私混同になるかもって思ってたんですけど……ちょっと相談してみますわ」


 やっぱりこういう事もきちんと前もって考えておくべきだったな。自分の考えの見通しの甘さを反省しつつも、鳥園寺さんのアドバイスには感謝していた源吾郎であった。


 夕方。紅藤の許を訪問した源吾郎だったのだが、ホップの件を相談しても公私混同だと笑われたり咎められたりする事は無かった。源吾郎が留守の間は青松丸が面倒を見る。そう言った取り決めがトントン拍子で決まったのであった。

 青松丸が面倒を見てくれる。先輩に手間をかけてしまうと思う一方で、源吾郎はひどく安心してもいた。青松丸とホップは前に対面した事があるのだ。生誕祭の翌日、源吾郎がへばって動けない時に、他ならぬ青松丸がホップの面倒を見てくれたのだ。ホップはあの時青松丸に馴染んでいなかったが、少なくとも怖がっている素振りは無かったと思う。相手への恐怖心が無いというのも、余計なストレスをかけないという点では良い事だった。


「紅藤様に青松丸先輩。本当にありがとうございました」

「良いのよ島崎君。あなただって年末は私用があるのは仕方ない事だもの」

「それにホップ君も島崎君の大切な家族だもんね……何か気を付けないといけない事があれば、前もって教えてくれるかな」


 礼を述べる源吾郎に対し、紅藤も青松丸もにこやかに応じてくれたのだった。

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